第14章 婚約者と私
国王が帰国した十日後、王城には国中の貴族が集められていた。それはこの度の外遊の成果を、国王陛下が大々的に公表する会を催すためだった。
今回の陛下の外遊の最大の目的は、自然災害と疫病で膨大な被害を受けた際に、これまで援助してくれた各国に対する御礼だった。
そしてそれと同時に、復興のための融資と業務提携の追加を依頼するためのものだったらしいが、思いの外良い結果が出たようだ。
なんでも宰相の段取りや根回しがかなり功を奏したらしい。
その上貴重な輸出品である健康食品や薬草学などの貴重本をフィルベルト男爵家が提供してくれたおかげで、多くの国々から喜ばれたことが大きな要因だったという。
今後、両国で協力して医薬品や健康食品を研究したり、それらを商品化していこう、という話になったらしい。
つまりこれは国王の手柄話の会、もしくは宰相であるアンソニア公爵や、フィルベルト男爵の功績を称える会と呼ぶべきものだった。
貴族達は皆国王を称賛した。そして宰相や男爵の周りにも人だかりができて、彼らを褒め称えた。
十年近く経っても、まだまだこの国は復興途中だったので、援助金はみんなありがたいだろう。
そしてそれだけではなく新しい産業が興ったり、貿易量が増えることは今後の希望になり得るので喜ばしいことだろう。
このことはアルトさんの功績が大きい。しかし、陰の功労者はアンディーと亡くなったフィルベルトだと思う。
薬草や果物の効能の研究をしたり、それらを本にまとめていたのは生前の彼だった。そしてそれにアンディーが多少手を加えたものだったのだから。
そして、そんな中でも人々の目がちらちらと、アンディーと私に注がれていた。
私達はまだ誰からも紹介されてはいなかったし、もちろん自ら名乗ってもいなかった。けれども皆様は私達の正体に気付いているようだった。
アンディーはかつてのこの国の英雄に瓜二つの美少年だった。そしてそんな彼が守るようにしっかり私の手を握ってくれていたので、私が彼の乳兄妹であるマルソール伯爵家のローズリーだろうと。
そう、コンラッド侯爵一族の生き残りの令嬢に違いないと。
私達は宰相閣下の指示で、論功行賞が発表される時、フィルベルト男爵夫妻の隣に立った。
「この度の外遊の成果はフィルベルト男爵の功績によるものだと言っても過言ではない。
そして今後の他国との交渉において、今の男爵位のままでは不都合だと判断し、アルト殿を子爵位に昇叙することをここで発表する」
わあーという歓声と拍手が一斉に沸き起こった。そしてそれが収まると、陛下がこう言った。
「そしてこの度さらにめでたい発表がある。
なんとフィルベルト子爵令息アンディー君と、マルソール伯爵令嬢ローズリー嬢の婚約が先日成立した。
マルソール伯爵夫妻が療養中で、この場に同席できなかったことが誠に残念ではあるが、夫妻とも心より喜んでいるとのことだ。
二人のことは今さら説明することもないだろうが、彼らは我が国の尊い人物の血を引く者達であり、輝かしい未来の象徴でもある。
まだ幼いこのカップルを、どうか温かくそっと見守ってやって欲しい。
まさか我が愛する臣下の中には不埒な者などいないだろうが、二人に邪な思いで近づく者には天罰が下ることを心せよ」
最後の言葉を国王は冗談のように明るく言ったが、その目が笑っていなかったことに貴族達は気付いて、ヒュッと息を呑んだ。
もしそれに反したら容赦しないとその目が語っていたからだと思う。
この時オルゴット王太子は、まるで美しい置物と化していて、私達の婚約発表がされても微動だにせずに、項垂れていたわ。
ここにいるほとんどの皆さんが、王太子の今後の行く末を理解していたようで、完全にあの方をスルーしていた。
ただ、
「エリザベス様を思って独身を貫いていらっしゃるのかと思っていたけれど、単にご趣味に合う方が見つからなかっただけなのね」
「まさか幼女趣味だったなんて。もし魅了されていなくても、エリザベス様を婚約破棄されていたのではなくて?」
という会話がご婦人方から囁かれていたわ。実際はそんな趣味はなさそうだけれど、七歳の子につきまとい、婚約を申し込んでいたのはやはりいただけないわよね。
まあ、王太子のことは今は置いておいて、いよいよこの会の一大イベントの始まりだわ。
もしもに備えて、近衛だけでなくいつの間にか騎士団の騎士まで会場の内外を囲んでいるみたい。
できるだけ穏便に済めばいいのだけれど。私がアンディーの顔を見ると、彼はにっこり微笑んだ。そして小さな声でこう言ったのだ。
「何があっても、今度こそ僕が君を守る。だから心配はいらないよ」
と。
そして国王陛下は集まった者達をゆっくりと見渡すと、やがてこう告げた。
「皆の者。今日はもう一つ大事な発表がある」
大広間の中は一瞬ざわついた。いよいよ王太子の廃嫡と、新しい王太子の発表かと。皆は期待と不安の入り交じった思いで国王を見た。
しかし、国王の口から出てきたのは思いもよらない話だった。
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