希璃弥は青春を追いかける
遡ること、二時間前。
喫茶店『なつかぜ』を出た希璃弥とかぐらは、紫里を探す意を決していた。
「行きましょう」
「おう!」
二人はひとまず学校に戻ってみることにした。
「羽澄さんの様子が最近おかしかったのは、これが原因で間違いないですよね!?」
「あぁ、おそらく。羽澄は俺たちは悪くないよって言ってくれた」
希璃弥は前を向いて走りながら、横にいるかぐらと会話を交わす。
「……なんで話してくれなかったんですか……どうして……私が」
走っているかぐらはずっと自問自答を繰り返している。
「白雪、羽澄の行きそうなところ分かるか?」
学校が見えてきたころ、希璃弥は横を走るかぐらに聞いた。
「んー。家に帰っていないのであれば、分からないですね」
かぐらは困ったような顔をして、今のかぐらにとって精一杯の返答をする。
「やっぱりお前でも分からないか。とりあえず学校に戻ったら、羽澄の自転車を確認しよう」
「どうしてですか?」
「前に羽澄が言ってたんだ。家から自転車で三十分ほどだって」
紫里は自転車通学をしている。家から学校までは、頑張っても三十分ほどかかる距離である。
「なるほど……。確かにその距離を歩いて帰ろうとはしませんね」
希璃弥とかぐらは学校まで戻ってきた。
その足で駐輪場へと行き、二手に分かれて紫里の自転車を探していく。
「えっーと、五二七……五二七」
自転車通学をしている生徒は、自分の自転車にクラスと名簿番号が記されているステッカーを貼らなければならない。つまり、紫里のクラスと名簿番号が書かれた自転車を探せば良いのである。
そして、紫里は五組二十七番。
探し始めて数分経ったその時。
「……ありました!」
かぐらの声が駐輪場に響く。
「本当か……?」
かぐらの方へと希璃弥が行くと、そこには確かに五二七と書かれたステッカーが貼ってある自転車が置いてあった。
「家に帰っている線は薄そうですね……」
かぐらは残念そうにつぶやく。
「ああ……」
希璃弥も、紫里の自転車を見つめながらそうつぶやき返した。
「……ずっと願ってた。あれもこれも全部俺の思い過ぎで、実は自転車で家に帰ってたって……」
希璃弥は目を閉じる。
ここに自転車がない、ということをひたすら願っていた希璃弥だったが、現実はそんなことはなかった。
また希璃弥の目から涙が出そうになった。
(泣くな……泣くな……白雪の前だぞ……)
希璃弥は全身に力を入れて、涙を抑えようとしていた。
しかし、そんな希璃弥より先にかぐらが泣き崩れた。
「……ぅっ……なんで……羽澄さんがぁ……」
静かに涙を零すかぐらを、希璃弥はずっと見ていた。
(……白雪……)
数分ほど経って、希璃弥は突如かぐらの肩に手をポンッと乗せた。
「……へ?」
かぐらの身体がビクッと動き、かぐらは顔を上げる。
「泣くのはまだ早いぞ……白雪」
「……どういうこと……ですか」
かぐらは涙目で希璃弥を見る。
「そういうのは、全て解決したあとで、羽澄と全員でやろうぜ……」
希璃弥の目から一筋の涙が落ちていった。
「……ふふっ……。あなたも……泣いてるじゃ、ないですか……」
かぐらも涙ぐんで笑う。
「俺は……泣いてないし……」
「じゃあその目に光ってるものはなんなんですかー?」
かぐらはいつもと同じトーンで希璃弥を煽る。
「……お前のもらい泣きだ。流石、シスコンだけあってお姉ちゃんと離れると涙もろいんだな」
「……なっ……喫茶店まで人をストーカーしておいて、よくそんなに口が動きますね」
かぐらはいつの間にか涙など忘れていた。
「……その様子だと、もう大丈夫だな。行くか。羽澄のもとに」
「……新川くん……」
希璃弥は鞄を地面に置くと、紫里の自転車にまたがった。
「……え?」
かぐらは目が点になる。
「自転車を使ってないってことは、まだ学校からの徒歩圏内にいる可能性がある。だったら自転車で移動しながら探したほうが効率がいい」
「……でも、鍵とか」
「かかってない。後ろ乗れ」
「……えぇ……じゃあ音喜多さんも呼んだほうが……」
かぐらは鞄を地面に置いたが、まだ乗るのを渋る。
「いや……晴輝はああ見えて責任感が強い。自分のせいで羽澄が姿を消したって知らせるのはマズい気がする」
「……それは、そうですが……」
かぐらは、しばらく下を向いていた。
「……あぁもう! 分かりました、どこへでも行ってください!」
半分自暴自棄になりながらも、かぐらは自転車の荷台に飛び乗った。
「……行くぞ。しっかり掴まれよ」
希璃弥は自転車のペダルに力を入れた。
そのまま校門を出た希璃弥たちは、ぐんぐんスピードをあげて坂を下っていった。