幕間 古本市
次第に夏めいてきたある日の休日。
新太は、従兄弟との待ち合わせ場所へと向かっていた。
自転車を漕ぎ、やってきたのは公園である。
あちこちで親子連れが遊具で遊んだり、持参した玩具で遊んでいたりする。
公園の中を見回して、新太は目的の人物を見つけた。
同時に、目を丸くする。
従兄弟はなんと、年上の女性と一緒だったのだ。
二人仲良くベンチに座り、なにやら楽しそうに会話を交わしていた。
女性は新太に背を向けていて、従兄弟からは女性越しに新太が見える位置となっていた。
そのため、従兄弟がすぐに新太に気づいて軽く手を挙げ、振ってきた。
新太も軽く手をあげ、挨拶代わりに振る。
続いて、女性がこちらを振り返った。
女性の短く切りそろえた黒髪が揺れた。
やはり年上の女性である。
二十歳前後くらいだろうか。
両親の先天的な身体の事情で従兄弟に姉はおろか妹すらいないので、おそらく彼女が新しく出来た友人なのだろう。
もしかしたら彼女かもしれない。
どちらにせよ、一体どこで知り合ったのか気になるところだ。
新太は二人の座るベンチに歩み寄り、女性に向かって会釈した。
それから、従兄弟を見た。
従兄弟が女性へ新太を紹介する。
「考さん、話していた従兄弟の新太です。
新太、こちら考さん」
「はじめまして」
新太がそう挨拶した。
一方、考と呼ばれた女性は微笑むと、
「こちらこそ初めまして。
少年のことはスー君と読んでいるが、君のことはなんと呼べばいいかな?」
そう聞いてきた。
新太が答えつつ、首を傾げる。
「新太でいいですよ。
スー君?」
従兄弟が手を軽くあげて、
「俺の事。あだ名だよ」
従兄弟の本名とは、全然欠片も引っかからないあだ名である。
由来が気になる。
「ま、話は歩きながらでもできる。
早く古本市行こうぜ」
従兄弟はそう言うやいなや、さっさと歩き出した。
考が苦笑してその後に続く。
新太も、それに続いた。
古本市が開催されているのは、公園から歩いて数分の公民館内だった。
県内外の古書店が参加してるらしい。
道すがらの従兄弟の説明は新太にではなく、考に向けられたものだ。
「君も読書好きなのか」
一通り従兄弟が話し終えると、考は新太へそう聞いてきた。
「えぇ、まぁ、こいつには負けますが」
ウキウキと歩く従兄弟を見ながら、新太はそう返した。
「?」
考の顔に疑問符が浮かぶ。
「こいつから聞いてません?
五右衛門風呂事件」
「なんだい、それ?」
どうやら聞いていないらしい。
「こいつ、風呂に入ってる時も、普通の本や端末を使って電子書籍を読むんですけど」
「それはスー君から聞いたことがあるな。
それでその端末が壊れたとかなんとか」
「壊すまでの間にこんな事があったんですよ」
そう前置きをして、新太は五右衛門風呂事件なるものを説明した。
端的に言うと、電子書籍を風呂で読んでいた従兄弟は事もあろうにそのまま寝落ちしたのだそうだ。
しかし、端末だけは死守せねばと思ったのか、頭や体は湯船に沈みつつも、腕をめいっぱいあげて端末を水没から遠ざけようとしていたのだ。
それを見つけたのは従兄弟のお母さんだったのだが、まさにミステリで死体を発見したキャラのような悲鳴を上げたらしい。
「あぁ、なるほど。
だから五右衛門風呂事件か」
呆れているのか、面白がっているのかわからない笑顔で考は納得していた。
「ところで、考さんはこいつとどうやって出会ったんですか?」
「ん?
んー、まぁ、ちょっとした謎解きを一緒にした仲だよ。
私もミステリが好きでね」
「へぇ」
まぁ、だろうなとは思っていた。
従兄弟と親しくなっている時点で、本絡みであるのは当然といえば当然である。
「でも、スー君は何でも読むからなぁ。
国の内外問わず古典文学を読んでいたかと思えば現代の小説も読むし」
「あー、まぁ、こいつの場合ジャンル問わずですね。
ノンフィクション作品も読んでますから」
「おや、そうなのか。
ノンフィクションを読んでる所は見たことがなかった」
「【フォーセット探検記】なんか、昔よく読んでましたよ」
「失われた都市Zだな。
まぁ、彼はただ単にZ呼称していたらしいが」
さらりと出てきた言葉に、新太は驚いた。
なるほど、まさに従兄弟の友人である。
話が合うのだろう。
そこで、従兄弟が新太達を振り返った。
「探検や冒険で思い出した。
新太、オンラインゲームやってんだって?
なんつったっけ?
いーいーおー?だっけ??
楽しい?」
「んー、まあ、それなりに」
「活字中毒者のお前がなぁ、今年は大雪になりそうだ」
「いやいや、それがさ結構古典文学作品のオマージュのクエストがあってさ。
結構楽しいぞ」
「へぇ、そうなんだ」
新太は従兄弟の反応を見て、それとなくゲームに誘ってみた。
その反応はと言うと、
「んー、たしかに楽しそうだな。
でも、ゲームをする環境を整える金がないからいいや」
こんな感じだった。
そこに考が口を挟んでくる。
「お下がりでいいなら、私が使っていたものをあげようか?」
「「へ??」」
「君たち、まるで双子みたいだな。
顔もよくよく見ると瓜二つだし。
私もたまにゲームをしてるんだ。
でも、この前新機種のハードやギアを買ってね。
前のはもう使わないから、あげるよ」
考の言葉に、二人は驚いた。
といっても、驚くポイントはそれぞれ違ったが。
そして従兄弟が、言葉を返した。
「いいんですか?」
「もちろん。
ちゃんと初期化して渡すから、その辺は心配しなくていい。
こっちとしても、処分の手間が省けるからな」
「じゃあ、言葉に甘えさせていただきます」
「それじゃ、今度渡すよ。
ただ、EEOのソフトは持って無いんだ」
「あ、大丈夫です。
それくらい自分で用意しますよ」
ソフトを買いに行って、本代に消えないことだけ祈ろう、と新太は思ったのだった。
同時に、
(それにしても、双子か。
わかる人にはわかるんだなぁ)
新太はそう内心で呟いたのだった。