第16章 自分の死後の話を聞く私
寝耳に水の話に、ホールの中は混乱状態に陥った。
私達二人は不幸な事故死として処理されていたので、誰もその死因について疑問を抱いてはいなかった。だから、皆が驚くのも当然だろう。
「そんな馬鹿な。お二人は事故でお亡くなりになったのではないのですか?」
マクレール公爵家次期当主が震える声で、まるで間違いであって欲しいと願うような切ない目をして、宰相閣下に縋るように尋ねた。
しかし宰相閣下は無慈悲に首を振って、淡々と事の経緯について説明を始めた。
「いいや。間違いなく二人は殺害されたのだ。
元々コンラッド侯爵令嬢の場合は、行き当たりばったりの犯行だったようで目撃者も多かったのだが、それが却って仇になったようだ。
彼らは犯人の顔を見たのだが、それが誰なのかがわからず、不確実な情報を提供してはまずいと考えて、結局誰一人通報しなかったというのだから。
つまり、自分は無理でも他の目撃者が通報するだろうと、全員が思ったというのだからね。とても信じられない話なんだが。
そして気が付けば事故だと処理され、侯爵令嬢は意識が戻らないまま半年後に亡くなってしまった。
目撃者達はその罪悪感で、余計に皆口を閉ざしてしまったそうだ。
ところがその後暫くしてようやく彼らは、コンラッド侯爵令嬢にわざと足をかけて階段から転落させた犯人が誰なのか、それに気付き始めたらしい。
というのも、それまで存在が希薄で、名前と顔が一致していなかった高位貴族のとある令息の姿を、よく目にするようになったからだ。
そう、それがマクレール公爵家のヘイレリー卿だったというわけだ。
貴殿はあの偽聖女を研究所から出したい、ただその目的のために王太子になろうとして動き出した。
そのために今まで知られていなかった貴殿の顔が、徐々に世間に認知されることになった。それが命取りになったね。
そして我が公爵家があるリストをもとに調査を開始したら、その場で全員が裁判で証言をすると言ってくれたぞ」
そう。アンソニア公爵家の諜報部の皆様が聞き込みをしたら、全員すぐに犯人はヘイレリー卿だと証言し、裁判でも証言台に立つと口を揃えて言ったらしい。
今まで口を噤んでいた罪悪感と、これ以上コンラッド侯爵令嬢の呪いを受けるのは堪らないと思ったのだろう。
私は呪ってなどいないが、私の死後に起こった様々な災害で、何の被害も被らなかった者などいないだろう。
つまり、何らかの災いを受けた者達は、それがたまたまのものだったとしても、自分が罪を犯したせいだと受け取っていたようだ。
お気の毒に。みんな意図的に隠蔽しようとしたわけではないでしょうに。
みんな告白できて気持ちが楽になったみたい。良かったわね。これもみんなアンディーのおかげだわ。
アンディーが作ったリストがなければ、アンソニア公爵家の優秀な諜報部の皆様だって、こんなにも簡単に目撃者を見つけられなかったでしょうからね。
あの日学園にいた全員に聞き込むなんて至難の業だもの。
「そして英雄フィルベルト卿の件は計画殺人であり、巧妙な手口に皆騙されてしまった。
しかし、こちらは先日実行犯が出頭してきたのだよ。ヘイレリー卿に騙されて英雄を殺してしまったと。
悪人退治のつもりだったのに、相手は恩義のある英雄だった。そして自分のせいで雇い主であった子爵家も取り潰しになってしまい、悔やんでも悔やみきれないと。
何故もっと早く出頭しなかったのかというと、自分に直接依頼に来て金を渡した男を見つけるためだったと言っていたよ。
いくら平民が公爵家令息が犯人だと訴えても、相手にされるわけがないからと。
そしてその男の正体を探るために、マクレール公爵家で御者として働いてきたが、ひと月前にようやくその者を見つけたと言って名乗り出てきたんだ。
もちろん、その仲介人も逮捕してその証言もとれているよ」
宰相の言葉に私も他の人々同様に喫驚した。
何故フィルをひき殺した犯人が、危険な真似までしてマクレール公爵家で御者として働いていたのか、その疑問がようやく解けたからだった。
フィルを殺したゴルゴートは本当に騙されていたのだろう。そして自分が殺した相手が恩人である英雄フィルベルトだと知って、彼は酷く後悔したのだろう。
最初は出頭することも考えたのだろうが、それでは結局罰せられるのは自分だけだと思い、違う方法をとったに違いない。
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フィルベルトをひき殺した件は故意ではなく事故だと処理され、ゴルゴートは一年の禁固刑を言い渡された。彼は牢獄の中で色々と考えたのだと、その後、ゴルゴートは宰相閣下に語ったという。
真実を述べて処刑されても、このまま真実を隠していても地獄だ。
愛する家族から見放され、仕えていた子爵家は没落し、同僚からは恨みを買ったのだから。
しかも借金はなくなったが、自分のせいで家族は世間から白い目で見られ、今後まともな仕事にも就けず、生活に困窮するだろう。
一体俺はどうすればいいんだと。
そして天啓なのか、刑を終えて市井に戻った彼に、マクレール公爵家で御者を探しているという情報が入ってきた。
彼はすぐに、自分の名前をゴルゴートと変えてそれに応募したそうだ。
おそらく御者の採用など、家令や執事が決めるものだから、ヘイレリーを含めた公爵家の人間は、関与していないだろうと思ったそうだ。
まあ、途中で気付かれたそうだが、そこはゴルゴートが上手く誤魔化したという。
アンディーの想像していて通り、高位貴族の世間知らずのぼんぼんは、言いくるめるのも簡単だったそうだ。
こうして御者として働きながら、ヘイレリーと自分のパイプ役になった男を探したようだ。
自分一人がただ出頭しても、真犯人であるヘイレリーまで罪を問うことはできないだろうと。
そしてそれまではできるだけお金を家族に送りたいと、賃金のほとんどを家族に仕送っていたという。
そしてとうとうゴルゴートはその男を見つけた。それは聖堂の前でアンディーと遭遇した翌日だったという。
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「リカ様、リカ様、俺が必ず貴女を救い出してみせます。どうか待っていてください!
貴女は俺の聖女です。ボッチでイジメられキャラだった俺に唯一微笑みながら、話しかけてくれた女性です。貴女は俺の太陽だった。
貴女を本当の王妃にしてあげたくて、この世界に呼び寄せたのに、何故こんなことになったんだ!
ああ、リカ様が死んだなんて信じない!」
近衛騎士に取り囲まれたヘイレリーは、殺人事件のことには全く気にも留めず、こんな訳の分からない言葉を吐き続けながら、強制連行されて行った。
そして残された者全員、それを呆然と眺めていたのだった。
読んで下さってありがとうございました!
あと数話で完結になると思います。今週中に投稿できたらと思っています。




