青春の異変
「あぁーなんかめちゃくちゃ体力消費したー」
生徒会室に帰ってきた希璃弥は、ソファに身を投げた。
「かぐらちゃん、まだなにか考えてるの?」
生徒会室に帰ってきた今でも、かぐらはさっきと変わらず難しい顔をしている。そんなかぐらを見かねた紫里は心配そうにかぐらの顔を覗き込む。
「いや、そんなことはないです」
「明らかになんかあるだろ」
そんな様子のかぐらを心配して、晴輝も声をかける。
「本当に大丈夫ですよ。ただ、恋鳥つばめのあの態度が少し気になっているだけで」
かぐらは希璃弥の横に腰を下ろす。
「白雪さんはそう言うけどさ、あれでも今回のテスト、六教科六百点満点中六百点とってる紛れもない天才なんだよ」
「やけに詳しいな晴輝。気でもあるのか?」
希璃弥はニヤニヤしながら晴輝をからかう。
「そういうんじゃねぇよ。四組のやつから聞いただけだ。つーか自分より上の順位の点数って、普通気になるもんだろ?」
「そうか?」
希璃弥はこれまで、テストの点数にあまり固執してこなかった。そのため上の点数を羨ましがることもなければ、下の点数を蔑むこともしなかった。ましてやそれほど親しくない人の点数ほど興味のないことはなかった。たとえそれが学年一位の人だとしても。
「まぁそんなことはもういいよ。次はできるだけ差を縮められるように頑張るだけだから」
「おぉ。かっこいい」
「音喜多さん、頑張ってくださいね」
それまで黙って聞いていたかぐらも、晴輝にエールを送る。
そんなかぐらを横目で見ながら、希璃弥はこれからについて話を振ることにした。
「今日はどうする? テスト明けだし、生徒会定例会はないみたいだけど」
今日はテスト明けだからと言って、あやめから定例会はしないという連絡を受けていた。
「そうですね……。前回の残務もありませんから、今日は解散でいいんじゃないですか」
もちろんかぐらも定例会がないことは知っているため、解散という言葉を口にする。
「今日は残らないのか?」
晴輝が聞いてくる。
「ん? 残りたいのか?」
「いや、別に俺はいいんだけどさ。いつも喋ったりしてるわけだし、羽澄さんとかも」
「い、いやあたしは別にそんな……」
紫里は引きぎみに答える。
「そうか。じゃあ白雪さんも言ってるし、今日は帰るか」
「だな」
「そうしましょう」
こうして、希璃弥たちは生徒会室を出ることにした。
「じゃあな。また明日」
いつも通り、徒歩通学組の希璃弥とかぐら、自転車通学組の晴輝と紫里に分かれる。
はずだったが。
「ごめん、あたし用事があるんだった。みんな先に帰ってて!」
突然紫里はそう言い残すと、廊下の向こうがわに走っていった。
──そして、この日から三日が過ぎた。結局あれ以来、紫里が生徒会室に立ち入ることは無くなった。といっても、紫里は学校には来ているし、教室内では希璃弥とも喋っている。
がしかし、あの日以来、希璃弥は紫里の接し方に違和感を抱いていた。
「羽澄、今日も来ないのか?」
この日の放課後も、希璃弥は紫里の席に言って話しかける。
「うん。みんなにも伝えておいて」
「お前ここ数日明らかに元気ないだろ。何かあったのか?」
初めて出会った時から明るいというイメージがあったため、元気のない紫里を見ることは希璃弥にとっても辛かった。
「ううん。本当に何もないから。本当に大丈夫。じゃあね」
今にも泣き出しそうな表情を無理やり笑顔に作り替えると、紫里は鞄を持って教室を出ようとする。けど、そんなぎこちない笑顔を見せられた希璃弥は、我慢できずに紫里を呼び止めていた。
「おい、待てって。本当に大丈夫なやつはそんな表情しねぇよ」
希璃弥の一言で紫里は足を止める。そして、自分のつま先を見つめている。
「本当になんでもないよ。あたしは普通に……用事があるだけ」
紫里は、まるで怖くて逃げ出したくなる場所にいる自分に、大丈夫だと言い聞かせるかのような、震えた声を絞り出す。
「白雪も心配してたぞ」
「かぐらちゃん…………。でも、本当に大丈夫だから」
走り出す紫里の腕を希璃弥は掴む。
「そんな理由で納得するわけないだろ……。何があったのか話してくれ。俺たちが何かしてたのなら謝るから」
「きりやんたちは……悪くないよ、でも……っ!」
紫里は唇を噛み締める。が、その後希璃弥の手を振り解いて走り出した。
「なんでもないって言ってるでしょ! もうあたしに話しかけないで!」
希璃弥は追いかけようとしたが、紫里はあっという間に廊下の向こうに消えていった。
「……お前、本当になにかしたんじゃ……」
一部始終を見守っていた晴輝が、希璃弥の肩をポンと叩く。
「……いや、俺たちじゃないだろう。あの言い方は、俺じゃなくて自分に『大丈夫だ』って言い聞かせてるように聞こえた……」
「……つまり?」
「……おそらく、なにかが原因で重度のストレスを抱えてる可能性がある……」
希璃弥と晴輝は、紫里のためになにかできることはないかと、話し合いながら生徒会室に向かうことにした。
「……羽澄さんは、俺たちは原因じゃないって言ったんだよな?」
「あぁ。だから、生徒会以外の……クラスメイトか、家族か……なにかしら原因があるはずだ」
「家族の問題だとしたら、俺たちが入る余地はないよなぁ……」
「……まぁ羽澄がああなってる原因が、人間関係トラブルじゃないってこともあるしな……ん?」
そうこうしているうちに、二人は生徒会室についていた。しかし、鍵がかかっていた。
「あれ? おかしいな。いつもなら空いてるはずなのに」
「……そういえば、今日の午後からこの校舎、工事するって言ってたような」
晴輝は思い出しながら言った。
「あ……。確かに言ってたな。じゃあ、今日は帰るか。白雪も来ないだろうし」
「あぁ、だな」
二人は結局もと来た道を引き返して、駐輪場まで向かうことにした。