第11章 元公爵令嬢に憑依れた私
第11章 元侯爵令嬢に憑依された私
その後、アンディーの言った通りになった。
私の名前で会いたいという趣旨の手紙を出すと、すぐに了承の返事が届いたので、私はフィルベルト男爵一家と共にアンソニア公爵家を訪問した。
そしてアンディーがまとめた報告書を手渡すと、それを読んだ公爵閣下が驚愕の表情をした。そして
「これは事実かね?」
と訊いてきたので、アルトは頷いてからこう言った。
「多くの人間から証言が取れているので間違いないはずです。
しかし私ども男爵家の力ではそれを公にしたくても、彼らに証言台に立ってもらえるだけの力がありません。
しかしアンソニア公爵家ならば簡単に再調査ができ、しかも証人も多く集められますよね。
彼の犯罪を暴くことができれば、コンラッド侯爵令嬢の魂も少しは安らぎ、呪いが弱まるのではないでしょうか?
そして我が弟の無念さも少しは払えると思うのです」
「貴殿の弟君の件では申しわけなく思っている。我が一族の使用人が死なせてしまったのだから。
我が公爵家の者も英雄によって救われた者が多いというのに」
公爵が頭を下げた。この報告書によって、公爵家と取り潰された子爵家には罪がないことが判明したというのに。
その真摯な態度に、評判通りに気高い精神の持ち主なのだろうと私は思った。
高貴な人の中にもこんな方がいたのだなぁ、とおかしな感想を持つくらい、これまでろくでもない貴族としか会ってこなかったので。
両親が復帰するまで私の面倒を見たい、と言っていた貴族の中にアンソニア公爵家も入っていた。
もしかしたら損得勘定ではなく、本当に私が政治利用されないように保護しようとしてくれていたのかもしれないと、ふとそう思った。
「閣下に頭を下げて頂く必要はありません。閣下は私ども同様に被害者なのですから」
アルトの言葉に公爵が不思議そうな顔をしたので、アルトはこう言った。
「子爵家は単なるアンソニア公爵家の一門というだけでなく、ご親類ですよね?
子爵夫人は閣下の従妹という関係になっておられますが、実は先代公爵様が他所でお作りになって、養子に出された妹君だと耳にしております」
「何故それを?」
「今回色々と調査しているうちに耳に入ってきました。
恐らくはマクレール公爵家またはご子息のヘイレリー卿も、その事情を知って子爵家の使用人を利用し、私の弟を殺したのだと思います」
「なんだと?」
「この国を疫病から救った英雄を死なせたとして、子爵家は没落させられましたよね?
もしかしたら、本家としてアンソニア公爵家の評判も下げたい、とでも考えていたのかもしれませんよ?
さすがに国民も貴族達もそこまでは愚かではなかったようですが」
アンソニア公爵はマクレール公爵家とはライバル関係にある。
しかし、どうしてそこまでして自分達を蹴落とそうとするのか、その意味がわからないと公爵が疑わしそうに私達を見た。
どうやら今度は私の出番のようだ。私はとても七歳とは思えないであろう、冷たい表情を浮かべ、なるべく低い落ち着いた口調で、マクレール公爵令息のヘイレリーの目的を告げた。
そう。まるで私が故人であるエリザベス=コンラッド侯爵令嬢に乗り移られているかのように。まあ、実際本当にその本人なのだけれど。
「私は十年前、学園の卒業式の日に階段から落ち、その後意識が戻ることなくこの世を去りました。
しかし、私は誤って階段から落ちたのではありません。
マクレール公爵家のヘイレリー卿に、足を引っ掛けられて落ちたのです。つまり、私を殺したのはあの男です。
何故あの男が私を殺したのか。それは私があの偽聖女の引き立て役をしなかったという、あまりにも理不尽な理由のためです。
あの男は目立たない無害な人間の振りをしていますが、その実まともではありません。
あの男は偽聖女リカの信奉者、狂信者だったのです。彼の行動は全て、彼女のためという思い込みによるものです。
もちろん彼の勝手な思い込みで、彼女の意志は何ら反映されてはいないのでしょうが」
ヘイレリーの望みは、偽聖女リカが王太子であるオルゴットと結婚して王太子妃、いずれは王妃になること。
そして愛情と権力を手に入れた彼女が、彼を含めた信奉者達を侍らせて、自由気ままに暮らせることだったのかもしれない。
それが彼女の願望だったと聞いているから。
もしそんなことが実現されたら、あっという間に政権交代させられて、彼らは全員牢獄送りになる未来が想定できる。
しかし、そんな当たり前の常識を彼は持ち合わせていなかったようだ。
卒業の晴れやかで華々しい日に起こった、突然の婚約破棄騒動だ。それだけでも大事だったのに、その直後にその婚約破棄された侯爵令嬢が事故死。
さすがに異常だと感じた王家と国の上層部は、王太子を含む関係者の身を拘束して調査した結果、まもなく聖女リカが魅了持ちだということが判明した。
「公爵様もご存知でしょうが、その結果彼女は隣国の研究所へ送られました。そしてそれを知ったヘイレリー卿は、屋敷で発狂したかのように喚きまくっていたそうですよ。
そしてそれからというもの、密かに聖女リカを研究所から奪還する計画を立て、その目標達成のために次々それらを実行していったようです。
実際、本人が変装して何度も隣国へ行っているようですし」
「我がアンソニア公爵家を潰すことが、偽聖女を奪還することにどう関係しているのか、それが理解できないのだが……」
公爵は不可解だとばかりに眉を顰めた。すると、アルトはわざとらしく大きなため息をついてこう言った。
「たとえ名門マクレール公爵家とはいえ、懲罰刑の一種で隣国の研究所へ送られた人間を、そこから出すなんてことは不可能ですよね?
だからこそ、それが可能な人間に成りあがろうとしているのですよ、あの男は。
そしてその目的のために、邪魔になるものを全て排除しようとしてきたのですよ。
王家が英雄であるフィルベルト卿に叙爵させ、王太子の味方につけたら、あの王太子だって息を吹き返すかもしれない。
たとえ憶測であろうと、その可能性があると思ったから殺したのでしょう。まあ、嫉妬もあったのでしょうが。
そしてその犯人をアンソニア公爵家の関係者にすれば、もしかしたら少しでも力が削げるのではないかと考えたのではないですかね。
まあ、十年前に失敗してからは、敵対するよりむししろ反対にアンソニア公爵家にすり寄っているそうですが。
閣下のお嬢様とマクレール公爵家の嫡男の令息との縁談が進んでいると聞いておりますが? その際何か提示してこなかったですか?」
その言葉にようやくアンソニア公爵はハッとして目を見開いた。何か思いあたったのだろう。
顔さえまともに思い出せないヘイレリー公子が、王太子になろうと画策している節があったことに。
最初ヘイレリー公子は無能な王家に代わって疫病対策をし、その流行を終息させた英雄として、王太子に成り代わろうとしたようだった。
ところが英雄の座は、思いも寄らない平民のフィルベルトという男に奪われてしまい、ヘイレリー公子は地団駄を踏んで悔しがったという。
しかし、たとえフィルベルトがいなかったとしても、ヘイレリー公子が英雄になることは無かっただろう。
確かに王都の城壁の扉を閉じたことは、地方へ疫病を広めずにすんだことには貢献しただろう。
とはいえ、それは王都の疫病を減らしたり罹患者を治すこととは関係がなかった。
それに疫病にかからないためにこまめの手洗いが重要だと提言したらしいが、隣国のような水道設備がまだ整備されていないこの国では、その実践は無理な話だ。
しかも人々は公園の噴水や井戸水、瓶にためた雨水で手を洗ったので、それで却って感染を広めることになってしまった。
そして、マスクで顔を覆えば伝染らないという彼の提言を実行した者達もいたようだが、その効果はなく、ほとんどの者が感染してしまったらしい。
つまりヘイレリー公子の提言は全て、疫病の感染を減らすどころか、却って増やす原因を作ってしまったのだから、どう転んでも英雄にはなれなかっただろう。もちろん王太子にも。
それなのにフィルベルトを逆恨みして殺すとはもっての外だ。
しかも殺害の実行犯として、ライバルのアンソニア公爵家の縁続きの子爵家の使用人を利用した。借金を返済してやると約束して。
ヘイレリー公子が王太子になるためには、二つクリアしなけばならなかった。ひとつは現王太子を廃嫡させること。
そしてもう一つは、ライバルになりそうなアンソニア公爵家の勢力を弱めることだったに違いない。
今では逆に利用しようとしているようだが。
「そんな愚にもつかない無謀な望みのために、まだうら若きコンラット侯爵令嬢や真の英雄を殺し、私の妹家族の地位や名誉や財産までも奪ったというのか!」
最初のうちはあまりにも荒唐無稽な話について行けず、アンソニア公爵はずっと無感情だった。
しかし私達の話を聞いているうちに、次第に顔を赤く染めていき、やがて怒り始めた。そして、
「こんなことが許されていい訳がない。全て白日の下に晒してやる」
そう公爵は叫んだ。そこでそんな公爵にアルトがこう言った。
「アンソニア公爵は独自の情報網をお持ちですよね?
平民に毛が生えた男爵家とは違って、確かな証拠を集めることもお出来になりますよね? そして証人も。期待しております。
そして可能でしたら、最初にお願いしたいことがあります」
「なんでも言ってくれ」
「まず一番初めに、聖女リカが絶対に研究施設から出てこられないようにして頂きたい。そしてその事実をヘイレリー公子にはっきりと突き付けて下さい。
彼の望みが叶うことは絶対にないことをわからせ、絶望を与えるために。
ただし極秘裏に事を進めて、関わった人間が誰なのかわからないようにして下さい。恨みを買うと厄介なので」
「なるほど。了解した。しかし、聖女の方はすでに決着がついているぞ。他には?」
「こちらにいるマルソール伯爵令嬢が今、王太子に婚約を迫られて困っています。この婚約話を無くしたいのですが、ご協力願えないでしょうか。
今王太子は謹慎中ですが、それが解かれたら、王族の権力を使って婚約を行使されるのではないかと、マルソール伯爵令嬢は怯えておられるのです。
ご覧の通りマルソール伯爵令嬢には十年前に亡くなったコンラット侯爵令嬢の霊が憑依しています。
故に日頃から彼女を冷遇した挙げ句、大切な学園の卒業式で冤罪で貶めた王太子を恨んでいます。ヘイレリー公子と同様に。
そんな男とまたもや婚約などさせられたら、マルソール伯爵令嬢、いやコンラット侯爵令嬢がまたもやどんな呪いをかけるかわかりません。
心優しい彼女は、無関係な人を恨んだり憎んだりはしたくないと思っておられるようです。
しかしそれらの呪いは彼女の意思には関係なく発動され、それを彼女がセーブすることはできないのだそうです。
ですからそんな最悪な事態を避けるためにも、王太子とはこれ以上関わりを持たせたくないのです」
瞠目している公爵にアルトはしれっと嘘を吐いたのだった。
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