ギルミアの家出
「どういうことだ、フー!」
屋敷に戻るなり、ギルミアは怒った。
「何が?」
「とぼけるな!」
と掴みかかろとするギルミアを、フーはさっと避けた。
「なんで避けた」
「電撃が走るからよ」
「全部知ってるなお前!」
「そういう魔法よ」
「どうすれば解除できるんだ!?」
「私もよくわかんないけど、とりあえず『カミの胆石の欠片』『リュウの親指の爪』『アリの巨大なフン』を集めればいいんやないの」
「なんだよそれは!?」
「知らなわよ。お姉さまに聞きなさいよ」
フーに言われ、ギルミアは歯軋りをする。ハー姉様とヒー姉様にはギルミアは全く頭が上がらない。しかし、この非常事態に、人生で初めてと言っていいほど、ギルミアは反抗心を持った。
「もういい、家を出る」
姉様たちもそこまではすまい、この人たちのいないところへ行ってとくと心配させてやる。
「どこへ行くの。あなたはトロツキー家の長男、お姉さまが調べを出せばすぐに見つかるわよ。ましてや女に触れられない。どうせあんたのこと、男友達はいまいに」
フーの言葉に、ふとギルミアの頭にトニーが浮かんだが、そういえば全くトニーのことを知らないなと思った。その辺で女を引っ掛けて泊まることもできない。
「うるさい!うるさいうるさい!」
言った手前引けなくなる。ましてやフーの呆れたような視線があればなおのこと。ギルミアは部屋に戻り、最低限の身支度を整え家を出た。
「待ちなさい、本当にどこへ行くつもり!?」
「国を出てやる!」
「エルフの国を?下界へ行くというの?」
フーに言われ、ギルミアは立ち止まる。下界へ。高貴なエルフの、さらに貴族であるギルミアである。下界にはゴブリン、ドワーフ、ジャイアントなどなど、それはおぞましく汚らしいものたちが住んでいる。エルフは高い魔法力を持ち、皆から崇拝されている存在である。と幼少期よりエルフの国では教えられる。下界へは行くのもではなく、他種族が他所からエルフを伺ってくるものである。
「うるさい!」
しかしギルミアは出た。意地である。
若者たちの街。女たちはいるが、ギルミアは電撃を恐れてどこか節目がちに、近づかないように歩く。見知った姿が見えた。
「トニー!」
ギルミアが近づいていく。
「なんだ、昼間に珍しい」
と酒瓶を抱えたトニーは答えた。自分が飲むためではない。配達するためである。
「泊めてくれないか」
「なんだ、トロツキー家のお坊ちゃんが、社会見学のつもりか?」
トニーは目を細めてギルミアを見た。
「いや、そうではないんだが」
「金はあんのか」
「手持ち分ぐらいは」
勢いで出てきたので、ほとんどない。
「ちっ、貴族の坊ちゃんがよ。女にも避けられるし。忙しいんだ、またにしてくれ」
とトニーは駆け足で酒瓶を運んでいった。
辛い言葉であった。だがそれよりも、なんだか唖然と、ギルミアはトニーを、街を見た。
お店では人が働いており、ねじり鉢巻をして建設業をするもの、子供たちを引き連れ統率する先生、小さな子供を抱っこして買い物に勤しむ主婦。昼間に街に来たことがなかったわけではないが、何か初めて見るように人々を観察した。当然のように忙しく動き回っている。立ち止まっているのは、何もしていないのは、自分だけである。夜遊んでいた連中も、みんな昼間は働いているのだ。俺はただ、呑気に遅くに起きて、夜ふらっと遊びに行く。大きな壁が、そこにはあった。俺は金があるだけの、ただのイケメンだったんだ。社交界でのギルミアもモテた。女は寄ってくるし、女はすぐにうっとりとギルミアに落ちた。しかし釈然としない何かがあった。トロツキー家の、ただのイケメン。
女と肩が触れた。
「キャッ!」
と女に電撃が走り、女はギルミアを何か得体のしれないものを見るように見た。
女にも触れられず、そして今やトロツキー家すら手放そうとしている。
孤独感が募る。現在の自分に、ではない。過去の自分も含めて、誰も俺を俺を、ギルミア・トロツキーを本当に愛したものなどいなかったのだ、と。
ギルミアはとぼとぼと歩いた。街を過ぎると、そこには深いエルフの森があった。まだ日は高かったが、高木の影が落ちており、薄暗かった。何を求めて彷徨うのか、わからない。ただ、歩いた。いく宛もなく。天使が自分を迎えにきてはくれまいか、他力本願な思いのままに歩いた。
ぽろんと、いい音がなった。ぼんやりと音の方を見た。
「こんなに深く、珍しい」
と言ったのは、ダークエルフであった。
「あなたは」
「境のもの、とでも言おうか」