映画と青春
神ヵ崎。
希璃弥たちが住む街の名前であり、神ヵ崎駅を中心に中々人口も多く、賑わっている街でもある。駅前には大型ショッピングモール、映画館、ボウリング場などの娯楽施設が並び、毎日大勢の人が行き交う。
希璃弥たちのマンションは、そんな駅前から少し離れた住宅街の先に位置する。徒歩十分ほどで到着できる距離であり、希璃弥たちの唯一の娯楽である。
「そういえば原作小説、読んだことあるんですか?」
映画館が見えてきたころ、ふとかぐらが疑問を口にした。
「ん。まぁ、高校一年生の夏休みのときにな」
「え? 夏休みって……なんか間違ってませんか」
「あ、違う。そうだ、春休みだ」
希璃弥の高校一年生は二回目。根本的には間違っていないのだが、ここで転生しているということを明かす訳にはいかない。
希璃弥が転生したこの世界は、新型ウイルスが流行しなかった世界。つまり、それ以外のことは前世と全く同じなのだ。
『雪が舞う日、僕は君とあの夏を過ごした』も前世に読んだものであり、転生してからは本を手にとってすらない。
と、いうのもこの本を書いた天才女子高生作家、工藤姫奈は七月三日、行方不明になる。新型ウイルスによる休業期間が明けて、延期になっていた映画の公開が迫っていたのだが、ある日自宅のマンションで忽然と姿を消したのだ。
その後二ヶ月に渡って捜索が行われたが、依然として行方不明。延期になっていた映画の公開も中止され、結局希璃弥は映画を見られなかった。
そのため、一回目の高校一年生の夏休みに原作小説を買って読んだ。
(将来は確実に日本を代表する作家になるなんて言われてたのにな……)
「そういうお前はどうなんだよ」
「私は、発売された時から読んでましたよ」
「へー。古参ファンなんだな」
映画館に着いた二人は、ロビーのソファに腰を下ろし、少し時間を潰すことにした。
この映画館、そこまで大きな規模ではなく、スクリーン数も七つしかない。二階にスクリーンとチケット窓口があり、一階にロビー、駐車場、ファストフード店がある。
大きなシャンデリアが照らす洒落たロビーは、高級ホテルを彷彿とさせる。
そんな映画を見に来た人々で行き交うロビーには、男女のペアが目立っている。
「なんか、カップルで来てる人多くないですか?」
「……そうだな」
「ゴールデンウィークだからですかね……?」
かぐらは知らないのだ。
この映画は、カップルで見に来る人がほとんどだということを。
「まぁ、他人は気にせず俺たちは俺たちで楽しめばいいだろう」
「そうですね。あ、私自販機行ってきますけど、なんか入りますか?」
「ん……別にいいぞ?」
「じゃあ適当に買ってきますね」
「おい……」
かぐらはソファから立つと、人混みの中に消えていった。
「おい、新川じゃないか」
はあ。と肩を落した希璃弥だが、聞き覚えのある声を聞いて再び顔を上げた。
そこには、希璃弥のクラスメイトである男子が三人いた。
「なんだお前らかよ」
顔を見るなり希璃弥は分かりやすくため息をついた。
「なんだとはなんだ。あ、そうか。せっかくのデートを邪魔されたくないんだな?」
「うるさい。…………デート?」
言われたことをそれまで聞き流していた希璃弥は、デートという単語に初めて食いついた。
「見てたぞ。今彼女がジュースでも買いに行ってくれてるんだろ?」
「は? いや、あいつとはそんなんじゃなくて」
「あーあーあー。分かったからそういうの。黙っといてやるから。彼女なんだろ?」
「うるさい」
(早くこいつらを引き剥がさないと、白雪が戻ってくる……)
かぐらとクラスメイトたちは、絶対に合わせるべきではないのは一目瞭然である。
とりあえず希璃弥は話題を変えてみることにした。
「なぁ、そういうお前らはなんでここにいるんだ?」
「ん? あぁ、昼から遊びに行くからここに集合しただけだぞ」
「そうだな。じゃ、俺たちはこれから行ってくるから」
「……おぉ。じゃあな」
何も言わずに引いていったクラスメイトたちに、希璃弥は少し呆気にとられる。
少しして、かぐらがアルミ缶を両手に持って人混みの中から姿を表す。
「お待たせしました。いちごミルクで良かったですか?」
戻ってきたかぐらは、いちごミルクと書かれたいかにも甘ったるそうなアルミ缶を差し出してくる。
「おい……俺が甘いの苦手なの知っててわざとやっただろ……」
そう、新川希璃弥という人間、甘すぎる飲み物はまるで飲めないのだ。
そして、いちごミルクは希璃弥の中で一番か二番を争うほど、苦手な飲み物なのである。
「え……そうなんですか……?」
「え……」
かぐらは少しキョトンとした表情を浮かべ、疑問を口にする。
「あれ、言ってなかったっけ?」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「すみません。苦手なの分かってたら、買ってこなかったんですけど。私がこれ……好きなので」
かぐらは申し訳無さそうに、希璃弥の手からいちごミルクを取り戻そうとする。
「……いや、いいよ。せっかく買ってきてくれたんだから、飲むよ」
希璃弥は手に持っているいちごミルクを一層強く握った。
「……本当にすみません」
「いや、お前が謝ることじゃない。こればっかりは俺が悪いしな……」
希璃弥は言い終わる直前に、この場に立ち会ってはいけない人物が後ろにいることを目撃した。
「……希璃弥? それに、白雪さん!?」
その人物とは、音喜多晴輝だった。
「なんで、お前ここに……!?」
「なんでって……弟が早く帰ってきてくれたから、来てみようかなと思ったんだけど」
晴輝は絶対に来ないだろうと思っていたため、かぐらと来た希璃弥だったが、それはただの見解に過ぎなかったのだ。
「それに、さっき電話もしたんだけど、出なかったから……」
「マジかよ……」
希璃弥はそっとスマホのロック画面に目をやると、確かに晴輝からの不在着信がきていた。
「というか、希璃弥と白雪さんってやっぱりそういう関係だったのか。怪しいとは思ってたけどな」
苦笑いをしながら、晴輝は希璃弥とかぐらを交互に見る。
「……? 音喜多さん、どういうことですか?」
かぐらは晴輝の発した言葉の意味が分からず、純粋に聞き返した。
「あれ、そうじゃないのか? この映画を見に来てるんだから、てっきりそうなんじゃないかなと」
「だから、そうってなんのことですか?」
「この映画はカップルで見ることで、より長く良い関係を気づくことができるって言われてるからさ。てっきり、白雪さんと希璃弥が付き合ってるんじゃないかなって」
遂に晴輝が本当のことを暴露した。
「……!? えっ、え、いやっそんなわけないですっ!」
「でも、この映画を今男女で見に来てるってだけでカップルって見られるぞ」
「ちょっ、ちょっと! そんなことないですよ! というか、新川くんは知ってたのですか?」
さっきから希璃弥は笑いをこらえるのに必死である。
「いや、だって白雪がめちゃくちゃ真面目な顔で行こうとか言うから」
「ということは知ってたのですね! 酷いです……」
「こんなに話題にされてんのに、なんで知らないんだよ」
「私が悪いみたいに言わないでくれますか」
かぐらはぷくっと頬をふくらませる。
そんな二人に晴輝が割って入る。
「で、どうする? 俺はもう別に帰ってもいいんだけど」
「嫌です。音喜多さんいてください」
「え、なんで……?」
「こんなストーカーと二人で映画なんて見れません!」
かぐらが希璃弥を指差す。
「はぁ? いつもの仕返しをしただけだ。そもそもお前が来たいって言ったから来たんだぞ、このシスコン!」
「なっ!? 本当にあなたは性格酷いですね」
「その言葉、そっくりそのままお返しさせていただくよ」
「はい、もうストップ。ちょっと高いけど、今チケット買って俺も入るから、それでいいだろ?」
そのあとは、晴輝の言うがままになり、結局三人で映画を見て帰ることにした。
紫里「ちょっと!! みんなのインスタ見たけど、あたし抜きで『雪夏』見に行ってるー!?」