幕間
「あぁっ!!もう!!」
鳥越るりあは、乱暴にヘルメットとグローブを外すと床に投げつけた。
「負けたぁぁあ!!ぐやじぃよぉおおお!!」
鳥越るりあは、傍目には立てば芍薬座れば牡丹、と評される清楚可憐な美少女である。
しかし、今は荒れ狂ったゴリラの様に暴れていた。
顔は悔しさ故の涙でぐちゃぐちゃである。
彼女が最近どハマリして遊んでいるゲーム、【EEO】にてとあるプレイヤーに決闘を挑み負けたのだ。
それも、10回決闘して、10回とも惨敗してしまった。
仮にも、【EEO】ではトッププレイヤーの一人として数えられている。
それが自慢だった。
負けるはずがないと、そう思っていた。
自信があった。
決闘相手は、とあるイベントでこちらをおちょくって来た張本人だった。
ゲームがリリースされた初期からプレイしているプレイヤーらしかったが、トッププレイヤーとして有名でないのなら、そこまで強くはないと考えていた。
そう、少なくともトップファイブとして認められ、名前が知られている自分よりは強くないと判断したのだ。
だと言うのに、負けた。
手も足も出なかった。
(【終末天使の喇叭】も【神狼】も、ほんとに使わなかった)
ゲーム内で隠し要素と呼ばれている武器、テイムモンスターを、対戦相手のウォーレンは所持していたのに使わなかった。
決闘前に、使わないと宣言した通りに使わなかったのだ。
公式がゲーム内に隠したチートアイテム――イースターエッグは、手に入れるのがとても困難な代物だ。
運営のお遊び要素がてんこ盛りな、数々の試練の先に手に入れることができる。
やり込み要素が好きなプレイヤー、なかでもエッグハンターと呼ばれるコアな趣味を持つプレイヤー達が、このチートアイテムを探し、手に入れている。
持っていれば注目されるし、箔が付く。
ゲームを攻略していく上で強力なアイテムは、所持していて損をすることはない。
しかし、その情報はほとんど共有されることは無い。
自分で探し出して遊ぶことに意味があるからだ、というのがガンター達の言い分らしい。
ガンター同士ですら、せいぜいイースターエッグについては、ヒントを仄めかすくらいだと聞いた。
るりあにはよくわからない理屈だった。
ゲームを攻略する上で、そのプレイスタイルは効率が悪すぎると考えてしまうのだ。
「ロロは、納得してたけどさ!!」
他のオンラインゲームで知り合った友人、【EEO】でのプレイヤー名はロロピカルだ。
リアルでは会ったことはないが、同い年の女子高生だ。
そもそもの始まりは、ロロピカルが目をつけた新人プレイヤー――シャーロットの捜索だった。
とあるイベントで見つけたと思ったら、あっけなく返り討ちにされた。
そのあと、別の大型イベントでるりあはシャーロットを見つけ、雪辱を果たそうとしたら、またも返り討ちにあった。
そして、今回である。
シャーロット、その背後にいた黒幕。
そいつから直々に連絡がきたのである。
それは、ウォーレンという名前のプレイヤーだった。
シャーロットについて話したいことがある、というのでロロピカルと一緒に会った。
内容は、シャーロットについて粘着するのをやめろというものだった。
ウォーレンは、シャーロットがいる掲示板を見せてきた。
そして、捜索されていることにどう感じているのかを教えてきた。
「……怖がらせたのは悪かったけどさー!!」
想像以上に気持ち悪がられていたことも、るりあはショックだった。
彼女も、リアルでそういった粘着行為をされたことがあるから、考えが至らなかったのは反省すべき点だ。
今度、改めてウォーレンを通じて謝罪メッセージを送ろうと決める。
ちゃんと謝れていないからだ。
シャーロットのプレイスタイルは、ガンターに近いのだろう。
考え方が相容れないのは、もう仕方ない。
プレイスタイルが非効率でも、相手が楽しんでいるのなら口を挟むことではないのも理解している。
シャーロットの持つイースターエッグに関する情報はとても魅力的だし、なんならもう一度対戦したかった。
勝ちたかった。
あとロロピカルと一緒で、シャーロットのことを仲間にしたいなと、ちょっと考えていたのも事実だった。
けれど縁が無かったのだ。
その代わりに、るりあはウォーレンへ決闘を申し込んだ。
そして完膚なきまでに叩きのめされたのである。
ある程度わめくと、るりあは落ち着いてきた。
やがて、床に叩きつけたヘルメットとグローブを拾い上げながらぽそりと、
「……まさか、シャーロットが【エトルリヤの壺】を知ってる人だとは思わなかったなぁ」
そう呟いた。
るりあのプレイヤー名の由来だ。
「読書好きな人なのかなぁ」
言いながら、彼女の脳裏に浮かぶのは片思いをしている男の子だ。
同じ学校に通う、同じ学年の男子生徒だ。
けれどクラスは別だった。
るりあのプレイヤー名【エトルリヤ】は、その男子生徒が読んでいた本のタイトルから拝借した。
「…………」
るりあは、それからしばし考えをめぐらせた。
やがて、また【EEO】にログインした。
今度はサブアバターでのログインだ。
レベルは28の無名プレイヤーだ。
ログインした後、ウォーレンが教えてくれた掲示板を探し出し、表示する。
「文学が好きな人なんだなぁ」
【更級日記】についてサラっとシャーロットが書き込んでいた。
まるで、彼みたいだ。
続いて、シャーロットが立てたとされる掲示板を倉庫から探し出して読み込んでいく。
「……私も、これくらい詳しかったらなぁ」
きっと、シャーロットみたいな人なら、彼とも話があって会話も盛り上がるのだろう。
「でも、小説苦手なんだよねぇ」
せめて彼――荒木新太も【EEO】を始めてくれたら、同じ話題で話せるのになと考えてしまう。
しかし、彼はゲームをするタイプではない。
そう、思っていた。
その日の夕食時。
姉のえるから、新太もゲームを始めたと聞いた時、とても驚いた。
「え、お姉ちゃん、それ本当??!!」
「うん、荒木君がこの前そんなこと言ってたよ。
荒木君の弟君もゲーム始めたんだって」
「プレイヤー名とか聞いた?!
どんなアバター使ってるとか!!」
興奮気味に言うるりあに、えるは答える。
「そこまでは聞いてないかなぁ。
まだ始めたばっかりって言ってたし」
「そ、そっか」
「というか、自分から聞きに行けばいいじゃない?
同じ図書委員でしょ?」
というか、委員会関係なく新太は放課後図書室に入り浸っている。
つまり、図書室に行けば会えるのだ。
しかし、委員会の仕事に関係ないことで話しかけていいものか。
少し迷ったけれど、姉から聞いたといえばいいだけだ。
そして、一緒にゲームをプレイしようと提案してみよう。
「うん、そうする」
ゲームでは大敗したけれど、現実でいい事があったので、るりあの機嫌はすっかりよくなった。