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第10章 偽りの実と私


「僕の想像もかなり入っているけれど、大筋は間違っていないはずだよ」

 

 アンディーの話を聞いて、彼の両親であるアルトとエリーはただただ呆気に取られていた。

 では私はどうだったかというと、もちろん驚きはしたのだが、マクレール公爵家のヘイレリーが黒幕だと想像がついていたので、その裏が取れてホッとしていた。

 そして僅か七歳でこれだけの情報を入手したアンディーの、能力の高さと執念と根性に、ただただ感心したのだった。

 

 

「エリザベスお嬢様もフィルも事故ではなく殺されていたなんて。

 それに気付かず、悪人を野放しにしていたと思うと腸が煮えくり返る。

 不甲斐ない俺を許してくれ」

 

 アルトがアンディーと私に頭を下げたが、それは仕方のないことだ。誰があのモブ男が殺人鬼だなんて思う? 思わないわ。

 それにあの当時、あの男と私達の間に接点なんて全くなかったのだから、あいつがあの聖女の隠れ取り巻きだなんてわかるはずもなかった。

 

 

「それにしてもいくら毒性がないからって、あんなに長時間仮死状態にするような恐ろしい実を、よくローズリーお嬢様に食べさせたわね。それは許せないわ」

 

 エリーが目を吊り上げ厳しい口調でこう言うと、アンディーも申し訳無さそうな顔をして頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

 

 アンディーが素直に謝るとエリーは、謝るのは私ではなくお嬢様にでしょ、と言ってまた怒った。だから私はエリーに説明した。

 

 

「エリーさん、そんなに怒らないで下さい。私はその『偽りの実』の効能をよく理解し、その上で納得して食べたのだから。

 あの実を、隣国では手術をする時や、大怪我をした時などに使っているんです。

 痛みが強過ぎるとショック死する恐れがあるので。

 だから昔から、まともな医療行為ができない戦地などでも使われていたそうです。

『偽りの実』の木はこの国の気候には適していないようで、ほとんど生えてはいません。ですからあまり知られていませんが。

 ところが、何故かコンラッド侯爵家には昔から生えていて、代々の庭師によって守られてきたんです。

 それはアルトさんもご存知ですよね?」

 

 

「ああ、もちろん。だか『偽りの実』の効能については知らなかったよ」

 

「私達が知ったのは偶然です。フィルがたまたまたその実を服のポケットに入れていて、それを王城にいる時に落としたのです。

 それを偶然先生が拾ったのです。先生はとても驚かれていました。まさかこの国で『偽りの実』を見るとは思わなかったって。

 隣国でも低温の山岳地にあって、一般人はあまり見ないのだそうです」

 

 私がそう説明すると、アンディーがその後こう続けた。

 

「『偽りの実』は医療的にはとても重要で貴重なものだけれど、使い方を間違えると悪用されるおそれがあるから、たとえ身内でも人に教えてはいけない、とその時先生に注意されたんだ。

 そして使う時はきちんと医療を学んでからだと言われた。だから生前はブレイズ先生の元で勉強していたんだ。

 医療も植物も香料も僕にとっては同じ括りだったから、色々勉強していたよ。

 だから今回も事前にきちんと治験をして、安全性を確認してから使用したんだよ」

 

 私達の話を聞いて二人は深くため息をついた。それからアルトがこう言った。

 

「確固たる覚悟のもとで今回の騒ぎを起こしたということは理解した。で、肝心の目的は一体なんだったんだ?」

 

「一番の目的は王太子殿下の自由を奪って、調査のための時間稼ぎをすることだった。殿下はそろそろ本気で、リーと婚約しようとしているみたいだったから。

 いくら力に翳りのある駄目王太子とはいえ、国王に懇願して王命を出されては、さすがのリーも従わざるを得なくなる可能性だってあるだろう?

 まあ、リーが本気で嫌がれば貴族達が騒ぎ出すし、聖堂も黙ってはいないと思うけれど。

 それにもしそうなったら、ようやく下火になってきた『コンラッド侯爵令嬢の呪い』の噂、あれが再び炎上するように仕掛けてやるつもりだ。

 だけど、そうなるとまた国が乱れる恐れが出てきてしまう。そしてそれを避けようと、心優しいリーがまた自分の感情を抑えることになるのではないかと、それを僕は恐れたんだ。

 今回僕は、絶対にリーをあの王太子の婚約者にはさせたくない。

 だから、そんな事にならないように、完璧な対策を取る時間が欲しかったんだよ」

 

 アンディー、今回の私は以前のエリザベスとは違ってそれほど優しくはないのよ。自己犠牲精神なんてもう持ち合わせてはいないの。自分の思いを封印してまで、人々のために尽くそうだなんて思わない。

 だって、王家のため国民のためにと頑張っても、王族の勝手な命令一つでそれまでの努力が泡のように消えてしまうのだから。

 そして、本当に大切な人達に悲しい思いをさせてしまうと知ったのだから。

 そんな過去を一度経験してしまったら、また同じ苦しみを背負うのは絶対に嫌だわ。

 

 それに、ずっと片思いだと思っていたアンディーと両思いだと知った今、あんな男と婚約するわけがないでしょう。どんなことをしてでも回避してみせるわ。

 

 私が心の中でこんなことを考えていたら、エリーが真剣な眼差しをして息子にこう訊いた。

 

「時間を作って、具体的に一体貴方は何がやりたいの?」

 

「お父上達にお願いがあります。

 まずマクレール公爵家と敵対しているアンソニア公爵家に、マクレール公爵家の犯罪を洗いざらい伝えて欲しい。

 それさえできれば、わざわざこちらがお願いしなくても、あちらが勝手に動いてくれるはずだから」

 

「何故アンソニア公爵家がこちらの望むように動くと思うのだ?

 というより、俺が面会を申し込んでも公爵家に相手にされるわけがないだろう。たとえ手紙を送ったとしても読んで貰えるはずがない!」

 

 突如出てきた大物の名に、アルトは仰天した。

 アンソニア公爵家といえばマクレール公爵家と肩を並べる名家である。つまり王家とは血縁関係にあり、王位継承権を持つ雲の上の存在だ。

 いくら頭が良いといってもまだ七歳だ。いや、前世の記憶持ちなら大人かもしれないが、所詮それは平民としての知識だ。

 男爵が公爵と簡単に話ができるわけがないだろう、とアルトが息子に向かって言った。

 

 ところが、そんな父親にアンディーは平然とこう返した。

 

「確かにただの男爵では公爵には会えないだろうね。でも、父上には『コンラッド侯爵一族の生き残り令嬢』の後見人という立場もあるんだよ。

 王侯貴族は皆コンラッド侯爵令嬢の呪いを恐れている。だからそのキーパーソンであるローズリーお嬢様や、彼女の代理人との面会を断る強者なんているとは思えないんだけど」

 

「なるほど……」


 それを聞いたアルトは思わずそう呟いた後で、私達の顔を交互に見たのだった。

 読んで下さってありがとうございました!

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