幕間
クエストが終了するとともに、また予告が流れた。
まず、映し出されたのは瓶だった。
酒瓶のようにみえる。
瓶の中に数枚の紙切れと、そして今し方もらった白い何かが入っている。
晴れやかな空の下、出航する帆船。
その航海の先に待ち受ける、荒々しく猛り狂う波。
黒い波に飲まれつつも、突き進む帆船。
壮大な音楽が、その予告映像を彩る。
しかし、それは決して月のクエストのような華々しいものではなかった。
どちらかというと暗く、陰鬱な景色となってシャーロットの眼前へ叩きつけられる。
シャーロットは、その景色を知っていた。
荒れ狂う波の間を、今にも沈みそうになりながらも進む船。
その帆船の先に現れたのは、巨大な波だ。
どんな船をも飲み込み、海の藻屑にしてしまうだろうことが安易に想像が着いてしまう。
そんなとても巨大で、恐怖を抱くには十分すぎる黒々とした波が帆船へ襲いかかってくる。
その波のテッペンに、それはあった。
それは、ボロボロの帆船だった。
幽霊船、と聞いたら千人が千人とも同じ船を想像するだろう、ボロボロの帆船だ。
シャーロットの中の人物、新太の鼓動がバクバクと大きな音を立てた。
この光景を、新太は知っていた。
読んで、知っていた。
「……うそだろ」
信じられない、そんな意味の呟きだ。
映像は終わってしまう。
そして、【To Be Continued】の文字が現れた。
その文字もやがて消えると、ガヤガヤとしたNPC達のざわめきが聞こえ始めた。
そこは、事件現場の家の外だった。
横にはシーツお化け姿のアウストロが控えている。
目の前には、オールドマンと勝手に呼称している私立探偵が立っている。
「この白い骨の生き物の謎?」
シャーロットはオールドマンへと聞き返した。
すると彼はニヤリと笑って見せた。
「興味あるか?」
「あります」
「いいだろう!」
私立探偵は大仰に頷いて見せた。
すると、クエストが発生した。
目の前に、
【白銀世界の果てにて……】
というタイトルと、受けるか否か、つまり【はい】or【いいえ】の選択肢も出る。
推奨レベルは120。
この【EEO】では現在最高レベルである。
迷わず、シャーロットは【はい】を選んだ。
変な汗が流れる。
思い出すのは月に行くためのクエスト。
あの気球のクエストだ。
でも、今回のクエストで確信めいたものを感じていた。
そんなシャーロットにはお構い無しで、私立探偵は彼女の手の中にある白い骨を指し示しながら言ってくる。
「そいつの名称は、さっきも言った通り【テケリ・リ】という」
息を整え、心臓を落ち着けながらシャーロットは説明を聞いた。
それによると、これは酒瓶の中のメッセージとともにとある海岸に打ち上げられたという。
そのメッセージのなかにこの白い骨の説明もあった。
「メッセージを信じるならば、それは遙か世界の果てにある、氷と雪に閉ざされた
世界を旅した男の手記だった。
その氷と雪の世界に生きる白い不気味な存在のことを現地に住む人間たちは、【テケリ・リ】と呼んでいるらしい。
なんでも、その世界に住む鳥の鳴き声も【テケリ・リ】らしい」
「…………なるほど」
シャーロットは静かに相槌を打つ。
私立探偵は言葉を続けた。
「そのボトルメッセージが打ち上げられたのは、今から百年前。
このボトルメッセージはたちまち有名になった。
そうなってくると、物好きな金持ちや王侯貴族なんかが、世界にはまだまだ人跡未踏の地があると知って、我先にとその場所を目指し始めた。
白い不気味な存在のことも、都合よく解釈された。
とても珍しい生き物がいるってな具合にな。
程なくして、その世界の果ては発見されることとなる。
けれど、調査は遅遅として進まなかった。
「何故か、わかるか?」
「何故ですか?」
想像はついたけれど、確信がなかったのでシャーロットはそう返した。
「さっきも言ったが、氷と雪に閉ざされた世界には、昔からその土地に住む者たちがいた。
その者達は外からの客を歓迎はしてくれたものの、ボトルメッセージにあった【白い不気味な生き物】に関して訊ねると、全員口を噤んでしまった。
さらに、この白い骨をとある調査員が現地人に見せたら怯えきってしまい、さらにその恐怖からその調査員を殺害したという話だ。
それでもお構い無しとばかりに調査が始まった。
けれど、調査にならなかったらしい。
行方不明者に、死体、発狂者が続々出て、結局調査は中止される。
そこから百年間、この骨は好事家連中の間をたらい回しにされ続けた。
所謂、【呪われた品】って奴でな。
ほとんどの場合はそうじゃなかったらしいんだが、持ち主の中にはこの骨を手にした後、【テケリ・リ】とブツブツ呟きはじめ、さらに発狂して死んだ奴もいる」
「はぁ」
「見たところ、あんたは冒険者だろ?
ならあちこち行くだろうから、いい機会だしこの骨の生き物が生きていた場所にも行くだろうって思ってな。
この骨の生き物がなんなのか?
調査員を発狂させたのはなんなのか?
それを知る機会に恵まれるだろうって考えたわけだ。
だから、あんたに譲ろうと思ったんだ」
私立探偵はシャーロットの持つ骨を指さす。
シャーロットもそれに釣られて、自分の手の中にある骨を見た。
しかし、疑問もあったので再度顔を上げながら、
「でも、じゃあなんでこれを貴方は持っているんですか?
どこから、手に入れたんですか??」
そう聞いたが、その時にはすでに私立探偵の姿は消えていた。
まるで、煙のように消えていた。
「……俺も狂い始めてるとか、ないよね??」
この手の話もシャーロットの中身である新太は知っていた。
それ故の呟きだった。
さて、どうしたものか。
「あ、そうだ」
底辺ガンターに聞けばいいのだ。
幸いにも、掲示板に来てくれている。
掲示板には、この白い骨をもらったことしか書き込んでいない。
予告を見た事、さらにクエストが発生しそれを受注したことを報告して、他のガンターから、なんならこのクエストを教えてくれたガンターから情報を聞き出せないか確認しよう。
シャーロットは、そう決めて早速底辺ガンターへメッセージを送ったのだった。
掲示板に報告も兼ねて書き込もうかとも思った。
けれど、イースターエッグの情報はなるべく流さない方がいいとのことなので、まずはプレイヤーの先輩でもある【底辺ガンター】に聞くのがいいだろうと考えたのである。
ほどなくして、返信が届いた。
《ちょっと待ってろ。
ガンター仲間に確認してくる》
ということは時間が掛かるだろう。
一度、休憩した方がいいかもしれない。
シャーロットは、その旨をさらに返信する。
何時頃に戻ってくるかも明記してある。
そして、ログアウトした。
***
「ふぅ」
ログアウトし、ヘルメットを取る。
それから、興奮を抑えつつ立ち上がり本棚の前へ。
「………」
そこに並べてある本の中から、二冊手に取る。
ポーの全集、その中の二冊だった。
この前の大会で優勝した時の賞金で、ようやく全巻揃えられたのだ。
ポーの全集の横には、彼の作品がきっかけで読むようになったラヴクラフトの全集が並べてある。
こちらも、賞金でやっと全巻揃えられた。
手にした全集を持って、机に移動し腰掛ける。
二冊を並べて開く。
携帯端末で現在の時間を確認する。
午前十時半。
約二時間半、ゲームをしていたらしい。
新太は、端末を操作してタイマーアプリを起動させる。
そして、広げた本を読み始めた。
確認のために。