第18章 男心を訴える婚約者と私
前章で、「マクレール公爵となっていたヘイレリーの兄が」の記述を途中で、「降格してマクレール伯爵となっていたヘイレリーの兄が」に改めました。
またフィルベルト男爵夫妻は、フィルベルト子爵夫妻に直しました。
すみません。
「あんたは単に弱虫で根性無しなだけだ。本当に好きならどんなことをしてでも自分の手で幸せにしてやるべきだったんだ。
それなのに自分に自信がないからって、他の奴らに幸せにしてもらい、ついでに自分もそこに交ぜてもらおうだなんて、なんてセコい奴なんだ。こんな情けない男は見たことがないよ。
しかも自分の思い通りにならないっていう勝手な理由で、お前とは何にも関係ないエリザベス様を殺すだなんて、クソ過ぎる。
エリザベス様が、なんで見も知らずのお前のシナリオ通りに悪女を演じるだなんて思ったんだ? 頭イカれてるんじゃないのか!
お前は自分のことを、別の世界で理不尽に虐められていた不幸な可哀想な人間だと思っているんだろう。
だがな、お前が殺したエリザベスお嬢様だって、家族から虐待されていたんだぞ。
その上、無理矢理王太子と婚約させられ、学園生活と厳しいお妃教育を受けされられて、自由どころか休む暇もなかったんだ。
そんなエリザベス嬢にお前達は、王太子と聖女の仲をお膳立てして彼女を冷遇し続けた挙げ句、大切な卒業ダンスパーティーの衆人環視の中で婚約破棄したんだぞ。
それでもお前はエリザベス嬢に悪かったと思わないのか? 自分の方が可哀想だと思うのか?
少なくともあのリカ様とやらは、愛されないとただ嘆いていた自分が恥ずかしいと言っていたらしい。
そして、そんな辛い状況の中でも必死に努力していたエリザベス嬢を陥れ、その挙げ句に死なせてしまったと号泣しながら後悔していたそうだぞ」
私の言葉に続いてアンディーがヘイレリーを睨みつけながらこう叫んだ。
私達の言葉にヘイレリーは陸に上がった魚のように口をパクパクさせた。言い訳したいのにそれができないのだろう。
その後もヘイレリーは淡々と質問に応じ、英雄フィルベルトの計画殺人についても、宰相の話に間違いはないと言った。
宰相の家の勢力を削ぐために子爵家を潰そうと、そこの使用人である御者を騙し、利用して轢き殺させたと。
アンディーは顔色一つ変えなかったけれど、フィルの兄夫婦だったアルトとエリーは声を押し殺して泣いていた。
もちろん私や傍聴席に座っていた人達も皆。
そして結局最後まで、彼は反省の弁を述べることなく審議は終了し、それから間もなく裁判長から有罪の判決が下りた。
ヘイレリーは隣国の医科学研究所へ送られ、そこで新薬研究のための実験体にされることになった。
「英雄と侯爵令嬢を殺したのに処刑しないなんて甘いな。俺はサッサとこの世をおさらばして、リカ様の所へ行きたいのによ」
ヘイレリーがこう減らず口をたたくと、宰相はそんな煽りには乗らず淡々とこう言った。
「反省もしていない輩を簡単に死なせはしないよ。ちゃんと人のために役立ってもらってから逝ってもらわないとね。
あっ、そうだ。言い忘れていたが、お前は死んでも偽聖女リカには逢えないよ。
何故なら彼女はまだあの世には行っていないからね」
「どういう意味だ?」
余裕を見せていたヘイレリーの顔付きが変わった。
「どういう意味もなにも、彼女はまだあの世には行っていない。つまり死んではいないってことさ。だから、お前がたとえ死んでも彼女には逢えない」
「リカ様は消えたとさっきお前は言ったじゃないか! 一体どっちなんだ!」
「私は確かに消えたと言った。しかし死んだなんて一言も言った覚えはないが」
そう言われればそうね。消えたと言ったから亡くなったのかと思い込んでいたけれど。
これって、わざと勘違いさせるように言ったんだわ。彼に絶望を与えて本音を言わせるために。
「それではリカ様は今どこにいるんだ?」
「元の世界だよ。魔術研究所がね、異世界へ戻れる方法を見つけたんだよ。
この世界に現れた時に手に入れた魔力を、今度は一気にそれを排出することで、また元の世界に戻れることが判明したんだ。
そしてなんとそれは、再び呼び出すことも可能でね。二度ほど実験したらしいが、成功したらしい。
そしてリカ殿が排出したその二度の膨大な魔力エネルギーによって、破れていた天空の結界が修復された。これで我が国も魔物の侵入を防ぐことができてるようになった。
本当に彼女は聖女様だったよ。だが、彼女は悪女と呼ばれたままでいいと言っている。
そうでないと、災いが起きる度にこれまでのようにコンラッド侯爵令嬢の呪いなどというでたらめな噂が流れて、エリザベス嬢の名誉を傷付けてしまうからと。
だから、真実はこの場にいる者達の心の中にだけ留めておいて欲しい。
そして彼女は、今後も年に一度はこの世界にやって来て結界のメンテナンスをしてくれるそうだ。
エリザベス嬢やオルゴット王太子、その他の迷惑をかけた令息や令嬢に対する罪滅ぼしだと言ってな」
思わぬ展開に、国王陛下と宰相閣下を除く全員が唖然とした。もちろんアンディーと私も。
そして一番驚いたのはヘイレリーだっただろう。暫く驚愕の表情をしていた。
しかしようやく宰相の話を理解できたのか、ずっと絶望の表情を浮かべていたヘイレリーの顔に赤みが差し、弾んだ声でこう叫んだ。
「リカ様は生きている。生きて元の世界に戻れたんだな。良かった。
早く俺も元の、リカ様の元へ返してくれ!」
ざわついていた法廷が、その言葉で再びシーンとなった。
『何考えているんだこいつ』
私を含めたここにいる全員がこう思ったことだろう。
さっきお前には判決が下りて、隣国の医科学研究所へ送られることが決定しただろう。
これからお前が向かう場所は同じ隣国の研究所でも、魔術ではなく医科学研究所だ!と。
「聖女殿を元の世界へ戻すことにしたのは、元々我々が強制的にこちらへ召喚してしまった詫びだ。
それに彼女が色々やらかした件は、そもそも彼女をきちんと指導できなかったこちら側にも責任があるしな。
しかし一番大きな理由は、彼女が自分の行いを心から反省して悔いていたからだ。
それに比べてお前はどうだ。二人も貴い人間を殺し、多くの人間を悲しませ、その人生を狂わせておきながら、何一つ反省をしていない。
そんな者を無罪放免するわけがないだろう。元の世界だって人殺しの凶悪犯などに戻ってきてもらっても迷惑だろうしな」
淡々とそう説明をされて、初めてヘイレリーの顔に焦りが見えた。そして彼はこう言い募った。
「これまですまかった。謝るし反省もする。だから、俺も元の世界へ戻してくれ!
俺だってリカ様同様に、俺の意志ではなく無理矢理にこっちへ召喚されたんだから」
そんな都合のいいことを言ったヘイレリーに、宰相であるアンソニア公爵は、ずっと無表情だった顔に初めて薄笑いを浮かべてこう言った。
「今さら反省しても遅いよ。そもそも、我々がお前を許したからといって、どうやってお前は元の世界へ帰るつもりなんだ? お前の身体は元の世界にあるというのに。
その借り物の体には魔力がないのだぞ。一体どうやって魔力を放出するつもりなのかな?
それができなければこの世界から出られないというのにね」
「あああ〜!」
ヘイレリーはうめき声とともに、その場に沈み込んだのだった。
読んで下さってありがとうございました!
次で完結になります!




