青春はリロードされる
「卒業おめでとう」
夢を見ていた。
高校三年間、目いっぱい楽しんで迎えた卒業式の夢だ。修学旅行に文化祭、体育祭、そして、憧れだった高校での生徒会活動。すべてを満喫した高校生活が終わりを迎える……はずだった。
──三年前
『新型ウイルスによる感染拡大防止のため、全国の学校で臨時休業が相次いでいます。緊急事態宣言が政府より発令されています、できる限りの外出は控えるようにして下さい』
そんなニュースと共に、新川希璃弥の中学生活は幕を閉じた。そのまま高校は臨時休業を続け、例年より二か月遅れての高校デビューとなった。一年生では、すべての学校行事が中止。二年生になっても、変わらず行事は中止され続け、修学旅行もなくなった。三年生になり、ようやく行事が開催されたが、これも本来の形とは異なるものだった。
そして、希璃弥は昨日、卒業式を迎えた。やりたかった生徒会活動も出来ず、何の思い出もないまま、『青春』は終わりを告げた。
「大学で頑張ろう」そう希璃弥は決め、友人たちとの最初で最後の卒業旅行に旅立った。
だが。
「おめでとうございます! あなたはたった今、転生の権利を手に入れました」
「へ?」
突然希璃弥の目の前に、黒髪の女性が現れ、そんなことを口走った。
「アンタ誰?」
希璃弥は困惑しながら女性に聞き返す。太陽かのように光を放つ、純白の衣を身に着けたその女性はゆっくりと話し始める。
「私の名前は、転生の女神アイリス。前世で死んだあなたを、転生させるために、ここに呼んだのです」
「死んだ? 俺が?」
「はい。卒業旅行の最中、あなたの乗っていた飛行機が墜ちたのです」
そうだ、だんだん思い出してきた。あの飛行機が墜落したのか。と、希璃弥は死んだときの記憶を巡らせていた。
「ちょっと! 人を呼んでおいていつまで待たせるつもり!?」
希璃弥の後ろから、甲高い声が響いてくる。ふと見ると、高校生くらいの少女が立っていた。黄金色に輝くさらさらしたロングヘアーにセーラー服。高校に一人は居そうな不良少女を完璧に体現している。
今時こんな女子高生いるんだなぁ。と、感心する希璃弥の横を、アイリスと名乗った女性が通り過ぎる。
「琴星ちゃん、ごめんなさいね。本当にあの世界でいいですか?」
「いいって言っているでしょ。と、言うかあれも転生させるの?」
琴星と呼ばれた女子高生が、希璃弥を横目にアイリスに問いかける。
「あれってなんだよ! あれって」
希璃弥が食ってかかる。
「アンタみたいなもやしがほんとに転生できると思ってんの?」
琴星が馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「なんだとっ!」
「はいはい。二人ともおしまい。琴星ちゃんは転生させるよ」
険悪な空気が流れた中、アイリスが取って切った。
「まあいいわ。今度会ったらぼこぼこにしてあげる。まあ、二度と会うわけないけどね」
「それでは、いってらっしゃいませ」
アイリスが右手を振り上げた途端、白い光と共に、琴星が消えていった。
「ん。始末完了。さて、希璃弥くんはどんな世界がお望みですか?」
「どんな世界って……」
「転生先の世界ですよ。例えば、剣と魔法で戦うような世界だったり、科学が発展した近未来のような世界だったり」
「転生って……そんな簡単に出来るのですか?」
転生なんて言葉は死ぬ前から知っていたが、いざ自分が転生すると考えると、とても信じられなくなる。
「そのための女神ですよ?」
アイリスが自信気に答える。
「ならっ……普通の青春が送りたいです。高校に通って、友達と遊んで、出来るのなら、生徒会もやりたいですっ。そのためなら、無双スキルも、ハーレムもいりません。俺に……普通の高校生活をさせてください!」
希璃弥は祈るように、アイリスにそう伝えた。
ウイルスの感染拡大防止のためにと、普通の高校生活を送れなかった希璃弥にとって、もう一度生きられるチャンスがあるのなら、青春を取り戻したい。その一心なのだ。
「なるほど、じゃ転生でなくても良かったかもね。前世と同じ世界で、新型ウイルスが無かった世界線にしといてあげる。それじゃあね」
アイリスは、また右手を上げる。
希璃弥の身体も、真っ白い光が包み込んでいく。
──どのくらいの時間がたったのだろうか。
希璃弥は、暖かい日差しが入り込む部屋で、ベッドの上に寝転がっていた。
(俺、なにして……。あ、そうか。卒業旅行で沖縄に行こうとして、乗った飛行機が墜落して……。確かアイリスとか名乗る奴に転生させられたんだっけ)
希璃弥はとりあえず起き上がって、辺りを見渡してみた。
「どこだここ」
朝日が差し込む窓際のベッドにクローゼット、タンス、デスク。誰かの部屋みたいだ。少なくとも希璃弥の部屋ではなかった。
希璃弥は辺りを見回した後、自分の服装に目を向けた。
さっきまで着ていた旅行用の服ではなく、白いカッターシャツに水色のネクタイ、そして紺色のスラックス。その姿は誰がどう見ても、高校生そのものだった。
「神ヶ崎……」
希璃弥は、カッターシャツに刺繍されている文字を読んでみた。神ヶ崎高校は、希璃弥も知っている。希璃弥はようやくここが、前世と同じ世界だと信じた。
ふと、手元にあったスマホを見る。時刻は八時ちょうどを指している。日付は四月十日。しばらくスマホの画面を眺めていると、一通の通知が来た。
『ごめん。一日間違えた。今日の十時から神ヶ崎高校で入学式が行われるよ。 アイリス』
一通のメールには、そう綴られていた。
「本当なんでもありだな。あの女神」
希璃弥は苦笑しながらも、期待と興奮でいっぱいだった。
「なにしてるんだ」
転生してはや半日、制服を身に纏った希璃弥は、神ヶ崎高校の中庭にいた。今は、入学式が終わり、みんなこの中庭で喋ったりしている。そんな中、中庭の端っこの花壇に腰かけている一人の少女を見つけ、希璃弥は声をかけた。
これが、希璃弥と、彼女──白雪かぐらとの出逢いだった。
「あなたは?」
希璃弥の呼びかけに、少女が顔を上げる。
白銀色に輝くさらさらと風になびくロングヘアー。キリっと整った茶色い瞳に、白く透き通るような肌。まるで天使のような美しさをみせる。
胸元に水色のリボン、紺青色のブレザーに身を包み、チェック柄が入ったスカートを膝までかけている。
「俺は……新川希璃弥。一人でこんなところでなにやってるんだ?」
希璃弥は別に仲良くなろうとして、彼女に声をかけた訳ではない。ただ、中庭のにぎやかで騒々しい雰囲気から、随分かけ離れた顔をして座っている彼女が気になっただけだった。
「別に何もありません。私がここに居たいから、ここにいるのです」
淡白な声でそう答える。
「そうか。いきなり悪かった。なんとも無いようには見えないけどな」
「……私は白雪かぐら。今日は入学式だから、少し気を張っているだけです。本当に何もないです」
かぐらは、少しムッとして言い返す。と、その時。
『校内に残っている生徒に連絡します。現在、校内にいる生徒は速やかに下校して下さい。完全下校時間は二時です』
突如、校内放送が流れる。
中庭にいた生徒たちは、一瞬ざわついたが、放送に従って校門のほうへと歩いていく。
「そうか、二時まであと二十分か」
希璃弥と、かぐらも校門へと向かう。
私立神ヶ崎学園高等学校。希璃弥が通うことになった高校名だ。偏差値は五十八と、決して高くはないが、そこそこの進学実績を誇る有名校である。実際、希璃弥も知っていた程だ。また、部活動での成績も優秀で、吹奏楽部、サッカー部などは全国にも顔を出している。
希璃弥が転生した部屋があるマンションから、歩いて十五分程で着く場所に位置しており、校舎のすぐ横には山が見える。と、言うより、山際に建っている。
希璃弥は、家から徒歩で通学するつもりだ。
今日もその通学路を通って、家に帰る。
予定だったが。
「なんでいるんだよ」
希璃弥の後ろに、かぐらがくっついてきている。
「……家に帰っているだけです」
かぐらは、相変わらず淡白な声で答える。
「白雪もこっち方面なのか」
「あなたも同じ方面だとは……」
「あからさまに嫌という顔をするなよ」
希璃弥がかぐらのほうを向くと、かぐらはふいっと横を向いた。
「嬉しそうな顔でもすればいいんですか」
「いらねぇよ」
皮肉を言うかぐらに、希璃弥はスパッと言いきる。
希璃弥は足を速めて、かぐらの前に出る。そのまま二人は、会話を交わさず歩き続け、自宅であるマンションに着く。
エントランスの前まで来ると、希璃弥とかぐらは足を止める。
「白雪……何組だ?」
一応クラスだけは聞いておこうと、希璃弥はかぐらにクラスを問いかける。
「私は七組です。あなたは?」
「俺は五組だ」
「よかったです」
希璃弥が他クラスだと知った途端、かぐらは安心しきったような顔を見せた。
「おい、よかったってどういうことじゃ」
「私はやりたいことがあるので、あなたのような人がクラスにいると迷惑になるかもしれないので」
かぐらの声が一層冷たくなる。
「俺なんかしたか?」
「いえ。……とにかく、私はあなたのような人とは深い関りを持ちたくないので」
かぐらは視線を希璃弥から逸らす。
「……! まあいいや。クラスが異なれば、会うことはほぼないだろう」
「そうですね。それより、早くどいてくれません?」
かぐらは、希璃弥の背後にあるマンションのエントランスを指さす。
「そういう白雪こそ早く帰れよ」
希璃弥はそう言って、エントランスを振り返り、入ろうとする。その様子を見て、かぐらが声を出す。
「ちょっと待っ……」
「なんだよ。ここは俺の家だが……?」
希璃弥は振り向きざまに、人差し指を背後のマンションに向ける。その言葉を聞いた途端、かぐらは目を開いて数秒固まった。
「家……」
かぐらも下を向きつつ、マンションの五階部分を指さした。
「へ……?」
「家……ここです」
「はああああ!?」
まさかの出来事に、希璃弥もかぐらも、何も考えられなくなる。
「ちょっと待て。白雪、何階だ?」
希璃弥は、混乱する頭で聞いた。
「五〇三室です」
「よかった。同じ階じゃないっ! 部屋は真上だけどな」
希璃弥は安堵の声を上げる。
「寄りにもよって、あなたと同じマンションだったとは……よく朝会いませんでしたね」
「だな。じゃあ、俺は家に帰る」
「これ以上の干渉はなしにしましょう。互いに慣れ合うつもりはないでしょう?」
「そうしよう。じゃあな」
希璃弥は四階に、かぐらは五階に、それぞれの部屋へと帰宅した。
こうして、希璃弥の第二の人生は、かぐらと共にスタートした。