幕間
スーの母親が用意してくれた昼食を食べながら、現在挑戦中のクエストについて新太達は話す。
「そういやさ、港に出てたよろず屋の商品ラインナップの中に、【女神パン】って言う菓子パンがあったんだけど」
そう切り出したのは、新太だった。
「説明には、デフォルメされた女神の形をした菓子パンで、他大陸の一部の国ではお祭りとか神聖な儀式で供物として捧げられることがある、神聖なパンって書かれてたんだ」
「うん」
「でな、【女神パン】って名前の上にはルビが振ってあって、フォスティアって読むみたいなんだ」
つまり、商品としての表示は【女神パン】となる。
「……吸血鬼関連じゃなければ、そこまで深くは考えないけど。
読み方は、わざとっぽいな」
ハムサンドをパクパクと食べつつ、スーは答えた。
「あ、やっぱりそう思う?」
スーの返しに、新太もツナサンドを食べつつ返す。
スーはモグモグごくんとハムサンドを飲み込んで、麦茶で喉を潤してから言ってきた。
「宗教的なものって、ちょっと規制かかることあるからな。
五芒星とか六芒星とか。
色々そういう大人の事情で、1部の映像作品等に出せなくなったとは聞いたことある」
「それは、俺も聞いたことある」
ただし、自国のものに関しては緩い感じもする。
そうでなければ、【青頭巾】をベースにしたクエストの時、【青頭巾】ベースの内容もだけれど、新太がシャーロットとして口にした詩やその後の展開もダメになってしまう可能性も高いからだ。
新太は続けた。
「わざと音読みで似せてきたとかかな?」
スーが答える。
「俺もそう思う」
暫く、二人は黙って今度は同時にタマゴサンドに手を伸ばし食べる。
そして、二人同時にタマゴサンドをごくんと飲み込んで、麦茶を飲んだあと、会話を続ける。
「じゃあ、戻ったら買お。
あと、よろず屋の商品ラインナップに粘土もあったから、それも一応買っとこ」
粘土は生産職向けの素材だ。
けれど、生産職をとっていないプレイヤーでも購入出来る。
「それがいいな。
たぶん、ヴァン・ヘルシング教授と同じことをするんだろうな」
「でも、【女神パン】買おうとしたら、パイルバンカーさんに止められたんだよなぁ」
「え、そうなの?」
スーが意外だ、と言わんばかりの反応を見せてくる。
「なんか、普通に行けるほかの街でも手に入れられるらしいんだけど、菓子パンってあるから試しに買って食べたことあるんだって。
でも、美味しくなかったんだってさ。
EEOはたしかに他のゲームに比べて、わざと食べ物の味を落としてるみたいだけど。
パイルバンカーさんの反応からして、たぶんその中でも一、二位を争うくらいに不味いんじゃないかなって。
これは、パイルバンカーさんを見た上での勝手な想像だけどね」
「まぁ、現実の元ネタであろうアレも、食べたことは無いけど説明だけ見たら、そんなに美味しいものでもなさそうだしな」
スーは、手元の携帯端末で【女神パン】の元ネタを検索して確認すると言ってきた。
ちなみに、この2人が元ネタと睨んでいるのは【聖餅】である。
「でも、元ネタの【吸血鬼ドラキュラ】だとヴァン・ヘルシング教授がそれでルーシーの墓所の扉の隙間を塞いでたし」
先程から出ている、ヴァン・ヘルシング、そして今しがた出たルーシーというのは、【吸血鬼ドラキュラ】に登場するキャラクターである。
ドラキュラと並んでヴァン・ヘルシングは有名だが、それ以外の登場人物は意外と知られていない。
せいぜい、もう一人のヒロインであるミナ・ハーカーくらいだろうか。
「……ゲーム再開する前に、原作見とくか?」
スーが提案した。
スーも【吸血鬼ドラキュラ】を持っているのだ。
というのも、亡くなったおばさんの部屋からは小説の【吸血鬼ドラキュラ】が10冊ほど出てきたのである。
そのうちの一冊をスーももらっていたのだ。
おそらく、購入したことを忘れ同じものを買い続けたのだろうと思われる。
なんなら、【そして誰もいなくなった】は三冊、ラヴクラフト全集の一巻は五冊あった。
ほかの作品でも同じものが複数あったが、ここでは細かな内訳は割愛させていただく。
これは、本好きあるあるだったりする。
「そうだな、そうしよう」
新太もとくに拒否することもないので、スーの提案に頷いた。
作中引用
【そして誰もいなくなった】アガサ・クリスティ著
【ラヴクラフト全集】ラヴクラフト著