青春はこんなとこでも
夕方七時半過ぎ。
生徒会定例会が終わり、学校をあとにした希璃弥は、スーパーで買い物をして、ようやく帰路についたところだった。
住宅街に差し掛かろうとしていたころ、希璃弥は少し前にかぐらがいることに気がついた。
希璃弥が話しかけるか迷っていると、かぐらも気がついたようで、立ち止まってこちらを振り向いた。
「ん?」
「こんなところでなにやってるんですか? やっぱりストーカー……」
「黙れシスコン。そういうお前こそこんな時間まで何やってんだよ?」
「私はあなたとは違って、あのあと図書館に行って勉強をしていたんですよ」
偉いだろうと言わんばかりにかぐらは、希璃弥にマウントをとる。
「いや、別にそんな対したことじゃないからな」
「あなたこそなにしてるんですか」
「俺は食材を買いに行ってきただけだ。夜ご飯も作らなきゃいけないからな」
希璃弥は片手に持つマイバッグを、かぐらに分かるように持ち上げてみせた。
「へー、ミンチ肉、ニラ、キャベツ……餃子でも作るんですか?」
かぐらは希璃弥のマイバッグの中身を眺めながら、推測する。
「なんだっていいだろ。というか、お前は買い出しとか行かなくていいのかよ。一人暮らしってことは、白雪だって自炊くらいするだろ?」
「しますけど……」
かぐらは下を向いて答える。
「とりあえず帰ろうぜ」
希璃弥は自宅であるマンションに向かって歩き出す。
「あ、ちょっとまってください」
そのあとをかぐらが追いかける。
二人はしばらく無言で歩き続けた。その沈黙を先に破ったのは希璃弥だった。
「……そういえば、中間テストまであと一週間なんだなぁ」
中間テスト。希璃弥がこの世界に転生して初めてのテストである。もちろんテスト範囲は高校一年生のものだから、希璃弥からすると簡単な問題ばかりが並ぶのだが。
あくまで普通。希璃弥は普通の成績を目指しているのだ。
「そうですね。勉強してるんですか?」
「してるに決まってるだろ。お前こそちゃんとやらないと痛い目見るぞ」
「ちゃんとやってます。今回のテストは、数学を頑張るんですからね」
「じゃあ目標点は何点だ?」
希璃弥はすかさず聞く。
「それは……まぁ…………五十点くらい?」
「駄目じゃねーか」
自信なさげに返すかぐらに、またもやすかさずツッコミをいれる希璃弥。
「駄目とはなんですか、駄目とは! 数学で五十点は現実的な点数じゃないですか!」
「お前の現実がおかしいんだよ。大体、今回のテストの範囲はほとんど平方完成の問題ばかりだろ」
「へーほーかんせー??」
かぐらは平方完成という単語を初めて聞いたかのような反応を見せる。
「もう手遅れだこりゃ。ちょっと数学のノート見せてみろ」
希璃弥は大きなため息をつきながら、かぐらにノートを出すようにと促す。
「なんで見せなきゃいけないんですか!」
「この時期に平方完成を知らないということは、ずいぶんひどい状態だろ。分からないとこは俺が教えてやるから」
希璃弥はかぐらの方に手を伸ばす。
「……はぁ。分かりました。家に着いてからですよ」
かぐらはしぶしぶ了承し、トボトボと歩き続けた。
二人はようやくマンションに到着した。
「いったんノート貸してみ?」
希璃弥はエントランスに入ると、かぐらに向かって言った。
「……本当に渡すんですか?」
「じゃないと、結構真面目に赤点取るぞ。仮にも生徒会副会長がそんなんじゃ駄目だろ」
「くぅ……わかりましたよ」
最後の最後まで粘ったかぐらだったが、希璃弥の押しに負け、鞄からノートを取り出した。
「ちょっと見るな」
希璃弥は渡されたノートをペラペラと眺める。
「どうですか?」
「うーん……。解けてるっちゃ、解けてるんだけど……いや、やっぱ結構間違ってるな」
解答できている問題よりも、赤いボールペンでバツにされ、正しい回答が記されている問題の方が圧倒的に多かった。
「まぁ……平方完成のやり方だけでも」
「分かりました。でもその前に、鞄を家に置いてきていいですか?」
「あぁ、そうだな」
ということで、二人はエレベーターに乗り込んで、各階に向かった。
「あれ、四階で降りないんですか?」
希璃弥の部屋がある四階をエレベーターが通り過ぎたので、かぐらは希璃弥に聞いてみた。
「ん、あぁ……ちょっとな……」
希璃弥は返事を濁す。
「はっ、……分かりました。これは、勉強を教えるということを口実に、女の子の部屋に上がりこむといったストーカーの完璧な計画……!」
「んなわけないだろバカ」
探偵のような仕草を見せるかぐらの頭を、希璃弥はノートでポンっと叩いた。
「痛いです。なにするんですか?」
「お前がなにするんだよ! 人をストーカーに仕立てようとして……」
「あれ、図星ですか?」
笑いをこらえて言い放つかぐらを、希璃弥はもう一度ノートで叩いた。
「お前だけ行かせると逃げるだろ」
「に、逃げませんよ?」
「あれれー? 図星ですかー?」
希璃弥はさっき言われた言葉を、そっくりそのままかぐらに返した。
「うるさいです」
かぐらはそう言うと同時に、希璃弥の足を蹴った。
「痛って! ちょ、おまっ……物理攻撃はなしだろ」
「先に宣戦布告してきたのは、そっちですよ?」
そう言ったかぐらは、もう一度容赦無い蹴りを希璃弥のすねにぶち込もうとする。
「だっ、からって、そこ狙うのは卑怯だろっ!」
間一髪で蹴りを交わした希璃弥は、もう一度体制を整える。
「よく言えましたね。勉強を口実に女の子の部屋に入り込もうとするストーカーさん」
「うるさいっ! この平方完成もできない未だに魔法少女になることを夢見てるイタイタシスコン女!」
「なっ!? そ、それ……誰から聞いたんですかー!?」
かぐらはもう一度蹴りを仕掛ける。
それを華麗に交わす希璃弥。
「あやめ先輩だよー」
かぐらの蹴りを避け続けながらも、希璃弥は煽るのをやめない。
そんな戦いが繰り広げられている中、エレベーターは五階を通り過ぎ、屋上に到着した。
「あれ、五階止まんなかった。なんで?」
「……五階のボタン押してなかったです」
素朴な疑問を口にした希璃弥に、恥ずかしそうにかぐらが告白する。
「なにやってんだよ。お前は」
二人はエレベーターの中で笑った。そして、屋上で降りた。
「もう、ここでいいや。ちょうど電気も着いてるしな」
二人は屋上に設置されている蛍光灯の下で、ノートを広げた──
「ここはな……Xに代入するんだ…………で、こうなると、こいつを二乗して……」
希璃弥は丁寧に問題を解説していく。
煌々と光る蛍光灯と、星たちが上からそんな二人を見下ろしていた。




