第19章 最愛の人と私
「ローズリー嬢、いいえ、エリザベス嬢、オルゴットのこと、ほんとにごめんなさいね。謝って許されることではないけれど」
離宮の美しい薔薇園の中にある四阿で、王妃殿下に頭を下げられた。
私にはエリザベスの霊が憑依している。アンソニア公爵は、国王夫妻にそう説明したと聞いていたけれど、お二人は私がエリザベスの生まれ変わりだとわかっていらっしゃるようだった。
まあ、このお二人とは実の両親よりも共に過ごした時間が長い。特に王妃殿下とは本当の母娘のように接してもらっていたので、見破られてしまったのも当然なのかもしれない。
「頭をお上げ下さい。王妃殿下。恐れ多いです。
オルゴット殿下は魅了魔法を掛けられていたわけですし、それ以前の態度は思春期特有のモノだったとお聞きしました。昔のことは仕方のないことだったのです。
今回の件も十分反省なされているようですし、殿下に重い処分など望んではおりません。
私はただ、アンディーとの仲を裂かれる心配がなくなれば、もうそれだけで十分なのです」
本当に、それが私の正直な気持ちだった。
「王家が君達を二度も引き裂こうとしたことを心から謝罪する。
これからは、君達を邪魔する者が絶対に現れないように手筈を整えるから、二人とも安心してくれ」
と国王陛下に言われて、いくらなんでも大袈裟過ぎるわ。たかが伯爵家と子爵家の子供に対して……と思わないでもなかったが、陛下からのせっかくの申し出だったので、ありがたくお受けすることにした。
そしてそのお茶会の帰り、馬車の中でアンディーがボソッと呟いた。
「もし僕があの時殺されていなかったら、僕はどうなっていたんだろう。
メグを失くして、どうやって生きて行ったのだろう。想像がつかない」
「それなら私も。もし意識が戻っていたらどうなっていたのかしら。
疵物になったからと捨ててくれれば、フィルの下に行けたかもしれないけれど、やはり元王太子の婚約者だったせいでそれも無理だったら、別宅か領地に閉じ込められたのかしら?
まあ、あの疫病で両親や兄が死んだ後も、私だけは生き残ったのかもしれないけれど、きっと没落していたわよね。
そして心優しい貴方の方はやはり人々を助けるために奮闘して、英雄になっていて、今度は私の方が貴方には相応しくない人間になっていたと思うわ。
それで私は貴方を思って身を引いて、遠くから貴方を思いながら暮らしたんじゃないかしら」
「僕達二人は、あの狂人に殺された悲劇のヒーローとヒロインとなっているけれど、殺されなくても悲劇の人生だったかもしれないな。
もしかしたら、女神様はそれを見越して生まれ変われる未来を下さったんじゃないのかな」
アンディーがしんみりとこう言ったので、私も頷いた。実は以前からそう思っていたのだ。
「メグが王太子殿下の婚約者に選ばれた時、そして階段から落ちて意識が戻らず亡くなった時、僕は天を女神様を憎んだし恨んだ。
それなのにこんな幸せを貰えるだなんて、なんだか申し訳ない気分だ」
「女神様は太っ腹だというから怒ったりしないわよ。
それにフィルは絶望のどん底にいる時だって、人々の生命を守るために奮闘したのだから、それぐらいの悪口は許して下さるわよ。
私はフィルのおまけで生まれ変わらせてもらえたようなものだから、フィルに感謝しなければいけないわ。
それに、こうして二人が婚約できたのも、フィルが頑張って爵位を授かることができたからだものね。身分違いのままだったら婚約なんて無理だったもの。
エリザベスだった頃、どうして私は平民として生まれてこなかったんだろうって、ずっと悲しかった。
ありがとう、フィル、そしてアンディー。これからはずっと側ににいてね、私がおばあさんになっても」
「勿論だよ。だけど生まれ変われたのは僕のおかげというより、むしろメグが長年誠心誠意奉仕活動をしていたからだと思うよ。
メグが死んだ時、どれだけの人々が泣き崩れたのか君は知らないと思うけれど」
「えっ、そうだったの?」
「まあ、どちらのおかげだったとしても、これからも女神様や、僕達を応援してくれていた兄上夫婦やマルソール伯爵夫妻、それに周りの人々に感謝を忘れないようにしようね。そしてずっと幸せでいようね。
二人がおじいさんとおばあさんになっても」
「ええ、そうね。来年には弟か妹が生まれる予定だから、もうマルソール伯爵家の跡取り問題もなくなるし」
「えっ? 本当? それはおめでたいね!」
「ええ。とっても楽しみ」
私達は、明るい未来を夢みながら微笑み合ったのだった。
✽✽✽✽✽
結局、その後暫くしてオルゴット殿下は王太子の座を下りた。
ただし私の嘆願が多少功を奏したのか、そのまま王族として残ることになった。
そして、自ら進んで、次期王太子に内定したアンソニア公爵のまだ十二歳の次男の令息の、指導及び補佐を始めたそうだ。
元々オルゴット殿下はそれなりに優秀な方だったので、ただでさえ王族が少ないのだから、臣下に下るのは勿体ないと上層部が判断したのかもしれない。
最初はオルゴット殿下を恨んでいた一部の上層部も、あの出来事は側近だった自分の息子達が、殿下を制御できなかったせいだと反省をしたと聞いている。
まあ、その通りよね。彼らは聖女が現れる以前から虎の威を借る狐で、私がいくら注意しても私を見下して罵詈雑言を吐くような連中だったもの。
後になって彼らが私の兄と親しかったと知って、どうりで……と思わず納得してしまったわ。
そしてそれから十年後。
十八歳になったアンディーと私は、待ちに待った結婚式を挙げた。
凄く幸せだったけれど、本人達の意志は完全に無視されて、盛大な結婚式となってしまった。
何せ国王陛下夫妻に王太子夫妻、オルゴット殿下、そして宰相であり王太子殿下の実の両親であるアンソニア公爵夫妻まで参列されたのだから。
そしてアンディーは結婚と同時にアルトお父様から爵位を継承してフィルベルト子爵となることが決まった。
「元々自分達はお前達の代理だったのだから、そろそろ自由に庭木の手入れをさせてくれ」
「社交場で作り笑いを浮かべて上辺だけの会話をするよりも、井戸端会議を楽しみたいわ」
そうアルトお義父様やエリーお義母様から言われてしまったのだ。
これまでも例の特殊な実ばかり育てている農園の手入れや、健康食品の工場の経営、そして医薬品の研究でただでさえ忙しいというのに、その上社交まで加わると思うとため息が出そうになった。
それでもこの十年で、アンディーは人を上手く使うことを覚えたので、ちゃんと二人きりになれる時間はとれているのだけれど。
アンディー曰く、『立っている者は親でも使え』をモットーにしているらしく、アルトお義父様やエリーお義母様だけでなく、身分に関わりなく能力のある人をどんどん雇用して、彼らに技能を身に付けさせながら、無理のないように働かせている。
もちろん過剰労働などさせずに、絶えず効率化を考えて進めている。
「愛する人との時間を持てないのなら、何のために働いて、何のために生きているのかわからないからね」
それがアンディーの口癖だ。これは彼の実体験から自然に溢れ出た言葉だ。
私もそう思う。
社交も仕事も研究もみんな好きだけれど、一番大切なのはアンディーの側にいることだもの。
そして聖堂で婚姻証明書に二人でサインをした時、
『フィルベルト=フィルベルト』
もう一つの夫の名前を、心の中でこっそりこう呟いて、私はクスッと笑ってしまいそうになった。
それは婚約した時からの悩みが、今もって解決していなかったことに、ふと気付いてしまったからだ。
フィルとアンディー、どちらも愛する人の大切な名前なので、どちらを呼ぼうかといつも悩んでしまうのだ。
そしてその悩みは夫も同じだったということに、次の瞬間に私は気付くこととなった。
「エリザベス、いや、ローズリーを心から愛しています。一生彼女を愛し続けることをここで宣誓します」
夫がこう口にした時、神父様は一瞬ギョッと驚いたような表情を浮かべた。
しかし、夫はそんなことには気も留めず、輝くような笑顔のまま、私に優しく誓いの口付けをしてくれたのだった。
✽ 終わり ✽
これで完結となります。
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