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第3章 初恋を思い出した私


 私は両親と兄の最期を知っても何も感じなかった。あの人達は私を政略の駒としか見ない人達で、私はあの人達を家族だなんて思ったことがなかったからだ。

 そもそも私には好きな人がいたのに、無理矢理に王太子の婚約者にさせられたのよ。

 

 王家からの申し出を断ることはできない。それにそもそも想い人とは結ばれない恋だった。だとしても、少しだけでも私の心に寄り添ってくれていたらどんなに救われたか。

 そして婚約後、私がどんなに辛くて厳しいお妃教育を受けていても知らぬ存ぜぬで、彼らだけ楽しそうにただ社交だけに励んでいたわ。

 そう。領地経営も忙しい中で私が家令の協力を得て差配していたわ。領民の生活を守らなければならなかったから。

 

 あれ? それにしても、私の好きだった人って一体誰だったかしら? 幼い頃からいつも側にいて、ずっと好きだったはずなのに。

 ああ、そうだわ。その人を思うと辛くて耐えられなくなって、意図的に意識しないように心掛けていたんだわ。

 そして立派な王太子妃になることだけを目標に掲げて頑張っていたのだわ。

 

 

 侯爵家の中で私は、幼い頃から両親や兄から放置されて孤立していた。厳しかった先代夫人に見目が似ているからという、そんなつまらない理由のせいで。

 いつも私は一人ぼっちだった。そんな私が寂しい思いをしないようにと、彼はいつも側にいてくれたわ。

 私の侍従の振りをして王城へも付いて行ってくれて、お妃教育の場にも側にいてくれたわね。

 そのうちあまりに彼が優秀だったので、王宮のお抱え教師だったブレイズ先生が彼を気に入って、こっそり質問に答えたり、本を貸していたわ。

 

 そういえば庭のサナーレの木にも二人でよく登ったわね。そして枝に実っていた赤い実を採って一緒に食べたわね。

 最初はちょっと苦みがあるのに、噛めば噛むほど甘くなってとても美味しかった。確かあの実は『幸せの実』と呼ばれていたわよね。

 

 その初恋の人の顔と名前は忘れてしまっているのに、何故か彼との思い出が次々と甦ってきて、何だかとても切なくなってきた。

 胸がギュッと締め付けられるようだ。早く思い出せと責められるように。

 私が苦虫を噛み潰したような顔をして黙って話を聞いていると、エリーがため息を吐きながらこう言った。

 

「死人に鞭打つようでこんなことは言いたくはないのですが、亡くなったコンラッド侯爵様達は本当に愚か者でしたよ。

 普段からサナーレの実には免疫効果があるから召し上がって下さいと申し上げていたのです。

 それなのに、お前達みたいな下賤の者達が口にするような下品な木の実など食べないの一点張り。

 その結果あの侯爵家で流行病に罹ったのは侯爵夫妻とご子息だけで、使用人とその家族は今も全員ピンピンしているというのに。

 大体、夫の弟がサナーレの実を病に罹ったお隣の子爵家の使用人に食べさせたら、重い状態から回復したんですよ。

 つまり、サナーレの実は病気に罹りにくくするだけでなく、治す効果があったんですよ。

 それを教えて差し上げても、結局お食べにならなかったのですから、あの方達には全くもって呆れますよ」

 

 なんでも流行り病から奇跡的に快復したそのお隣の使用人の件から、サナーレの実の話は信憑性がぐっと上がったらしい。

 それ以前からエリー夫婦と弟は病の予防のためにとサナーレの実を勧めていたというが、治療効果まであるとわかって、あっという間に世間に知れ渡ったのだ。

 そしてその後、急速に流行り病は終息したのだそうだ。

 

 そのため、サナーレの木は人々の命を救った『女神からの贈り物の木』として王国の木に認定されたのだという。

 そしてそのサナーレの木を守り、増やす役目を国王から命じられたのが、コンラッド侯爵家の庭師をしていたアルト、つまりエリーの夫なのだという。

 侯爵家の庭にサナーレの木を植えたのが、アルトの先祖であり、それを子孫達が代々守ってきたからだという。

 

「まあ、それではエリー様はフィルベルト男爵夫人だったのですね。ごめんなさい、呼び捨てにしてしまって。

 でもどうして貴族になったというのに、私の侍女なんかして下さっているのですか?」

 

 疫病を終息させて多くの人々を救うきっかけを作ったアルト一家は、その後男爵に叙爵されていたそうだ。

 

「嫌ですよ、今さら様呼びなんて。元々平民なのですからエリーのままでいいですよ。

 ローズリー様にエリーと呼ばれると、まるでメグ様に呼ばれているようで、私は嬉しいのです。

 あの王太子殿下と同じ感性だと思われるのは嫌なのですが、容姿は全く似ていないのに、ローズリー様の仕草や言葉使いや雰囲気がメグ様にとてもよく似ているんですよ」

 

 エリーはまるで懐かしい昔を思い出しているかのように、とても優しくて切ない笑顔を浮かべた。

 

「王太子殿下も私がメグ様に似ているとおっしゃったのですか?」

 

 私が驚いてそう尋ねると、エリーは急に厳しい顔をして頷いた。そしてこう言ったのだった。

 

「そもそもお嬢様が毒をお飲みになる事態に陥ったのは、お嬢様がメグ様に似てる似ていないと口論になったことが原因だったのですよ」


 と。

 

 

 ✳✳✳✳✳

 

 

 この国の名はバンディーノ王国という。昔は穏やかな気候と豊かな自然に恵まれて、人々は平和に暮らしていた。

 しかし疫病の流行がようやく終息した後も、国内情勢はすぐには回復しなかった。

 その前から頻発していた自然災害の影響もあって、国自体がかなり脆弱化していたからだ。

 王家に対する不満も当然なかなかおさまらなかったが、多くの貴族達も弱体化していたので、王家に対抗しようとする余力は持ち合わせていなかった。

 

 王都の城壁の門を閉じて人の出入りを禁止する処置をしたことで、地方へ流行り病を拡散させなかったという功績を上げたマクレール公爵家だけは別だったが。

 

 しかし、公爵家は自分達だけが防御策をとって一切被害を出さなかったことで、彼らばかり助かったと却って周りからの妬みを買ってしまった。

 そのせいで、それまで地味過ぎて存在感の無かった次男を王太子候補に押そうとしていた公爵家は、寧ろ人望を失ってしまった。

 

 それ故に、問題のある王太子を廃嫡させて自分が王太子になるつもりでいたという公子のヘイレリーは、歯ぎしりして悔しがっていたらしい。

 これはエリーが王城で暮らすようになってから、侍女達との井戸端会議で聞いた話だという。

 

 ヘイレリー公子の名を聞いて、私の心はざわついた。確かにいたわね、そんな名の男が。

 確か王太子の又従弟で一つ年下だったが、可もなく不可もなくとにかく目立たない空気のような人だった。

 そんな男が王太子を蹴落として王太子になろうとしたというのが意外だった。

 

 もちろんあのオルゴットが将来国王になるより、この国のためになる人ならヘイレリー公子が王太子になるのも吝かではない。

 しかし、アルト一家が人々を救済しようと人々の心に寄り添い、その効能を丁寧に説明しながらサナーレの実を配っていた間、彼とその家族は自分達だけ安全な場所に居て何もしなかったのだ。

 城門を閉めたのだって、自分の領地を守りたかっただけだろう。

 

 庶民ならそれも致し方ないだろう。しかし王家の血を引き大きな社会的責任を負う公爵家が仕方ないでは済まない。そんな人間に上に立つ資格はない。

 ということで、マクレール公爵家の信用は地に落ち、ヘイレリー公子を王太子候補として推す者などは出なかった。それ故王太子はかろうじてその地位に留まれたのだった。

 

 しかし、その地位が危ういことに変わりはなかった。何せ『コンラッド侯爵家令嬢の呪い』は相変わらず存在していたからだった。

 それを証明するように、コンラッド侯爵家の一族は疫病の流行で、ほとんど亡くなってしまったのだから。

 

 ところが、一族の中でマルソール伯爵家の人々だけは家族も使用人達も全員無事だった。

 社交シーズンだったにもかかわらず、たまたま領地に大きな問題が起きたせいで、家族総出で領地へと出向いていて王都にいなかったおかげだった。

 それに伯爵家の嫡男の妻ルナ様とエリザベスであった私がまるで姉妹のように懇意にしていたために、毎年サナーレの実を贈っていたからだろう。

 マルソール伯爵家の人々はコンラッド侯爵家とは違い、偏見を持たずに健康のためにとその実を食していたのだ。しかも使用人にまで分け与えて。

 

 そして、疫病が終息した翌々年には、伯爵家に女の子が無事に誕生した。つまりコンラッド侯爵家一門の血を引いた唯一の赤子だった。

 このことによって王太子や王家だけでなく、高位貴族達も皆思い込んでしまったらしい。

 

 コンラッド侯爵家の血筋の、最後の生き残りであるローズリー嬢と結婚しないと、自分達にかけられた呪いが解けないと。

 

 えーっ! まだ信じてるの? そんな呪いを? 

 だからわたしは呪ってなんかいませんてっば!

 もし呪ってるなら、浮気相手の聖女(魔女)の方でしょ! 未だに魅了研究所で実験台になっているというのだから。

 

 

 どうやら王太子は本当にロリコンではなく、単に馬鹿らしい噂やデマを信じる情けない男だったようだ。

 

 

 

 

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