第13章 元凶その一(国王視点)
ひと月に渡る外遊から帰国した国王は、帰ってすぐに留守を守っていた、宰相のアンソニア公爵から留守中の報告を受けた。
帰路の途中で事前に手紙を受け取ってはいたが、地下牢に投獄された者達を実際に目にして深いため息をついた。
そして自室に軟禁されていた息子を見た時には、怒りよりも諦めの境地に達した。
そして後悔した。十年前に誤った判断を下したことに。
あの時周りに王太子に相応しい者がいなかったことは事実であり、ただの息子可愛さではなかった。
王位継承権を持つ公爵家の令息達はまだ幼すぎるか、すでに家を継いでいたために、今更王位に就かせるわけにはいかなかった。
いや、後になって一人居たことが分かったが、後の祭りだった。それに、その者を王位に就けていたなら、この国は終わっていただろうから、気付けなくてよかったのかもしれないが。
しかし息子のオルゴットは次の後継者が育つまでの暫定の王太子だと、国内外に知らしめるべきだったと。
王位継承権を持つ者達全員に、堂々と名乗りを上げさせ、各自その実力を示させてから決定すればよかったのだ。
そうすれば、マクレール公爵家の陰謀は防げたのではないかと。
いや、却ってライバルを蹴落とすために謀略の限りを尽くしたかも知れないな。あの異常者ヘイレリー公子の望みを叶えるために。
今さらだが、宰相であるアンソニア公爵を含む四つの公爵家ともっと密な関係を結ぶべきであったと思った。公爵家とは、そもそも王家を支えるために存在するのだから。
しかし、他の公爵家に乗っ取られるのが恐ろしくて頼れなかったのかも知れない。
何故なら今の王家も直系ではなく、祖父の代に公爵から養子に入った傍系の血だったため、次の王太子が王家の直系でなくても問題ない、と言われるのが怖かったからだ。
だからこそ、才色兼備で非の打ち所がないと評判のエリザベス=コンラッド侯爵令嬢を、息子である王太子の婚約者に置いたのだ。
彼女なら凡人の息子オルゴットを支えて、国を舵取りしてくれるだろうと。彼女の意思などまるで考慮することもなく。
それはエリザベスが十二歳の時だった。
そしてその目論見通り、彼女は大変優秀で貴族や平民からの評判も高い令嬢となった。ところが、息子の方に問題があった。
彼女の優秀さに王太子が萎縮して、コンプレックスを抱いてしまった。そのために、家庭での冷遇やお后教育で厳しい環境で辛い思いをしている彼女に、彼は寄り添うことができなかった。
その後二人は関係を修復できないまま王立学園に入学した。
するとエリザベスの優秀さはさらに磨きがかかった。
しかしそれだけででなく、ますます美しくなり、その上愛らしく優しい性格だったので、男女関係なく人気者になっていった。
そうなるとさすがのオルゴットも、エリザベスに関心を持つようになっていった。これで少しずつ二人の仲が近づいてくれればと大人達は期待していた。
ところが、そんな二人に邪魔が入った。それは聖堂側の反対を押し切り、マクレール公爵の薦めで五十年振りに召喚した聖女リカだった。
近頃気候が不安定で、自然災害があちらこちらで起こるようになってきた。これは五十年前に張った結界が破れてきたからに違いない。
そう考える者達が増えて、国王である私はその対策を迫られて連日責められていた。
そんな時マクレール公爵家の図書室で、『聖女の召喚の仕方』という書物が発見されたのだ。
今回それを見つけたのは次男のヘイレリーだったと知った。彼にとって聖女リカは最初から特別な存在だったのだろう。
それを知っていたら、二人を結ばせていた。そうすれば、息子を含む若者達の未来を潰すことはなかった。
そしてあの素晴らしい令嬢を死なすことはなかっただろう。悔やんでも悔やみ切れない。
今度こそ諸悪の根源を断ち切らねばならない。そしてエリザベス嬢の生まれ変わりを、この身を呈しても守らなければならない。彼女の身もその心も。
私は衛兵が控える部屋に入ると、愚息に向かってこう告げた。
「ローズリー=マルソール伯爵令嬢を自殺未遂に追い込むという虐待をした罪により、お前を廃嫡する。
そしてローズリー嬢と今後一切接触することを禁じる」
「待って下さい。僕は彼女を傷付けるつもりなどありませんでした。彼女は誰かに毒を盛られたのです。その犯人を見つけて下さい」
「いいや、ローズリー嬢自身が、証言したのだ。お前から逃れたくて毒の実を含んだと。
彼女の中に亡くなったエリザベス嬢が乗り移っているのだそうだ。
だからお前の顔を見るのさえ嫌なのに、婚約を迫られてそれに耐え切れずに、本体のローズリー嬢を道連れにして、お前から逃れようとしたそうだ。
お前のせいで、さらに『エリザベス嬢の呪い』が増すところだったのだぞ」
オルゴットは驚愕の表情を浮かべて震え出した。
「僕は本当に本当にエリザベス嬢に申し訳なく思っていた。後悔してた。本当は好きだったのにくだらない矜持で冷たくしたこと。
あの魔女に近づいたのだって、元々は焼きもちを焼かせるために利用しようとしただけだったんだ。
まさかあの女が魅了持ちだとは思いもしなかったんだ。
本当に愚かだった。彼女は注意をしてくれたのに、それを聞かずに魔除けの指輪を外して魅了にかかってしまった。
婚約破棄なんて本気でするつもりなんてなかったのに、勝手に口が動いたんだ。そしてそのせいでエリザベスがあんな目に遭うだなんて。
僕のせいでエリザベスを死なせてしまった。償いたくても償えなくてずっと苦しんできた。
だからマルソール伯爵家に赤ん坊が生まれた時嬉しかった。せめてその子のために何かしてやれるじゃないかって」
息子の言い訳を聞いて私は目眩がした。いい年をして全く成長していなかったのだなと。
これまで息子には散々妻を娶れと言い続けてきたが、頑として拒否してきた。
後継者を作るのは王太子の義務であり責任であると諭しても、エリザベスの代わりを務められる者はいないと拒否し続け、四大公爵家から養子をもらえばいいと言った。
そこまで言うのなら仕方なく諦め、養子選定まで始めていたのだ。
ところが、オルゴットは最初から養子をもらうつもりなどなく、ローズリー嬢を婚約者にするつもりだったのだ。
罪滅ぼしだと? 面倒を見るだと?
幼い少女を追いかけ回し、散々迷惑をかけておきながら。
本気で罪滅ぼしをするつもりなら、まず自分ではなく相手の幸せを考えるべきだろう。そう私が言うと、オルゴットは不満そうな顔をした。
「僕は彼女の幸せを一番に考えていますよ。だから婚約しようと思ったのですよ。
今度は決して間違ったりしません。素直に愛していると自分の気持ちも告げるし、誰よりも何よりも大切にして無理などさせません。他の女性に関心を寄せたりもしません。
彼女の努力を無駄にすることなく、立派な王太子妃、王妃にしてみせます」
息子の言葉に私は頭を抱えたくなった。
「ローズリー嬢はエリザベス嬢ではない。彼女は王太子妃になることなど望んではいない。
本人が望んでいないことを無理強いすることは償いなどではない。単なるお前のはた迷惑な自己満足に過ぎない。何故お前にはそれがわからないのだ。
ローズリー嬢には思い合う相手がいるのだぞ。それなのにお前は横恋慕して追い回したのだ。
まだ幼い少女にどれほど恐ろしく、辛い思いをさせたのか、それがわからないのか!」
「思う人? まだ七歳なのに?」
「乳兄妹だそうだ。生まれた時からの仲だ。最初からお前などが入り込む余地などなかったのだ。残念だったな。そして二人は数日前に婚約したよ」
「婚約ですって! 僕はそんなもの認めてはいない。父上がお認めになったのですか!」
「何を言っている。私は先程戻ったのだぞ。承認したのは留守を守る任に就いていた私の代理人だ。
私はお前に任せたつもりだったのだが、何故違ったのかな?」
「あっ……」
オルゴットはガクリと肩を落とした。そんな息子に、国王は最後にこうとどめを刺した。
「ローズリー嬢の婚約者は『英雄フィルベルト』の甥でな、生まれ変わりと言われるほどよく似ているそうだよ。
そして物心ついてからずっと、陰になり日向になり彼女を献身的に守ってきたそうだ」
今度こそ愛する人を誰にも奪われないようにだろう。
かつて私は、幼く淡い恋の存在を知りつつ、それを見て見ぬ振りをした。他愛ないものだと気にもしなかった。
しかし、それは生まれ変わっても断ち切れないほどの想いだったのだろう。それを国の都合だけで引き裂いてしまった。
もしかしたら息子だって被害者と言えるのだろう。それを知らされずに政略的に婚約させられた結果が、あの悲劇なのだから。
王家の崩壊、それは呪いなどではなく私の罪に対する当然の報いなのかもしれない。
読んで下さってありがとうございました!




