ギルミアの旅立ち
「境のもの、とでも言おうか」
ダークエルフ。エルフの中でも高い魔力をもち、その一族は少数ながら強い権力を持つ。しかし、なぜこんなところに。
「なぜこんなところに、と言った顔をしているな」
「げ」
「ふふ、面白い。根は単純なやつらしい」
「出会って数秒で何がわかる」
ムッとなってギルミアは答えた。ダークエルフがなんぼのもんじゃい、とふんぞりかえる。
「そして自信家。さて、お前」
「ギルミア・トロツキーだ」
ふふんと言い放った。トロツキー家といえば知らぬものはいまい。
「で、お前は」
「ギルミア・トロツキーだ!」
「はいはい。で、ギルミア君は、どうも」
とダークエルフが近づいてくる。ギルミアは怖気付き、後退りするがダークエルフがそのギルミアの袖を引っ張
り、目の奥を覗き込むように見た。
「面白い魔法にかけられているな」
「あ、あんた、なんで無事なんだ」
男だと思っていたが、近くで見ると胸がふくらんでいる。女なのに電撃が走っていないことに、ギルミアは驚いた。
「ははは、私はちんも付いておる。男でもあり女でもあるが、男でもなければ女でもない」
ギルミアは、得体のしれないものを見るようにダークエルフを見た。
「性別がない、だからこそそこに真の情を見る。君には難しいかな、ハンサムなギルミアくん。さて、そんな君に問う。世界は平和か?」
なんだかめんどくさいやつだな、とギルミアはやはり後退りする。
「さ、さあな」
ダークエルフはギルミアの足の爪先を踏んで制し、さらに顔を近づけ言う。
「そうだろう。お前という人種にとってはどうでもいいだろう、世界がどうだろうと。ではさらに問う。お前は幸せか?」
「俺が、幸せか?そりゃそうに決まって」
ダークエルフ特有の大きな黒目が不気味にもギルミアを覗き込む。両親は早くに他界したが、金には困っていない。友達はーーーまあいい、だが女には困らなかった。何せ俺はハンサムだから。だが、誰とも長続きがしなかった。姉たちに魔法をかけられた今、どの女も俺に寄ってこない。ましてや家出した今、金もない。俺はハンサムで、俺はトロツキー家のもので、女たちの瞳には、何が映っていたんだろう。抱きしめてくれさえすれば、その時は好きになれた。その時は。だけど、なんだろう。
「虚しさが残る。虚構だよ。それは愛じゃない。余白を埋めたかのように見せる虚構だ。瞬く間に虚しさとなり、また新たな虚構を求める。果てに何がある?ギルミアくん」
全てを見透かすように、ダークエルフがさらに続ける。
「うるさい!お前こそ、こんなところで一人で何してんだ!ただのボッチだろう!」
ギルミアはダークエルフを突き放した。
「ははは、すまない。わかってしまうというのも辛いものでね。一番臆病なのは私だよ。だからこんなところに一人いて、君のようなものを揶揄うことで未練に縋り付いている。さて、ここは境。ここより先は、エルフの森を超える。その魔法を解く鍵は外にある。行くかね?」
ダークエルフの言葉に、ギルミアはたじろいだ。
「ま、まあ、金も飯もないし、とりあえずは家に戻ってまた今度」
「家出するとおお見えきったのだろう」
「さすがに森を出るってのは、姉ちゃんが心配する」
「家出をするというのは嘘で、自分は変わったんだとそういうフリをしたかっただけなんだね。それが許されるのは10代も前半のうちだけさ。金も飯も、ほれ」
とダークエルフがポンと手を叩くと、大きなリュックサックがギルミアの頭の上から落ちてくる。
「うげっ」
「その中にあるぞ」
「いや、しかしですね」
となぜか敬語気味になりやはりたじろぐギルミアに、ダークエルフは続ける。
「天使など迎えには来ないよ、末っ子くん。だけど、君はいつまでたっても進まないだろう。だって君だもの。まあしかし、そんな君がここまでは勇気を出してきたんだ。だから、私が」
ダークエルフが手をポンと叩く。
「背中を押してあげよう。天使を探すことはできる」
「う、うわああああああ」
ギルミアの足元が途端になくなると、ヒュリュリヒュリュリと落ちていく。
「良い人生を」
ダークエルフのその声は、大きな声ではなかったが、落ちながらになぜかギルミアの耳に大きく聞こえた。