ギルミアの邂逅
「う、うわああああああ」
ギルミアの足元が途端になくなると、ヒュリュリヒュリュリと落ちていく。
「良い人生を」
ダークエルフのその声は、大きな声ではなかったが、落ちながらになぜかギルミアの耳に大きく聞こえた。
ギルミアは落ちた。どこまでもどこまでも。美しき清浄なエルフの森から、下界へと。
「ぎゃー!」
地面にぶつかる寸前、ふわりと浮くと衝撃ほぼなくギルミアは地面に横たわった。
「フハハハハ」
残響するようにあのダークエルフの声がすると、やがて消えた。ギルミアは、すぐさま口を覆った。下界の空気は悪いとエルフの中ではもっぱらの噂である。
ーーーここはどこだ
あの野郎、とダークエルフのことを思いながらもギルミアは辺りを見渡す。
薄暗い森である。何かどんよりしているようにギルミアは感じた。夕日が木々の間から差している。やはり口を覆いながらに、ギルミアは絶望した。そりゃそうだが、この場所に全く見当がつかない。前も後ろもわからない。なんかちょっと寒い。もう嫌だ。布団が恋しい。おうちに帰りたい。
「うわああああああああああああああ」
大声で泣いた。鼻水も涙も出る。森は静かで、ギルミアの泣き声と葉擦れの音だけがあった。
「姉様あああああ!フー!」
叫んでも、やはり誰も現れない。何かあきらめるように、ギルミアはとぼとぼと歩き出した。お腹が鳴る。飯も全然食べていないのである。
森が開けると、草原の向こうに夕日があった。途方に暮れて歩いていたギルミアの周りを、ザザざと緑色の影が囲んだ。ゴブリン族であった。
「エルフたあ珍しい。高く売れるぜえ」
他よりも2倍はあるだろう一際大きなゴブリンが言った。ギルミアは、「ひいいいい」と腰を抜かした。
大きなゴブリンが近づいてくる。右手にはナイフを持っていた。
ギルミアは、ただただ恐怖の中で、目を瞑った。ゴブリンがギルミアを掴もうとしたその時、がきんとナイフを弾
く音がした。ギルミアが恐る恐る目を開けると、
「んだあ、お前!」
大きなゴブリンが仰け反った。ギルミアとそのゴブリンの間には、小さな体のボロ切れのようなものを着た女の子がいたのである。
大ゴブリンが、反対の手で持った棍棒を振り上げる。女の子は、それを最も簡単に掴むと、無言のままに大ゴブリンを持ち上げ、そのまま上下に動かす。
「ドワーフ!おやびんを降ろせ!」
周りのゴブリンが言うと、女の子は仕方なく大ゴブリンを下ろした。
スタコラさっさとゴブリンたちが駆けていく。
ーーーなんなんだよ、一体
ギルミアは、空いたお腹と疲労となんやらかんやらで、地面に力なく横たわった。平行の視界に、草原の向こうの夕日が見えた。下界にも、美しい景色があるんだなといつの間にか口元を覆っていないことに気づいた。空気もエルフの森と変わらず、悪いものではなかった。へたへたと、ゆっくりと失われていく意識の中で、パチリと小さく電気が走る音を聞いた。そして、担がれている自分に気づいた。そのボロ切れを着た、小さな女の子に。ギルミアは、目を閉じた。安心のままに、安楽のままに、その小さな大きな背中に身を預けていた。




