童話 『ギルミア・トロツキーの恋愛』 その実態
ーーー姉さんたちに変な魔法をかけられたな、まあいいだろう
今宵もギルミアは、家をこっそりと抜け出そうと忍足で部屋を出る。
「ぼっちゃま・・・」
玄関口で執事のセバスに声をかけられる。
「なんだ、セバス、文句あんのか」
と冷たい目でギルミアは見返す。
「いえ、何も」
とセバスはため息まじりで去っていく。
「あんたねえ」
背後から声をかけられ、びくりとギルミアは後ろを振り返る。
「なんだ、フーか」
姉の一人、フーである。姉は姉でも、フーはギルミアの双子の姉である。
「セバスさんがかわいそうでしょう。普段はいい子ぶるくせに」
「ふん、うるさいやつだな」
「遊び回ってたら、さすがに姉さんたちにバレるわよ。女をとっかえひっかえしてる。すぐ噂になるわ」
「バレやしないさ。下町の噂なんぞ、上にまでは上がってこないさ」
とフーの言葉にもギルミアはどこ吹く風である。ギルミア・トロツキー。ギルミア家の末っ子にして長男であるが、とにかく甘やかされた。両親を早くに亡くしたこともあってか、ハー、ヒーの二人の姉は特にである。ギルミアは、二人の姉の前では猫を被った。端正な顔立ちと品行方正、執事にも優しく接するなよくできた弟。二人の姉はまさかギルミアが執事のセバスに冷たい態度を取り、さらに夜な夜な遊びに行っているとは知らない。そもそも、ギルミアの夜遊びはハーとヒーが結婚し、二人が実家を出てから始まった。双子の姉であるフーは元々ギルミアの女好きを知っていたので、姉二人という蓋のなくなったギルミアは、大いなる解放を得たのである。貴族の間で女遊びはリスキーだ。狭い世界だから。下々の女を漁る方が、実は安全なのだ、とはギルミア理論。
「あの変な魔法、お前が姉さんたちに頼んだのか?」
ギルミアは疑いの目をフーに向ける。昨日、姉3人に謎の魔法をかけられた。
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「カミの胆石の欠片」
「リュウの親指の爪」
「アリの巨大なフン」
三人が声を揃えて言います。
「「「揃いしとき、真実の愛の扉開かん」」」
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ーーーなんだったんだあれは
体に何か変化があったわけではないが、しかし気味が悪い。
「違うわよ。姉さんたちは単純に心配したのよ、純瑞な弟に言い寄る数多の女のなかに、悪い女がいるだろうってね。外見だけが取り柄のような女が」
「うるさいやつだな」
「女は強かよ。姉さんたちの想いをしっかり受け止めなさい。真実の愛を見つけて欲しいのよ」
「お節介がすぎるね。ところで、この魔法はなんなんだ?体になんの変化もないが」
「いずれわかるわ、愛しき愚かな弟よ」
とフーはあくびをして部屋へ戻っていく。
なんなんだあいつは、と思いながらもギルミアは外に出た。閑静な丘をこそこそと歩いていく。ここいらは大きな家が多い。街のネオンが見えてきた。
「よおギル!」
「トニー、いい女はいるか?」
トニーとは、初めてこっそり酒場に来たときに話しかけられた。別に詳しくトニーのことを知っているわけではない。ギルミアも、本名や素性をトニーに明かしていない。トニーはそこそこイケメンだし、二人ずれの女に話しかけるにはちょうどいい。だいたい一人で夜の街を歩いている女はほぼいない。こういう場所では二人でナンパする方が人数的に調整が利く。
いつものように手際よく、ギルミアとトニーは二人で歩いている女に声をかけた。
「向こうの店で飲もうよ」
と誘いだすと、女はすでにギルミアの魅力にメロメロである。ちょろいちょろいと肩と肩が擦れるほどの距離で歩く。女の一人とギルミアの肩が擦れる。
「キャッ!」
女がギルミアから離れる。
「大丈夫?虫でもいた?」
ギルミアの問いに、「ううん、なんだろう」と女は肩をさすりながら不思議な顔をしている。なんだこの女、と思いながらもギルミアは再び女と肩を近づける。ギルミアと女の肩が、触れる。
「いたい!」
女が再びギルミアから離れる。
「どうしたの?」
「う、ううん。ねえ、いこ」
女は、もう一人の女を連れてギルミアとトニーの元を去った。
「おいおい、どうしたんだ。かなりの上玉だったろう」
トニーがギルミアに呆れ顔で言った。
「知らねえよ。なんだあいつ」
とギルミアとトニーは人混みを歩き始める。
ふと、女の肩にぶつかる。
「いったい!」
と女が肩をさすりながら、ギルミアをさっと睨んでくる。
ーーーいや、そんなにぶつかってねえだろ
と思いながらも
「すみません、落ちましたよ」
とこいつも俺が顔を近づけて、手でも触れりゃメロメロよ、と落ちたカバンを拾い、渡す。渡すときに、ふと手が触れる。その瞬間
「いったあい!なんなのあんた!」
と女はカバンをぶんどり、ぷんぷんと去っていった。
ギルミアは、怒りよりも唖然と、立ち去る女を見ていた。
「どうしたんだ、まじで」
なんかめんどくせえな、という顔でトニーがギルミアを見た。
何かがおかしい。トニーには、とトニーの腕を持つ
「なんだよ気持ち悪いな」
と言われ、離す。うむ、何も起きない。
が、確かに、女体に触れると、ギルミアにも小さな違和感があった。静電気のようなピリッとしたものが、ギルミアにも感じたのである。女たちの反応は、静電気のそれではない。もっと大きな痛みを感じているような。
ふと、かけられた魔法を思い出す。
まさか。
まさかね。
女に、触れないなんてことはーーー
そばを女が通った。ギルミアは、はっと避けた。
まさかね。