会議は青春
五月中旬。
今日も神ヵ崎高校は普段と変わらない日常を迎えていた。
「きりやーん! 晴輝から聞いたんだけど、今日は生徒会室行ったら駄目ってほんとー?」
六校時が終了し、放課後となった教室で紫里が希璃弥に話しかける。
「あぁ。今日は週に一回の生徒会会議の日だからな」
希璃弥は荷物をまとめながら返す。
「なんかそっけなくない? そんな寂しいこと言わないでよ」
「なんか、めんどくさくなったな羽澄」
「五月病なの、こっちは!」
紫里はぐでーっと、希璃弥の机の上に伏せる。
「まだ根に持ってんのかよ『雪夏』のこと」
「んーそうじゃなぁい」
紫里は顔を机に伏せたまま、やる気のない声を出す。
「じゃあなんでそんなになってんだ」
「……別にいいじゃない。そんなに聞かないでよ」
「まぁ細かな詮索は避けるけどさ」
「聞いてよ!!」
「いや、どっちなんだよ!?」
情緒不安定な紫里を前に、希璃弥は途方に暮れる。
「なんかだって……飽きたし、高校」
紫里はゆっくりと立ち上がる。
「まだ入学二ヶ月目だぞ」
「おーい希璃弥。行こうぜ」
そんな二人に晴輝が近づいてくる。
「おう。なんか知らないけど、元気出せよ羽澄!」
希璃は紫里にそう告げて、晴輝と生徒会に向かった。
生徒会室では、珍しく真面目に会議が行われようとしていた。
と、いうのもかぐらの姉にして生徒会長である白雪あやめが、約一ヶ月半ぶりに生徒会室に顔を出していたのだ。
「こんにちはー」
希璃弥と晴輝は生徒会室に入った途端、目を疑った。
「え、あやめ先輩?」
そう、そこにはかぐらとあやめが一緒にいたのだ。
「久しぶりだね、二人とも」
「会長……」
電話越しに声を聞くことはあっても、顔を見るのは約一ヶ月半ぶり。希璃弥も晴輝も、あやめの元気そうな姿に安心しつつも、喜びを隠せずにいた。
「今日はどうしたんですか」
「今日はね。君たちに色々伝えなきゃいけないこととか、対面で話した方が良いような会議内容だから」
「神ヶ崎杯のこととか……」
かぐらはそっと呟く。
「まあ、会議を始めましょう」
あやめは希璃弥たちを座るように促して、会長用のデスクに腰掛けた。
「こうやって会議するのは、初めてだよね。じゃあ、今から第四回生徒会定例会を始めます。はい、これレジュメ」
あやめは三人にレジュメを渡す。
「えっと、この生徒会まだ書記がいないから、とりあえずかぐらお願い」
「はーい」
かぐらは席を立って、あやめの鞄の中からノートパソコンを取り出して電源を入れる。
「会長、今の生徒会ってどうなってるんですか」
「あー。確かに正式に公表してなかったわね。会長が私で、副会長がかぐらと希璃弥くん、会計が晴輝くんだね」
公表してなかったっけ、と思いながらも希璃弥は続ける。
「あと人足りてない役職って何ですか」
「えっーとね。この高校の生徒会本部は、会長が一人、副会長が二人、書記、会計、広報が各一人ずつだよ」
「じゃああと書記と広報が足りてないのか……」
晴輝は宙を眺める。
「晴輝、誘えるやついるのか?」
「いや、羽澄さんが入ってくれればなぁって思っただけだよ」
「それは確かにそう」
晴輝の言葉に希璃弥も頷く。
「私からも言っているんですけどね……」
ノートパソコンを起動し終わったかぐらも苦笑いしながら席に座る。
「え、ちょっと待って。羽澄……さん? って誰」
この流れに唯一追いついていないあやめは、言葉に焦りが見えていた。
「最近生徒会室に顔出してる友達ですよ」
「次絶対連れてきて? 全力で勧誘しよう」
「お姉ちゃん目がガチだ……」
ちょっと引き気味のかぐらを横目に、あやめは開き直って会議を始めた。
「えー。みんなもう知ってるかと思うけど、今度の七月に神ヶ崎杯なるものが開催されます。今日の議題はそれについてと、その他いろいろについてです。まぁその他は置いといて、まずは神ヶ崎杯のことね」
神ヶ崎杯。
毎年夏休み前に行われる球技大会のようなものである。一日目は一年生の部、二日目は二年生の部、三日目は三年生の部と三日間に渡って行われる。クラス内で誰がどの競技に出るかを決め、その総合勝ち点で順位を争う。
種目は、個人の部と団体の部があり、個人の部では、公式テニス、卓球、バドミントンの三種目。団体の部では、バレー、ソフトボールの二種目。この中から一人一つ出る競技を選ぶ。
「生徒会の仕事は特にないんだけど、開会式の挨拶と、閉会式の好評を副会長からしなきゃいけない」
「ここは希璃弥と白雪さんしかないよな」
「まぁそうなるな。俺はどっちでもいいから、白雪適当に決めといてくれ」
「あ、あと、閉会式の好評になった人は、表彰で私が優勝したクラスに賞状を渡すんだけど、そのときの補佐も一緒にお願いしたい」
「じゃあ自分が閉会式行きます」
希璃弥は良心で言ったつもりだった。が、それまでカタカタとノートパソコンに議事を無言で打っていたかぐらが口を開いた。
「駄目です。私が閉会式行きます。……新川くんは閉会式に回しますので」
「おお、そうか……」
「ははーん、さては会長と一緒がいいんだなかぐらー」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、あやめがかぐらの顔を覗き込む。
「ち、違う! 別にお姉ちゃんと一緒がいいなんて思ってないから!」
かぐらは顔を赤らめて答える。
「かぐら、ここではお姉ちゃんじゃなくて、会長と呼びなさい」
「か、会長……」
かぐらは悔しそうに引き下がる。
「で、でも、適当に決めといてくれって言いましたよね!? 私が閉会式行きます」
ノートパソコンに何かを打ちこんですぐに、かぐらは希璃弥の方に向き直ると、得意げに笑ってみせた。
「まぁ、なんでもいいけどさ」
希璃弥は苦笑を漏らす。新型ウイルスによって、こういうやり取りさえもできなかった前世を経験した希璃弥にとっては、こういった場にいられることだけでも幸せなのである。
「じゃあ、神ヶ崎杯の開会式の挨拶が希璃弥くんで、閉会式の好評がかぐらで決定ね。かぐらは私の補佐もよろしく!」
「はい」
「分かりました」
全員の了承を得たところで、あやめが次の議題に話を転換する。
「じゃあ、次なんだけど、生徒会だよりの第二号を作ろうと思ってて……。一号は入学式の日に出したんだけど、そろそろ作っておきたいよねって」
生徒会だより。
神ヵ崎高校の生徒会では、月に一度生徒会だよりなるものを発行している。内容は月々によって変わるのだが、主に目安箱に寄せられた意見への返答、その月にあった学校での行事などを載せたりする。
十二話でのシャーペンの芯問題で、かぐらと希璃弥がアンケートを取ろうとしていたものである。
「あ、なので、今月あったニュースをいくつかまとめておきました」
かぐらはノートパソコンの中のフォルダをクリックすると、神ヵ崎高校で起こった出来事がリストアップされて表示された。
「なるほど……。二、三年の遠足は記事にできそうね。テニス部の団体戦インハイ予選決勝進出も載せても良いかも」
あやめが一つずつ確認していく。
「それと、さっき言ってた新役員の紹介も入れてみたらどうですか?」
ふと晴輝が意見を出す。
「あ! それいいかも。じゃあ、それも含めて来週までに一回原稿作ってくるね」
あやめは手帳を取り出して、記事にする内容をメモ書きする。
「よし。あとなんか意見ある人いますかー。……いないので、これで第四会生徒会定例会を終了します!」
あやめはパチンと手を叩いて、椅子から立ち上がる。
そんなあやめの様子を見て、やっと生徒会らしいことが始まったなと実感した希璃弥たちであった。