表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

夢現

 人間でなくてもいいから、友達…… せめて、相談できる先輩と後輩みたいな感じになれたら……と思っていた。多忙な父はあまり家に居なく一人っ子で、気を置けずに話せる存在が、彼女にはもう誰もいないのだ。


 ――……期待しているような容姿じゃないかもしれないぞ。やめておけ


 明らかに残念そうな楓をからかいながらもハッパかけるように、サクヤは少し距離をつくる。

 彼のそんな思惑には気づかず、ぷは、と楓は不器用に吹き出した。(ちまた)で見るアニメやゲームに登場する、龍や狐の耳や尾が付いた、いかにもな和装のあやかしキャラの風貌をイメージしていたのだ。


「……案外、普通なん?」

 ――普通?


 無意識に口元を抑え、軽く笑いをこらえながら問いかける。こんな仕草をするのはかなり久しぶりな事に、心のどこかで戸惑い、驚く。


「水神様なら、まんま龍、とか……」


 ――実体というものは、基本的に無い。力を使う時にも必要ないから、欲しいとも思わない。昔、龍に見えたと言った人間がいたのだろうが…… 何だか、ずっと夢を壊していて……悪いな


 急にしおらしく詫びる彼が可笑しくなり、はは、と力無げにまた笑う。こんな風に安心とセットで、『たのしい』なんて思えたのは、いつぶりだろう……


「ええよ。うちが勝手に妄想してただけやし……」


 そんな彼女が視界に映った瞬間、実体の無いサクヤの身体の奥が、妙にざわつき出した。今夜、話しているうち、()()得体の知れないものが、自意識の中で(うごめ)き始めているという異常事態に、彼はずっと気づいていた。


「桜は、ほんま哀しいけど…… もう少ししたら、ツツジとか菖蒲(あやめ)が咲くし、紫陽花(あじさい)向日葵(ひまわり)……夏の花も、綺麗なの沢山ある。しとしと降る雨は、結構好きやしね。草や土の匂いも強なる。蒸すんは嫌やけど」


 そんな彼の状態に気づいていない楓は、突然、水を得た魚のように生き生きと語り始める。サクヤはまた少し驚いたが、彼女の話の魅力が理解できない。人間と同じ感覚が、彼ら天上の者には無いのだ。


「あ、そうや。水の匂いもすごい好きなんよ」


 無言のままの彼に、楓は我に返り、心配になった。調子に乗って喋り過ぎた、と自省する。


「ゴメン……気に触った? うるさかったね」

 ――いや、水を好いてくれるのは有難い。だが、その『匂い』というものが、私にはわからない

「そう、なん……?」


 水を(つかさど)る神様なのに、水の良さがわからないなんて信じられなかった。


 ――天上の者と人間は、基本的に感じ方が違う。視界に姿形が映ったり、音が聞こえたりはするが、匂いや触感までは得られない

「そっか…… 水って触るとすごく気持ちいいし、みずみずしい匂い、ちゃんとするんよ? 犬並みの鼻やなって、子供ん時いじられたけど」

 ――自分の事、ちゃんと話せるじゃないか

「……サクヤさんやから、よ」


 そう。彼だから何でも話せるのだ。聞いてほしい事も、好きな事も……祖母のことも。

 さあっ、とゆるやかな夜風が吹いた。初めて感じる、切なくも高揚した想いが心に芽生えた事に、楓も気づいた。

 自分が怖くなり、急に気まずくなる。隠れたいような、逃げ出したいような、永遠にこの場に居たいような、矛盾した様々な感情がミックスしている。どうしたら良いかわからない。


 微妙な気まずい空気を感じ取ったのか、サクヤが改めるように問いかけた。


 ――……好いている者は、いないのか。年頃だろう?

「なんよ、また急に……」


 相変わらず唐突過ぎる、絶妙なタイミングのサクヤの言葉に戸惑い、少し顔を赤らめ、俯く。


「……おらへん、けど」

 ――そうか

「……保育園ん時に初恋みたいなんはあったかもしれんけど……あんま覚えてへんし、皆()ってる恋とか愛とか……よう、わからん……」

 ――そうか


 同じ返答しかしない彼の意図が判らず、楓は戸惑い、錯乱してきた。何だかとてもカッコ悪い事を言っているようで恥ずかしい。

 確かに気になる人どころか、好きな芸能人すらいなかった。それは、本当だった。楓にとって恋や愛はおとぎ話か、宇宙並みに未知の存在で、畏怖(いふ)の対象でもあるのだ。

 両親は恋愛結婚だったと聞いている。それで産まれたはずの自分は、いつの間にか蚊帳(かや)の外になり、厄介者になった。『原因は楓やない。それまでも色々あったし、元々……合わんかったんや』と、小学生の時に父から聞いたが、きっかけの一つになったのは確かだろう……

 ()し合ったはずの二人は、今では他人よりも遠退(とおの)く存在になっている。自分以外の人間、まして異性が気になって仕方ない、知りたいと切望する気持ちなんて、楓には理解も信頼もできなかった。関わったら傷つけ合うだけの、意味の無い感情(モノ)だと。――そう、今までは。


「――せやけど、サクヤさんみたいな……人、ええなと思う」


 話の流れと勢いで白状してしまった。すごく変な表情をしている気がする。暮明(くらがり)だが、彼になら見えてしまうかもしれないと思うと、顔が熱くなった。心の中では省かれていた『みたいな』が、妙にざわついて、ふわふわ浮いている。

 一方、予想外の楓の言葉に、サクヤは驚いていた。何となく気になり、聞いてみた答えの威力が、予定外に自身を圧倒させている。自然に生まれた素朴な疑問を、どうにか返した。


 ――姿形もわからないのに、か?

「声はわかるし……話し方、雰囲気も……何となくやけど。性別……は、男?ってことも……  年は、さすがに判らんけど」

 ――私の事など、何も知らないだろう

「話しててええな(おも)て、好きんなったって、よう()うやん。……依存してるだけ、かもしれんけど…… 文字だけのSNSで知り合って付き合う子かて、いはるんよ。そりゃ、ちょっと危ないと思うけど……」


 話の流れに呑まれ、とんでもない事を口走ってしまった気がする。急に怖くなり、必死にまくし立てたが、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。

 だけど、これだけは、はっきりとわかる。


「――サクヤさんともっと話したい。もっと知りたいし一緒にいたい(おも)てる。そういうんは……あかんの……?」


 いつの間にか、告白しているような状況になってしまった。自覚したのと同時に……とか、あり得ない…… 何でこんな事に……と楓は自分を呪った。穴があれば地底まで掘って、許されるならそのまま埋まりたい。


 ――……だが、『人間』ではない。別の種族だ。お前と同じ感覚は持っていない。共感もできない


 今更な事実を突き付けられ、ひっぱたかれたようなショックを受ける。そうだった。わかっていたはずだったのに…… いや、だけど……


「人間同士でも解り合えない事……あるよ。自分と違うから、気に入らないからって理由で、傷つけ合う事も……酷い(いじ)めかてある……」


 少し我に返り、暗いトーンに落ちた。今までの日常で見聞きしている事、現実を思い出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ