青春は生徒会で
翌朝。
「……」
マンションから出た希璃弥は、かぐらとばったり会った。
それもそのはず。同じ学校に通い、同じ通学手段で、同じ道を行くのだから。
希璃弥とかぐらは、互いを認識してから数秒止まったが、学校へ向かおうと、同じタイミングで歩き出した。
「なんでついてくるのですか」
「そういう白雪こそ」
一歩歩き出したが、二人同時に止まる。
「私のほうが早く外に出ました。あなたのほうが遅れてここを出発するべきです」
「じゃあ白雪がもっと早く家を出ればよかったのじゃないか?」
「そういうことを言っているのではないです」
かぐらは一歩希璃弥から離れる。
「とにかく、私が先に行くので、あなたはここで十分待ってから出発してください」
「それだとぎりぎりになるじゃないか」
「あなたが遅刻しても、私は困りませんので」
言ってることがまるで悪魔だな。見た目は天使のように可愛いのに。希璃弥はそう思ったが、声には出さないで置いた。
そんな希璃弥を見て、かぐらはため息をついた。
「……なら、もう仕方がありません。今日だけは、一緒に行きましょう。明日からのことはこれから考えましょうか」
「あれ、昨日は干渉なしにしましょうとか言ってなかったっけ?」
希璃弥はかぐらの声と、口調を真似して言う。
「うるさいです。行きますよ」
半ば強引にかぐらは、希璃弥とマンションを出発した。
希璃弥とかぐらは、昨日学校から帰宅した時と、同じ道を歩いていく。川沿いの道路に沿って歩き、住宅街を抜け、大型ショッピングモールが見える大きな交差点の前まで、歩いてきた。だが、ここまで希璃弥とかぐらは一言も話していない。希璃弥はこの沈黙に耐え切れなくなって口を開いた。
「……白雪は部活とか入るつもりなのか?」
「干渉はなしと言ったはずですが」
「いいだろ、これくらいの話は」
「……部活など入るつもりはありません」
かぐらはきっぱりと答える。かぐらの目が遠くを見つめるように細くなる。何かを蔑むような、そんな目をしていた。
「そ、そうか」
かぐらの雰囲気に押されて、希璃弥は少したじろぐ。
「逆にあなたは何か入るのですか」
「いーや。一学期は出来ないけど、二学期の選挙から生徒会に入ろうかなと」
「生徒会!?」
希璃弥の発言に、かぐらは過剰反応を見せる。細くしていた瞳が、一気に大きくなり、ありえないといった顔を希璃弥に向ける。
「そんなに驚かなくてもいいだろう?」
「いや、その……」
かぐらが困惑するのには、理由があった。
「生徒会長…………私、やりたいのです」
かぐらは下を向いて、小さな声で言う。
「はあああ? じ、じゃ昨日言ってたやりたいことがあるのでってやつ……」
「……はい。それです」
「マジかよ。家が近いだけでなく、やりたいことも同じだと……?」
「こっちのセリフです。あなたは辞退して下さい」
互いが互いを睨み合う。
「そうはさせねーよ。白雪が生徒会を諦めるんだな」
「へー。よく言いますね。なら、後で生徒会室に行きましょう。あなたは諦めざるを得ないでしょうけど」
険悪な雰囲気のまま、二人は神ヶ崎高校に到着し、上履きに履き替え、それぞれの教室へと向かった。
『一年五組』と書かれた学級表札を見て、希璃弥はその教室に入る。黒板に張られた座席表を見て、希璃弥が席に着くと同時に、担任らしき若い女性の先生が入ってきた。
一限目のホームルームは自己紹介などをすませ、学校生活においての注意事項や、年間予定などの話を延々と聞かされる。
ようやく長い長いホームルームが終わり、少し早い放課となる。
「はああ。疲れた」
希璃弥は机へ横向きに突っ伏した。その時、隣の席の男子生徒と目が合った。
「?」
彼は希璃弥に気が付くと、微笑みかけてきた。
短髪で赤い髪色に、さらさらと滑らかな髪。身長が高く、そして何よりイケメンだ。整った目鼻、何一つ汚れのない頬、まるで芸能人を彷彿とさせるような顔立ち。それでいて爽やかなオーラを放っており、それも相まって、まるで少女漫画に出てくる王子様のような生徒だ。
確か自己紹介では、音……。
「俺、音喜多晴輝。よろしくな」
希璃弥が名前を思い出す前に、名乗った。
「新川希璃弥だ。よろしく」
「希璃弥……か。いい名前だな」
「そりゃどーも……」
そっけなく返事を返す希璃弥に、晴輝はまたも喋りかける。
「あのさ、ちょっと頼みがある」
「なんだよ?」
頼みがあると言われて断り切れないのが、新川希璃弥という人間なのである。
「俺の友達を演じてほしい」
「ん? どういうことだ」
「まあ、見れば分かるよ」
そう言って晴輝は、廊下に出る。希璃弥もその後に続いて廊下に出る。と、その途端。
「晴輝くーん!」
総勢十人ほどの女子が、希璃弥と晴輝めがけて寄ってくる。
「今日、予定空いてる?」
「晴輝くんって、どこに住んでんの?」
「この後一緒に帰らない?」
見る間もなく、女子たちに言い寄られる晴輝。
なるほど、これを回避するためということか。と、希璃弥は晴輝の様子を見て、納得した。
なら、希璃弥に出来ることは一つだ。
「あー。今日は俺ん家でご飯食べるんだったな、晴輝」
希璃弥は友達という感じではなく、あくまでいつでも一緒にいる親友、というポジションを演じた。晴輝は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに希璃弥の意図を読み、女子たちに向かって言う。
「そうだな。今日はこいつと約束があるから、話はまた今度聞くよ」
不服そうな女子たちを横目に、希璃弥たちは笑顔で昇降口まで足を運んでいた。
「希璃弥は、このまま帰る感じか?」
「何か忘れている気がするけど、そうするつもりだよ」
「そうか、今日はありがとうな」
「いや、そんな大したことしてねーよ。まぁイケメンてのも大変だな。前世でもいたよ、そんなやつ」
「前世?」
「あ、いや、何でもない。ちっ……中学の時の話だよ」
希璃弥は中学の時と言って誤魔化したが、晴輝は納得のいかない顔をしていた。と、そんな二人に、かぐらが近づいてきた。
「探しましたよ。どこにいるのですか」
心なしか、希璃弥には、かぐらの声がいつもより恐ろしく感じられた。
「あ、忘れてた。生徒会室に行くとか言ってたな」
「そんなに無関心なら、あなたが下りるべきじゃないですかね。ついてきてください」
かぐらは吐き捨てるような言い方で、希璃弥に言い放ってから、くるりと方向転換し、歩き出した。
昇降口のある一棟から、渡り廊下を通って、二棟へ。階段を三階まで昇る。廊下の突き当りに、『生徒会室』という看板が掲げられている部屋があった。
かぐらは胸元のリボンを直すと、ドアをノックして開けた。
「失礼します」
「あ?」
かぐらがドアを開けた瞬間、目の前にいかにも不良という感じの女子生徒がかぐらたちを見る。金髪でショートヘアー、両耳にイヤリングをしており、第二ボタンまで開け放っているカッターシャツを着ている。
「なんか用か?」
「いえ、失礼しました……」
そっとドアを閉めようとする涙目のかぐらに、希璃弥はツッコミを入れた。
「さっきまでの威勢はどうしたんだよ!」
「いや、そこじゃなくない?」
希璃弥のツッコミにも、その金髪の生徒がツッコむ。
すると、その金髪の生徒の後ろから、かぐらと同じ髪色の女子生徒が姿を現す。
「あんまり後輩いじめんなよ、紬生」
「いじめてねーし」
紬生と呼ばれた金髪生徒は、いじけたように口を尖らせる。
「お姉ちゃん!」
かぐらが目をキラキラさせて、呼びかける。
「かぐら、ここでは会長と呼びなさい」
「え? お姉ちゃん!? 会長!?」
希璃弥は、かぐらたちが発した言葉に、耳を疑った。
「そう、私のお姉ちゃん、白雪あやめこそが、この神ヶ崎学園の第百八十一代生徒会長なのです!」
白雪あやめ。かぐらの姉にして、神ヶ崎学園の現生徒会長。かぐらと同じ白銀色のロングヘアー。顔立ちはかぐらに似ているが、かぐらに比べて大人びている。しわ一つないカッターシャツに、赤色のネクタイを締めている。身長が高く、前髪がかかった瞳は落ち着いた大人の雰囲気を醸し出している。とても高校二年生といった感じではない。
「そちらは……?」
あやめは、希璃弥と晴輝のほうへと視線を移す。
「あ、待って。君、音喜多くんよね」
あやめは晴輝に気付くと、さらっと名前を口にする。
「はい、そうですけど……」
「もしかして、生徒会に入ってくれるの?」
「え? あ、いや……」
「まぁ、とにかく話くらいはするよ。中入って」
「あ、お姉ちゃん違っ……」
かぐらが止めようとしたが、あやめは生徒会室の奥へと三人を促す。ここまできたら、希璃弥を蹴落とすために来たかぐらも、無理矢理連れてこられた希璃弥も、なんとなくついてきただけの晴輝も、全員あやめの言う通りにするしかなかった。