第17章 女心を訴える私
ヘイレリーの裁判はあの王城での告発の日のひと月後に、王族と聖堂関係者、城の大臣級の貴族、そして事件関係者のみが傍聴を許されて開かれた。
コンラッド侯爵令嬢エリザベスに足を引っ掛け、階段から落としたこと。
アンソニア公爵の異母妹の嫁ぎ先の子爵家の御者を騙して、英雄フィルベルトを暗殺したこと。
ヘイレリーはこの二つの殺人をあっさりと認めた。私達二人を殺したことなど、彼にはどうでもよいことなのだろう。罪悪感など一欠片もない様子だった。
フィルベルト子爵夫妻と、車椅子に乗って傍聴にやって来た私の両親は怒りに震えていた。
その犯罪動機は、やはり私が推理していた通りだった。
ヘイレリーは愛するリカのために、リカが幸せになるためのシナリオを作り上げた。
偽聖女リカを王妃にして、彼を含む取り巻き達を侍らせ、自由に勝手気ままに暮らさせるために。
それなのにエリザベスは、彼の脳内にあるシナリオ通りに行動しなかったので腹が立ったらしい。その怒りの感情のまま後先考えずに足を出したというのだから、かなりアブナイ奴みたい。
あの後彼は反省したというが、それは私への罪悪感などではなかった。
私を殺したことで、私への同情の声が高まるにつれて、偽聖女リカへの不満が高まっていったことに対しての後悔だったようだ。
「貴様は聖女のためだとそればかり繰り返しているが、それは単なるお前の自己満足に過ぎない。
お前は彼女の気持ちを何一つ分かってはいない。それ故にお前がしたことは、彼女にとってはただのはた迷惑に過ぎない」
宰相の言葉にヘイレリーは目を剥いて叫んだ。
「お前にリカ様の何がわかる? 知ったかぶりするな、烏滸がましい」
「少なくともお前よりはわかっているつもりだ。隣国の魔術研究所からは定期的に彼女の様子が送られていたからな。
彼女はコンラッド侯爵令嬢の死を知ってかなりショックを受けたらしい。
入所当時から令嬢の意識が回復するようにずっと祈っていたらしいからな。
彼女は本当にお前が言う通り聖女だったようだ。魅了の力だけでなく癒やしの魔法も確かに持っていた。
しかし、彼女自身はその力について気付かなかったようだ。
たくさんの高位貴族の令息達にもてていたのも、本当に自分の魅力だと思っていたみたいだね。
だから、彼らの婚約者に対しても申し訳ないという気持ちが湧かなかったらしい。自分が奪い取った訳じゃないと。
しかし真実を知って相当なショックを受けたらしい。自分のせいで多くの人達を不幸にしてしまったと。
特に婚約破棄騒動など起こさなければ、コンラッド侯爵令嬢を死なせなくても済んだのにと悔やんでいたそうだ。
令嬢の転落事故はお前のせいで彼女には関係なかったのに、罪を背負い込んでしまった。
彼女は確かに賢くはなかった。いい気になって色々調子に乗って、多くの人間に迷惑をかけた。しかし、悪人ではなかった。
そんな彼女を不幸のどん底に陥れたのはお前だ」
宰相の言葉にヘイレリーは青褪めたが、どうしても自分が聖女リカを不幸にしたと思いたくない彼はこう叫んだ。
「結界の綻びを補うために聖女を召喚したのはこの国の上層部だろう!
無理矢理別世界からリカ様を召喚したのはお前達だったくせに、なに人のせいにしているんだ。お前達こそ人攫いの人でなしだ!」
裁判所の法廷の室内はシーンとなった。彼の言うことも一理ある。人が突如知らない世界に飛ばされて、きちんと説明も指導も受けられなかったら、非常識な態度を取ったとしても文句は言えない。
しかし、この後衝撃な真実が宰相から告げられて、法廷にいる者が全員動揺した。もちろん私も。
「確かに我々国の上層部のしたことは非人道的だった。自国を守るためとはいえ、この世界に全く関係のない者を強制的に呼び込んだのだからな。
しかし、悪いのはそれこそ私達だけではあるまい。
何故彼女を召喚できたのかといえば、そもそもマクレール公爵家の巨大蔵書の中から、何故か王立図書館から何十年も昔に紛失した禁書が見つかったからなのだから。
そしてそもそも聖女を召喚しようと提案したのも、召喚の儀式を行ったのも、すべてマクレール公爵家だったよね?」
えっ! そうだったの?
隣のアンディーを見ると、彼は驚く素振りもなかったので知っていたらしい。そして私の耳元でこう囁いた。
「マクレール公爵家は、かつては聖女召喚の儀式を一手に任されていた家系なんだ」
ヘェ~そうだったんだ。
「マクレール公爵家の者全員に確認したところ、お前は決して目立つ行動はしていなかったが、聖女リカの召喚の下準備は全てお前が一人でやっていて、実質お前が仕切っていたそうだな。
しかも、本来ならば特定の人間を召喚するのは不可能と思われていたのに、お前はあのリカなる異世界人を撰んで召喚したらしいな。
本人が名乗る前に『リカ様』と呼び掛けていたらしいからな。どうやったのかは知らないが」
「俺が元居た世界で心が繋がっていた女の子なんてリカ様しかいなかったんだから、俺が思念を送れるとしたら、リカ様しかいないだろう」
ヘイレリーはヤケクソ気味にこう言ったので、みんな瞠目した。
元居た世界、それってつまり……
「お前も転生者なのか? 魔力持ちなのか?」
「魔力なんてないよ。何せリカ様と違って、俺は意識だけがこの世界に転生させられて、体は元のヘイレリーのものなんだからな」
「お、お前は私の弟の体を乗っ取ったのか!」
降格してマクレール伯爵となっていたヘイレリーの兄が、いきなり立ち上がり、真っ青な顔をしてこう叫んだ。すると、ヘイレリーは激しい怒りの表情で兄を睨みつけながら、こう叫んだ。
「ふざけるな! 俺が好き好んでこの身体に入るわけないだろう。
お前の愚かな弟が、たまたま見つけた聖女召喚するためのマニュアル本を参考にして、遊び半分で召喚術を使ったんだ。
それで俺の霊だけが召喚されてこの体に閉じ込められたんだ」
「それじゃ、私の弟は今……」
「寝てるよ。俺が呼び出さない限り」
「それじゃあ、おとなしかったお前が、時々激しくなったりしたのは、二人が入れ替わっていたからだったのか……」
マクレール伯爵はへなへなと椅子に座り込んだ。
「つまりお前の本当の体は元の世界にあるということか?」
宰相の問にヘイレリーは頷いた。
「そうさ。そしてその俺の元の体にリカ様が触れたことがあったから、彼女を召喚することができたんだ。多分ね。
彼女は元の世界では誰からも愛されないと苦しんでいた。だから、この世界に召喚したんだ。ここで聖女になれたら、多くの人に愛されて幸せになれるだろうと思って」
そして、傍聴席をグルッと見回してこう叫んだ。
「それなのに、お前達が全員でリカ様を不幸にしたんだ。俺は絶対にお前達を許さない!
あのクソ親父も公爵から伯爵に格下げになった挙げ句に、隠居というの名目の幽閉になったんだろう?
ざまぁみろだ。あいつが甘やかして育てるから、あんな馬鹿なクズになったんだ」
ヘイレリーの勢いに傍聴席はシーンとした。しかし、その中で私は思わずこう叫んでいた。
「ふざけないで! リカさんの気持ちを何一つ本人から聞きもしないで召喚したくせに、偉そうなことを言わないでよ。
幸せだったか不幸だったかなんて本人から聞かないと分からないでしょ!
確かにたくさんの男性を侍らせて、少しはいい気になっていたかもしれないけれど、この世界でリカさんが本当に多くの愛を望んでいたのかはわからないわ。
もしかしたら、たった一人でもいいから本当に愛してくれる人を望んでいたかもしれない。
それなのに、何故あなたはその他大勢の一人でいたの?
何故あなたは、リカさんが本音を言える唯一の一人になってあげなかったの? こんなに彼女を思っていたのに。
元の世界でもこの世界でも、彼女の本音を聞いて、彼女の希望に沿って動いてあげていたら、彼女はこんな結末を迎えることはなかったんじゃないの?」
読んで下さってありがとうございまして!




