童話『ギルミア・トロツキー』 序章抜粋
エルフの聖なる森に、うら若き美しき美男子エルフがいました。形の良い額、切れ長の目、高い鼻、すれ違うもの誰もが振り返ります。その美しくも尖った耳をぴくりと動かせばエルフ女子のすべてがメロメロになり、その色っぽい声で囁かれたのならばエルフ男子ですら胸がドキドキを抑えられません。その名もギルミア・トロツキー。彼はエルフの中でも高潔な貴族の子供であります。
「ギルミア、これを着てみなさい」
「ハーレ姉さま、ギルミアにはこちらのほうが似合うと思うわ」
「いいえ、ヒーレ姉さま、ギルミアにはこちらが」
ギルミアには姉が三人います。上からハーレ、ヒーレ、フーレという名前です。二人目から両親が命名をめんどくさかったとかなんとか。両親は早くに他界し、三人の姉はとてもとても過保護にギルミアを育てました。それも仕方のないこと、莫大な財産もギルミアが引き継ぐことになったからです。姉たちは、本当にギルミアを心配しているのです。
「ありがとう姉さん」
ギルミアはにこりと笑います。
「まあギルミア。なんて愛らしい」
とハーレだかフーレだかが言いました。
ギルミアはしかし時折姉さんたちの愛が重く、めんどくさくなります。断るのも面倒なので、勧められたままに服を着ました。袖や裾にヒラヒラがついた、男物か女物かと言われれば女物っぽい服です。
ーーー何を着ても一緒さ
ギルミアはその容姿よろしく、自信に漲っています。幼少よりチヤホヤされ、実際にかっこよかったので仕方がない。
さて、今日もトロツキー家の門を開けると、大勢の女エルフたちが並んでいます。どの女も召使いを連れた貴族です。
「ギルミア様、私と是非結婚を!」
名の知れた貴族の娘が言いました。
そもそもエルフ族は女の割合のほうが多く、恋愛に積極的なのも女の方です。ギルミアほどのイケメンになると寄る女は波のごとし。
「ギルミアと結婚したくばカミの胆石の欠片をもってこい」
ヒーレだかフーレだかの姉さまが無理難題を突きつけるます。
ときには他のエルフの森のプリンセスもやってきては
「ギルミア殿、我と婚姻を」
などと。しかし姉さま方は意に介さず
「リュウの親指の爪をもってこい」
とやはり無理難題をふっかけます。
ある日には、こんな無理難題を言ったりしました。
「アリの巨大なフンをもってこい」
もちろん誰も持ってくることはできません。ギルミアには、女たちは姉たちを除いてすべて一様に見えました。もちろん美醜の差はありますが、それでも一塊の無個性なものに見えるのです。
ある時、お姉様たちの目を欺いて、街にでかけました。実はギルミアは時々こっそりと出掛けているのです。そこで出会う女も、やはり一様に見えました。ギルミアが近づくと、頬を染め、うっとりとギルミアを見ます。その上目遣いに、何か嫌悪感すら覚えます。
「あ、あの、ギルミア、私とティーをいかがかしら?」
もじもじとしながらも、時折女の子がギルミアをナンパします。もちろんギルミアはまたか、と面倒くさくなります。
「すまないね、急いでいるんだ」
とそれでもしっかりと爽やかスマイルを貼り付け答えてあげます。邪険に扱うことはありません。ギルミアは笑顔を貼り付けるのが上手です。気の強い年上の姉たちの顔色を伺い生きてきたからでしょう。ギルミアはベンチに座り、中央広場の噴水の方を眺めます。3人の親子が楽しそうに歩いています。ギルミアは、羨望の気持ちでその親子を眺めています。男の子が買ってもらったアイスクリームをぺろりと舐めました。両親はにこりと笑っています。幼くして親を亡くしたギルミアは、両親の顔をぼんやりとしか覚えていません。ただ、母親の子守唄とその両手の感触はとても記憶に残っています。今思えば、下手くそな子守唄でした。両の手は少しがさがさしていました。なぜこんなにも覚えているかというと、ギルミアの記憶の始まりが母親の腕のなかで子守唄を歌ってもらっているときだったからです。母がギルミアの頬を優しくなでたとき、母のがさがさの皮膚が彼の記憶の扉を開いたのかもしれません。姉たちは言います。高潔な父に反して、母は下賤な身であったと。なぜ父が母を愛したのかがわからない、と。しかし、ギルミアの記憶に、母の下手くそな子守唄とそのがさがさの手のひらはずっとあるのです。それが善いものか悪いものかは、とうに両親を亡くしたギルミアには判断がつきませんでした。今日もぼんやりとどこかもやもやと噴水広場の親子たちを眺め、立派な屋敷に帰ります。
3人の姉が門前に立っていました。
ーーーやばい
慌ててギルミアは駆けます。
「ごめんなさいお姉様」
媚びたような上目遣いで、ギルミアは姉たちを見ます。いつもはこれで許してもらえるのですが、今回は違いました。
「ギルミア、あなたは成人を迎えました。女は悪い。女は恐いのです。あなたに悪くて恐い女が寄って来ているに違いありません」
あれよあれよと姉たちに連れて行かれると、ハーとヒーとフー姉さまたちは、ギルミアに魔法をかけます。
「カミの胆石の欠片」
「リュウの親指の爪」
「アリの巨大なフン」
三人が声を揃えて言います。
「「「揃いしとき、真実の愛の扉開かん」」」
ギルミアは、魔法にかけられたのです。