青春は希望
生徒会室に入ったところには、会議用長机と、パイプ椅子が数個ならんでいる。その奥の床はカーペット敷きになっていて、上履きを脱いでスリッパで入る。そこの一番奥に会長のらしきデスクが設置されていて、その目の前の大きな机があり、机を囲むようにしてソファが置かれているに、希璃弥たちは座らされる。
「紬生、お茶出してあげて」
「言われなくとも用意してたよ」
紬生が、お茶をお盆に乗せて持ってくる。この生徒会室にはコンロと流し台があるみたいだ。
「さて、早速本題だけど」
「お姉ちゃん待って」
話を始めようとするあやめの言葉を、かぐらが切る。
「どうしたの?」
かぐらが生徒会室に来た目的は、身内が生徒会にいるという事実を使って、希璃弥に生徒会を諦めてもらうことだった。だが、このテンションのあやめに何を言っても聞かないというのは、十五年間一緒に過ごしてきたかぐらが一番よく知っていた。
「あ、いや、その」
かぐらが口を開いた次の瞬間──
「きゃあ」
お茶を運んできた紬生が、足を絡ませて転んだ。
もちろん手に持っていたお盆の上のコップから、熱々のお茶が空を舞う。そのお茶は綺麗な放物線を描き、あやめめがけて落ちてくる。
あやめが覚悟して目を瞑った途端、隣に座っていた希璃弥が、あやめを抱き寄せた。
あやめが座っていたソファに、パシャンと音を立ててお茶が降りかかった。
「なあ……っ!」
かぐらは、希璃弥があやめを抱き寄せたことに目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻す。
「えっと、ありがとう?」
少し困惑気味にあやめは希璃弥にお礼を言う。
「まだ自己紹介してなかったですね。僕は、新川希璃弥と言います。生徒会に入会を強く希望します」
希璃弥はあやめに向き直して、彼女の目を見る。その目は何かを決意したような目であり、希璃弥の主張をより際立たせていた。あやめもその目を見て、不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、やっぱり似てる。希璃弥くんだっけ、これから生徒会をよろしく」
「あのっ……僕も入ります」
希璃弥とあやめの間に、晴輝が入ってくる。
「晴輝?」
「俺も部活とかやる柄じゃねーんだよ。生徒会なら、放課後に付きまとわれることも少なくなるだろうし」
「そうか、お前もやってくれるか」
「私はイケメン後輩とか大歓迎です」
「本音出まくってますよ、あやめ先輩」
なんとなく希璃弥たちは打ち解けたみたいだ。
だが、三人に視線を送るかぐらだけは険しい表情をしていた。
「ね、かぐらもいいでしょ。新生徒会」
あやめがかぐらのほうに向きなおる。かぐらは数秒下を向いていたが、顔を上げて微笑んだ。
「ええ。楽しそう」
顔を上げた勢いで前髪がサラサラと動き、目元が隠れる。少し不気味な笑い方に希璃弥たちは少し背筋が冷たくなる。
「じ、じゃあ、今から手続きをしよう」
「手続き?」
希璃弥が首をかしげる。
「ええ、この学校では、生徒会長が認めて、生徒指導部への申請が通れば、選挙なしでも生徒会役員になれるのよ。まぁでも、生徒会長だけは選挙でないと変われないけどね」
神ヶ崎学園高校は、『生徒が作り上げる学校』と謳っているだけあって、なんといっても、学園内の自由の高さが売りである。校則なども、生徒会で決めることが出来るため、他校に比べて結構甘かったりする。
そんな生徒会は、五から八人ほどで形成されることが多い。生徒会長一人、副会長二人、書記、会計、広報の人数規定はなく、よく変動する。毎年十月に行われる選挙では、生徒会長、副会長のみを選出する。選挙で決まった会長、副会長の任期は一年だが、他の役職は、会長のスカウトだったり、自分で生徒会に申請をしたりなど、自由なのだ。
あやめは、いったん奥の部屋へ引っ込むと、次に紙の束を持って出てきた。
「はい、これに名前書いて」
希璃弥と晴輝は、あやめに差し出された『生徒会入会希望届』と書かれた紙に目を落とす。そこには、学年、クラス、氏名、希望役職、予定任期を書く欄があった。
「これ使って」
あやめが胸ポケットからボールペンを二本取り出し、希璃弥たちに渡した。二人は、ボールペンを受け取って、紙に必要事項を書き込んでいく。
「できました」
「りょうかーい。じゃあこれ提出しといてあげるね。とりあえず明日の放課後にまたここに来てくれたら大丈夫だし、今日はもう帰ってもいいよ。一年生はお昼ご飯持ってきてないと思うからね」
あやめは、希璃弥と晴輝から、希望届を回収した。
「え、もういいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。むしろ今日に来てくれたことにこっちが大感謝したいくらいなんだから」
あやめが舌を出して微笑む。
「え?」
「ここはね、会長と副会長だけ選挙で決まるのよ。他はスカウトだったり、申請を待ったりしなきゃいけないの。ほら、この学校って、比較的生徒の自由にさせてくれるじゃない。その分生徒会の負担も増える」
「そうか、もともとブラックって分かっていれば、わざわざ申請なんか自らしないか」
「そういうこと。私も何人かスカウトしてみたんだけど、全員空振り」
「でも待ってください。それっておかしくないですか?」
晴輝が会話に参戦してくる。
「そんなややこしいことしなくても、選挙で全部の役職を決めたらよくないですか?」
「いや晴輝、多分そうじゃないんだ。選挙で立候補者を募っても、集まらないから会長と副会長のみにしたんだと思う」
「その通りよ。立候補者が全然集まらない選挙をするよりかは、会長がスカウトした方が効率良かったんじゃない? まぁでも昔は、全役職選挙やっていたらしいけどね」
「そういえば、他の人たちは来てないんですか?」
今、生徒会室には、あやめと紬生しかいなかった。
「あー。今の生徒会は私一人だよ。副会長やっていた先輩が先月転校してさ。今は一人なんだ」
「え、一人って、紬生先輩は?」
「んー、助っ人かな。私のクラスの帰宅部を一人、引っ張ってきただけだよ」
「おい、それは助っ人って言わないからな」
あやめの言葉に、紬生が冷たい声で釘を刺す。
これはマジで深刻な人手不足だな、と感じつつも、希璃弥と晴輝は生徒会室を後にした。
そして翌朝。
「…………」
またしても、希璃弥とかぐらは、マンションのエントランスで鉢合わせた。
「……いい加減にしてください。ストーカーで訴えますよ?」
「それはこっちのセリフだ、シスコン女」
「はぁぁ? どこからそんな根も葉もない……」
「あやめ先輩に甘えてる画像送られてきたぞ」
希璃弥はそう言って、スマホの画面を見せる。希璃弥のスマホには、メッセージアプリでの、あやめとの会話が表示されていた。
「な、なんで?」
「昨日、連絡先は交換しておこうって言われたんだ。まぁそんな深い話はしてないけど」
「お姉ちゃんに手出したら、絶対許さないから」
「てかなんで別々に住んでるんだ?」
「いえ、それは……」
「まぁ言いたくなけりゃ言わなくていいけどさ」
希璃弥はエントランスから外に出る。眩しい朝日が、希璃弥の目に飛び込んでくる。
「あ、ちょっと」
希璃弥に続いて、かぐらも自動ドアを潜り抜けて、外に出てくる。
「なんだよ。干渉はなしなんじゃなかったっけ?」
「……だからこうやって、昨日より十分早く家を出てみたのですが」
「俺も、白雪と会わない為に、十分早く出ようとしたんだが」
「じゃあここで待っててください。あなたが遅刻しても私は」
「分かった、昨日も聞いたからそれ」
「とにかく、私は先に行きますので、あなたは待つなり、ついてくるなり好きにしてください」
「それだと、俺がストーカーみたいになってしまうだろ」
「もうしてるじゃないですか」
「誰がストーカーじゃコラ。もう俺が先に行くぞ」
希璃弥はかぐらの横を通り過ぎて、歩き始めた。かぐらがその少し後ろについてきたが、希璃弥は何も言わなかった。