第12章 ついに念願が叶った私
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アルトの説明を聞き終えたアンソニア公爵は、驚嘆と脅威の眼差しでアルトと私の顔を見た。
そしておそらく十年前の自然災害や疫病の大流行の悲惨な記憶を思い出したのだろう。
公爵の顔は段々と青褪めていった。そして暫く間を置いて、徐ろに彼はこう言った。
「マルソール伯爵令嬢にコンラット侯爵令嬢が憑依しているという事情は、知られない方がよいのだろう? つまり呪いの存在を明らかにはできないということだ。
そうなると、王太子殿下とローズリー嬢との婚約に取り立てて反対する理由が見当たらなくなる。
ただでさえ、家臣が王家の縁談に口を挟むことは難しいことだし」
「しかし、かなりの年の差がありますよね? 親子でもおかしくないほど。そもそも私の中身はともかく、見かけはまだ幼い少女ですよ?」
「稀だが政略結婚ではない事はない話だ。それに以前も七歳で婚約しているわけだし、今回それを理由に反対するわけにはいかないな」
「でも、その早すぎる婚約が原因で、婚約破棄事件が起きたようなものなんですよ。
そんなに長い間婚約していたら、絶対に飽きて新しい異性に関心を持ちますよ。
私は正直王太子の浮気にはそれほど怒ってはいないのですよ。仕方のないことだったと。
しかし長い間同じ時を過ごしてきたというのに、幼なじみに対する親愛の情さえなく、私を冤罪で貶めたことを恨んでいるのです。今も憎いと思っているし、顔を見るのも不快なのです」
幼い子供の恋心ほど当てにならないものはない。まあ、今回の王太子はもう十分大人だし、そもそも愛情などはどうでもよくて、ただ保身のためだけに婚約したがっているだけなのだが。
本当は婚約したら寧ろ呪われますよと言ってやりたいのだが、ようやく沈静化してきた『エリザベスの呪い』のでたらめな噂を、自ら広げるのだけは遠慮したい。
そんなことを考えていたら、公爵から思ってもみない提案をされて、私だけでなくフィルベルト男爵親子も瞠目した。
その提案というのは、私がアンディーと婚約するというものだった。さすがの王太子でも婚約者がいるご令嬢には婚約を申し込めないだろうと。
王太子からの婚約を避けるために結ぶのだから、仮初の婚約でいい。
私達が成人を迎える頃には、さすがの王太子も別のご令嬢と結婚しているか、もしくは廃嫡されているだろうと。
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アンソニア公爵家からの帰り道、馬車の中でアルトがアンディーに謝った。
全てお前が調べたことだったのに、まるで自分一人の成果のように喋って申し訳なかったと。
しかし子供の姿をした自分が何を話したとしても信じてもらえるわけがなかった。だから気にしないで欲しいとアンディーは言った。
まあ、その通りだろう。そして彼はこうも言った。
王太子との婚約を単に回避できただけではなく、私と婚約できたのだから万々歳だと。
「リー、さっき成立した婚約は仮初のものなんかにするつもりはないからね!」
アンディーがまるで怒っているみたいに眉間のしわを寄せてこう言ったので、私は久し振りに満面の笑みを浮かべて、アルトが目の前にいるというのに彼に抱きついてこう応じた。
「もちろんよ。やっとアンディーの婚約者になれたんだもの。一生側を離れないわ。死んでもね」
「死なせやしないよ。僕が守るから」
いやいや寿命が来ればさすがに死ぬわ。それに、今回は初恋の相手であるアンディーとせっかく婚約できたんだもの、もう生まれ変わりを望まないくらい幸せになりたい。そのためならなんでもできる気がする。
それにしても、事前に色々なパターンをシミュレーションしていたけれど、まさか私がアンディーと婚約することで、王太子殿下との結婚から逃れられるとは考えもしなかった。
いえ、正確に言えば一番最初に思いついた方法だった。生前はフィルベルトが平民だったために結ばれない運命だったが、今回のアンディーは貴族だったので結婚が可能だったからだ。
ところが、可能は可能なのだが、伯爵家以上の婚約及び結婚には王家の承認がいるのだ。
元々はパワーバラスを取るためのものなので、かなりの大物同士でなければ反対されることはそうそうない。
しかし私は、あの呪いのコンラット侯爵家一族の唯一の生き残りで、呪いを解く鍵と呼ばれている身だった。
呪いを恐れている王家というか王太子が、私とアンディーの婚約を認めるはずがない。そう思っていたのだ。
ところが先ほどアンソニア公爵にこう言われたのだ。
「今なら僕の権限で君達を婚約させてあげられるけど、する気はあるかい? どうせ大人になるまでの仮初なのだから、見知らぬ者とするよりお互い都合がいいだろう?」
と。
高位貴族の結婚や婚姻には国王の承認がいるのだが、その国王が半月以上国外に出ている場合は、その権限は王太子に委譲される。
そしてその王太子も何かしらの理由で執務が行えなくなった場合は、今度は宰相にその権限が委譲されるのだ。
かつてそんな事態には一度も陥ったことはないのだが、間違いなく不文律ながらそう決まっているのだそうだ。
そして現在その稀な状態になっているために、なんと今日から宰相であるアンソニア公爵閣下が、この国の権限を一人で握ることになったのだという。
あえてそれを世間に公表するつもりはないけどね、と言ってはいたけれど。
確かにこんなこと稀よね。国王陛下夫妻が他国へ訪問中に留守を任された王太子が、僅か七歳の令嬢に婚約を申し込んで断られ、それに腹を立てて怒鳴りつけ、その挙げ句に自殺未遂にまで追い込んだなんて。
しかもその令嬢はこの国の呪いを解呪できるかもしれない重要人物だというのに。国王陛下が戻るまで、王太子の身が拘束されるのは当然の処置よね。
王族の二人が共にその権限を手放すタイミングに居合わすなんて、奇跡的過ぎる。奇跡? 偶然? それとも必然?
これって、全てあの『偽りの実』を飲んだ結果起きたことよね。ということは、これは全てアンディーが仕組んだことなの?
公爵から私達の結婚話が出た時には驚いた顔をしていたけれど、あれって演技だったの? なんて策士なのかしら。
私は思わずブルッと身震いし、自分は絶対に彼からは離れられないんだろうなと私は確信した。
もちろん離れる気もないけれど。
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