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勉強、だけど青春

「狭いところだけど、ゆっくりしていってな」

「おい晴輝、この生徒会室でそれは無理があるだろ」


 この生徒会室は、クーラー完備、床は絨毯、ソファもあるし、冷蔵庫だって置いてある。それであって、一般的なホームルーム教室ほどの大きさを持つ。

 四人はソファに腰かける。ソファの前のテーブルには、教科書やらノートやらが散乱していた。


「ん? 勉強してたのか」

「あぁ、白雪さんに勉強教えてたんだよ」


 よく見ると、広げてあるノートに書いてある字はかぐらの字だった。その横には、晴輝のらしいノートがある。


「私、お茶淹れてきます」


 かぐらが席を立って、コンロの方へと向かう。


「あたし手伝うよ!」


 紫里も席を立ってかぐらの後についていく。


「ありがとうございます」


 二人が向こうに行ってから、希璃弥は晴輝に聞いた。


「白雪って勉強出来るんじゃなかったのか?」

「いや、そこまでだぞ。まぁ、平均的な位置にはいるんじゃないか」

「人に向かって平均的とか、頭いいやつはいいよな」

「かくいうお前だって、しっかり勉強出来るじゃねーか」


 そりゃ高校生活二週目だからな。と、希璃弥は思っていた。

 前世の年齢も含めば、今の希璃弥は十八歳。しかも大学受験を終えたばかり。人生の中で一番賢い時期と言っても過言ではない。その気になれば、学年一位だって容易に取れる。

 だが、希璃弥が望むのはそんな無双ルートではない。普通の高校生として、普通の高校生活を送ること。そのため、成績は平均値でいいと思っている希璃弥であった。


「まぁな。勉強はしてるつもりだよ。お前には、敵わないけどな」


 晴輝は、中学校をトップの成績で卒業し、この高校に入ってきた。晴輝の偏差値的にはもっと上のレベルの高校を選べたらしいのだが、家から近い方が良いと言って、神ヶ崎高校を選んだ。


「でもこれは酷くないか? 連立方程式間違えてるぞこいつ」


 希璃弥はかぐらのノートを覗き込む。


「まぁ、得意不得意は人それぞれあるだろ」

「そうだな。それに白雪、前に文系だって言ってたからな」

「お待たせー!」


 紫里がお盆に乗せた麦茶入りのコップを、一個ずつテーブルに置いていく。


「ありがとう」

「サンキュー」


 希璃弥と晴輝も礼を言いながら、教科書類を端っこに寄せて、スペースをつくる。


「あぁ、私の物は片付けますね」


 その様子を見ていたかぐらが、教科書とノートを自分の鞄にしまう。


「いいのか? 勉強してたんだろ」

「あなたたちが来たので、残りは家に帰ってからやります」

「残り?」

「白雪さん、数学の再テストあるんだって」


 希璃弥の質問に晴輝が答える。


「あ、ちょっと!」

「へー。まだあのテスト受かってない人っていたんだー。あの簡単なテストで」


 数学のテスト。そう、入学早々の初授業、希璃弥たち一年生はテストを受けさせられた。範囲はもちろん高校の内容ではなく、中学の復習。八割越えで合格となり、不合格だった人には、課題と再テストが課されるみたいだ。

 晴輝はもちろん、希璃弥も一回で受かっている。


「うるさいです。音喜多さんも余計なこと言わないで下さい……」


 かぐらが拗ねたような表情を浮かべる。が、救われる唯一の希望を見つけて、もう一度顔を上げる。紫里には勝てる自信があるのだろう。


「羽澄さん、羽澄さんは何点だったのですか」

「あたしは……九十六点!!」


 少し溜めて、自信満々に紫里が答える。唯一の希望が崩れ落ちたかぐらは、分かりやすく肩を落とした。


「へぇ、羽澄さんって勉強出来るんだ」


 希璃弥は意外そうに頷いた。


「じゃあ新川くんは何点だったの?」


 ニヤニヤしながら、紫里が聞いてくる。勝てる自信があるのだろう。


「九十八点だ」


 希璃弥の涼しい返答に、同じように紫里も肩を落とす。


「へ、へぇー。あっ新川くんって、勉強出来るんだー」

「希璃弥、俺は百点だぞ?」


 追い討ちをかけるように、晴輝がニヤけながら言ってくる。


「分かってるから、調子に乗るな」

「大丈夫。言いたかっただけだ」


 すると、テーブルに突っ伏していたかぐらが起き上がってくる。


「三人とも結局高得点じゃないですか! 課題あるの私だけですよ……」

「かぐらちゃんは、何点?」

「言いたくないです」

「いーじゃん。別に誰も笑わないよ。流石に三十点とかならあれだけど、そんなに低いわけでもないんでしょー」


 紫里に悪気はなかった。でも、紫里は白雪かぐらの数学力を舐めていた。


「……点」

「え?」

「三十点です」


 かぐらは顔をノートで覆い隠しながら、小さく呟いた。


「……え」


 紫里はすべてを理解したようで、すぐに自分の爆弾発言に気がついた。


「ち、違っ! ごめん。あたし、そんなつもりじゃ……」

「いえ、大丈夫です。私が不得意なだけですから」

「ほんっとにごめんっ! 別に悪気はなくて、その……」

「大丈夫ですよ。ふふ」


 慌てふためく紫里を見て、かぐらは余裕の笑みを浮かべている。そんなかぐらを見て、希璃弥は小声で晴輝に確認する。


「なぁ、白雪ってこんなタフだったっけ?」

「いや、そんなことはない。これは多分……」

「では、羽澄さん。英語のテストはどうでしたか?」


 今度はかぐらがニヤニヤしながら、紫里に聞く。先週は数学だけでなく、英語もテストがあった。だがあまりにも簡単すぎて、あまり点数の話題とは無縁のテストになっていたはずなのだ。


「英語? 英語は、八十七点だよ」


 紫里はバツが悪そうに答える。紫里は凡ミスに凡ミスを重ね、九十点を切ってしまったことをずっと後悔しているのだ。というか、紫里は英語が一番の苦手教科なのである。

 そんな紫里を尻目に、かぐらは自慢げに英語の答案用紙を取り出して、紫里に見せる。


「英語は満点です。どうですか」


 どうですかじゃねーよ。と、希璃弥は心の中でツッコむ。


「お前なぁ。あの難易度で満点って言われても……」


 希璃弥は呆れたように声を漏らす。


「うるさいです。満点は満点なんです。そう言うあなたは何点なんですか?」

「九十五点」

「私より五点も低いじゃないですか!」


 かぐらはわざと誇張した言い方をする。


「晴輝、こいつ黙らしてくれ」


 晴輝なら、百点を取っているだろうと希璃弥は思った。だが。


「悪い。英語は俺パス」

「なんでよ!?」

「……一問ミスで九十九点だったんだよ」

「これで私が一位だって証明出来ました」


 かぐらは満足そうにしている。だが、その様子は次の紫里の一言で、一気に崩れ落ちることになる。


「あ、ここ、採点ミスある」


 希璃弥と晴輝、そしてかぐらは、紫里が指を指す解答を覗き込む。

 そこにはかぐらが並び替えた英文が書いてあるのだが、どう考えても文法上の誤りがある。それも三つ。


「じゃあ、二点問題が三つで六点失点。白雪さんは九十四点ってことになる」


 晴輝が丁寧に説明する。


「……」


 かぐらは黙りこくっている。


「あれー、俺より一点も低いじゃないですかー?」


 希璃弥は、さっきかぐらに言われた通りに言い返した。


「くぅ……」


 かぐらは何も言い返せなかった。


「かぐらちゃん、そんな時もあるよ」


 笑顔でかぐらの方を見る紫里。今後、他人には答案用紙を渡さないでおこう。そうかぐらは心の中で誓ったのであった。

 

 翌日。生徒会室に来たかぐらは、何やら良いことがあったかのような笑みを浮かべていた。


「どうした、ニヤニヤして」

「これを見てください」


 そう言って、スマホを差し出してくる。かぐらのスマホの画面には、八十二点という点数が書かれた答案用紙が映っていた。


「合格しました」

「おー。よかったな」

「おめでとう」


 希璃弥と晴輝、紫里は淡白な反応を見せる。


「反応が薄くないですか?」

「じゃ逆にどんな反応すりゃいいんだよ……」


 希璃弥はため息混じりに、かぐらに聞く。


「もういいです。それより三人で何してたのですか」


 かぐらは納得のいかない表情を浮かべ、ソファに腰かける。


「特に何も。今日はもう帰ろうかと話してたんだよ」

「どうしてですか?」

「いやだって、これから雨の予報だし、降ってないうちに帰りたいんだよ」

「希璃弥傘忘れたからな」

「ちょっ、晴輝」

「傘、忘れたんですか。ちゃんと用意してないからそうなるんですよ。雨が降るまで待ちましょう」

「お前って結構性格酷いよな」

「大丈夫だよ。あたしが、そんな哀れな新川くんに傘を貸してあげるから」

「羽澄、本当に助かる」


 紫里が鞄から取って差し出してくる折り畳み傘を、希璃弥は崇めるようにしながら受け取った。


「それに、あたしと音喜多くんは自転車通学だから、もう帰ろうって話になったんだよ」


 紫里がかぐらに説明する。


「なんだ、そういうことですか」


 かぐらは、そう言いながら、自分の鞄の中を確認する。一番下のポケットに折り畳み傘を入れていたはず。と、かぐらは鞄の中に手を入れて、少し探る。


「あれ……」


 かぐらの顔から、サーと血の気が引いていく。鞄のポケットの中には、折り畳み傘が入っていなかったのだ。

 そんなかぐらはお構いなしに、三人は話し始めた。


「じゃあ、今日は解散で!」


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