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雨と黒き貴公子  作者: 貴神
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雨と黒き貴公子(1)

今回は漆黒の貴公子の子供の頃の御話です。

其の日は、朝から強い雨が降っていた。


絶え間なく降り注ぐ雨が激しく窓を叩く中、赤子が産まれた。


酷い難産ではあったが元気な赤子の産声に、黒人の若夫婦は歓びの声を上げた。


一体どんな顔の赤ん坊だろう??


自分たちの初めての赤ん坊は??


赤子を取り上げた産婆が布で包み、微笑み乍ら夫婦に見せる。


初めて授かった我が子に、夫婦の表情は歓喜と緊張の入り混じった笑顔になった。


だが。


布に包まれた赤子を見た途端、夫婦の顔が強張り、一気に青ざめた。


赤ん坊は黒髪に白い肌だった。


黒髪は問題ない・・・・夫婦の髪も黒髪だ。


しかし肌は・・・・何故、白い??


純粋な黒人夫婦の間に産まれる筈のない赤子だった。


夫婦は愕然として目を見開いていたが、夫は信じられないと云う目で妻を見る。


妻は必死に首を振った。


「違うわ!! 私たちの子よ!!」


断固として不義を働いていない事を訴える。


だが夫は到底、信じられなかった。


わなわなと黒い唇を震わせると、夫は悪夢だと云わんばかりの形相で大声で言った。


「なんて事だ・・・・なんて事なんだ・・・・!!


君の事を信じていたのに・・・・君を本当に愛していたのに!!」


なのに君は、他の男と・・・・!!


ショックを露わにする夫に、妻は涙を浮かべ乍ら首を振る。


「違うわ!! 私たちの子よ!! 此の子は貴方の子よ!!」


「じゃあ何で、此の子の肌は白いんだ?! それとも何だ??


此の子は白子とでも云うのか?! だったら何故、此の子の髪は黒いんだ?!」


「判らないわ!! そんなの!! 私を疑うだなんて酷い!!」


「酷いのは君の方だ!! 君は俺の知らない所で、白人の男と寝てたんだ!!


此の赤子が何よりの証拠じゃないかっ!!」


異種の存在がもっと広く知られていれば、こんな悲しい終幕にはならなかっただろう。


妻を信じられなかった夫は半月もせぬ内に、


若い妻と小さな赤子を置いて何処かへと姿を消してしまった。


在りもしない疑いを掛けられ一人残された妻は、それでも赤子を育てるべく必死に働いた。


母親すら・・・・知る由もなかったのだ。


自分の子が異種の子供で在った事など・・・・。









異種の中では、波打つ蒼い髪と蒼い瞳の蒼花あおはなの貴婦人が、


殿方の間では大変人気だった。


彼女は小貴族の家に生まれた異種だった故に、それは厳しく育てられたが、


子供の頃から教え込まれた彼女のバレエの技術は非常に高く魅力的で、


更に女性らしい穏やかな物腰と美しい顔立ちに、多くの殿方たちは勿論、


同族のしろの貴公子やきんの貴公子も、何とか彼女を落とせぬものかと考えていた。


だが、そんな男たちの夢も儚いものとなってしまった。


何故ならば・・・・。


一体何がどうなれば、こうなってしまったのか、蒼花の貴婦人は一族一の根暗な男、


漆黒しっこくの貴公子と恋仲になっていた。


二人のデートは専ら、同族の集まりや夜会だった。


此の日の南部での夜会でも二人は揃って出席し、暫く接待をすると、


切りの良いところでサロンを出て、二人並んで回廊を歩いていた。


漆黒の貴公子の顔は無表情だったが、笑顔を浮かべている蒼花の貴婦人を見るからに、


二人は楽しそうだった。


特に会話をするでもなく、二人は渡り廊下に出る。


廊下の左手側には庭園が在り、雨がしとしとと降っている。


見目良く整えられた草木や花が瑞々しく濡れて光っている。


漆黒の貴公子は其の雨降る庭園をじっと見ると、どうしたのか、


廊下から外へ足を踏み出そうとした。


其れを蒼花の貴婦人が止める。


「漆黒の貴公子様。其れ以上行かれましたら、濡れてしまいますわ」


蒼花の貴婦人にそっと腕を引かれて、漆黒の貴公子は、はっとして空を見上げる。


「そうだった・・・・済まない」


闇を司る異種で在る漆黒の貴公子は、雨に濡れる事を好いていた。


其れ故、無意識に雨の降る外へ出てしまう事が多々在った。


そんな少し変わった黒髪の恋人に、蒼花の貴婦人は微笑む。


「本当に・・・・雨が御好きなのですね」


蒼花の貴婦人は屋根の端下へ来ると、懐かしげに雨夜の庭園を眺める。


ザーッと降り続ける雨の中、廊下の灯りが植物の水滴を反射してキラキラと光っている。


「漆黒の貴公子様を初めて御目にした時も、こんな雨の日でございました」


蒼花の貴婦人は初めて漆黒の貴公子と出逢った日の事を、思い出していた。









此の頃、夏風なつかぜの貴婦人と翡翠ひすいの貴公子は、


ゼルシェン大陸南部の上流貴族シェパード家本家の館で暮らしていた。


二人は異種本来の姿を人に晒していたものの、まだ其の存在を人々には受け入れて貰えず、


シェパード家で身を匿って貰っていた。


そんな二人の大きな後ろ盾となってくれていたのが、


白銀はくぎんの貴公子の叔母で在るシャルロットであった。


白銀の貴公子は十三歳にしてシェパード家の当主の座に就いていたが、


其の実権を握っていたのはシャルロットであった。


自分の伯母と甥に異種を持つシャルロットは、大胆且つ斬新な思想の持ち主で、


異種と云う異端の存在に寛大であり、夏風の貴婦人と翡翠の貴公子を屋敷に迎え入れ、


畏れ多くも女の身で在り乍ら、大陸に一大革命を興そうと考えていた。


其の革命の同志を集おうと、此の日、シャルロットはオードリー公爵家を訪れていた。


オードリー公爵は古くからシェパード家とは仲が良く、シャルロットとも良い友人だった。


シャルロットが三人の異種を連れて来ると、オードリーは大歓迎した。


連れて来られた異種は、シャルロットの甥で在る白銀はくぎんの少年と、


夏の太陽の様な長い橙銀とうぎんの髪の女と、美しい翡翠の髪の男だった。


「いやぁ、よく来てくれた。シャルロット」


笑顔で迎えるのは、白っぽい髪をオールバックに白髭を生やした中年の男、オードリー公爵だ。


「御機嫌、如何?? オードリー」


金髪碧眼の体格の良いシャルロットは、扇子を手に、にこりと笑う。


「ハク。少し大人の話が在るから、ソウと遊んでいらっしゃいな」


叔母に言われて、金髪にターコイズブルーの瞳の異種の少年は聞き分け良く頷いた。


「はい。叔母上」


一人のメイドが白銀の少年を案内する。


一階の廊下を歩いてついて行くと、よく来るサロンへと通された。


部屋の中では、見慣れた少年が椅子に足を組んで座っていた。


「やぁ、ハク。御機嫌、如何かな??」


レモネードのグラスを片手に、大人ぶって笑う長い白髪に白い瞳の少年は、


幼い頃からの白銀の少年の友人だった。


挿絵(By みてみん)


「やぁ。久し振り、ソウ」


白銀の少年は、にこりと笑うと、メイドに勧められて、向かいの椅子に座る。


ソウはグラスをテーブルに置くと、肩に掛かった己の髪を優雅に手で払い乍ら言う。


「今日は生憎の雨だしね、チェスでもしないか??」


「うん、しようか」


白銀の少年が頷くと、メイドがテーブルにチェスの用意をする。


更に焼き菓子と紅茶が運ばれて来ると、机に並べられる。


ソウは白の駒を手に持つと升目を進め乍ら、興味有り気に言ってきた。


「異種を連れて来てるんだろう??」


白銀の少年は黒の駒を動かし乍ら頷く。


「そうだよ。夏風の貴婦人と翡翠の貴公子だよ」


何処かワクワクした様に微笑んで言う白銀の少年に、ソウは胡散臭そうな顔をする。


「御前の叔母上が唆すから、父上は最近、異種の話ばかりする。


しかも白子の私の事を、『御前が異種だったらなぁ』って言うんだぞ。いい迷惑だ」


「叔母上は別に唆してなんかいないよ。夏風の貴婦人と翡翠の貴公子は、本当に素敵な異種だよ」


しかし、ソウは訝しい顔で白の駒を動かすと、ジャムビスケットを食べ乍ら言う。


「私は其の二人こそが怪しいと思うな。


大体、異種なんて者が、本当に此の世に存在する訳がない」


其の友人の言葉に、白銀の少年はターコイズブルーの瞳をきょとんとさせる。


「どうして?? 夏風の貴婦人も翡翠の貴公子も異種だよ。僕も母上も」


だが、ソウはクリームビスケットを手に取ると、可笑しげに笑う。


「そんな証拠、何処に在るんだよ?? 父上も父上だよ。


此れじゃ、御伽話のドラゴンでも居ると云っている様なものじゃないか??」


だが白銀の少年は真面目な顔になると、はっきりとした声で言う。


「僕にも母上にも、翼が在るよ。夏風の貴婦人と翡翠の貴公子にもだよ」


すると、ソウは鼻で、はん!! と笑った。


「じゃあ、其の翼ってのを見せてみろよ」


「無暗に翼を見せてはいけないって、叔母上に言われてる」


「ほら!! 其れじゃ判らないじゃないか!!


大体、大陸革命だの何だの、君の叔母上は、ちょっとイき過ぎさ」


「叔母上は、しっかりした人だよ」


「じゃあ、御前が異種だって証拠なんて、何処に在るんだよ??


金髪に碧い目の奴なんて五万と居るさ!!」


「君は白子かも知れないけど、僕も母上も夏風の貴婦人も翡翠の貴公子も、異種だよ。


二人を見れば判るよ」


「へ~~!! そりゃ、楽しみだね!!」


まるで信じようとしないソウは、紅茶ではなくレモネードをくいっと飲むと、


何かの気配を感じて窓辺へと視線を向ける。


「あ!! 又、あいつ、出てやがる!!」


大きな窓の外は庭園が広がっており、絶え間なく雨が降っている。


其の雨の中で、一人の黒髪の少年が俯き加減に立っていた。


白銀の少年も不思議そうに窓の外を見る。


「こんな雨の中、何を遣っているのかな??」


黒髪の少年は雨に打たれた儘、動く様子がない。


すると、ソウが笑った。


「あいつ、頭が変なんだよ。雨の日に限って、ああして、よく雨に打たれてるんだ。


何せ使用人のくせに、母親が浮気して出来た子だからな」


くすり、と卑下する笑いを漏らす。


だが其の言葉に、白銀の少年はいつになく厳しい表情を見せた。


「ソウ。そう云う事を言うのは良くないよ」


ターコイズブルーの瞳に睨まれて、ソウは一瞬ぐぐっと顔を引いたが、


ふん!! と鼻を鳴らして、紅茶を澄まして飲む。


気を取り直して二人がゲームを再開すると、何やら廊下から騒がしい声が聞こえてきた。


其れは、オードリーの大きな笑い声であった。


「父上だ。何処かへ行くのかな??」


ソウが席を立って扉へ駆け寄ると、白銀の少年も後ろに来る。


ソウは扉を少し開け、顔だけ出して様子を伺った。


白銀の少年も同様に顔を出す。


すると二人の目に飛び込んで来たものは、オードリーとシャルロット、


そして二人の軍服姿の異種だった。


「・・・・!!」


ソウの白い瞳が見開かれる。


何と云う橙の髪!!


何と云う緑の髪!!


きらきらと輝く其れが明らかに染められたものではない事は、一目瞭然であった。


扉から顔を出したまま固まっているソウに、白銀の少年が笑って言う。


「ね。言った通りでしょ??」


「・・・・・」


ソウは唖然と口を開けた儘、返事も忘れて初めて目にする異種の姿を見詰めていた。









シャルロットが二人の異種を連れてオードリーに案内された場所は、


屋敷の一階の回廊から外に繋がっている武道場であった。


「いや~~、異種殿と一戦出来るなんて、嬉しいねぇ」


オードリーが上着を脱ぐと、翡翠の貴公子も肩掛けを外し、メイドに手渡す。


翡翠の貴公子は異種と腕試しをしたいと言い出したオードリーと、


一戦交える事になったのである。


自分の腕に自信が有るのか、


「手加減はいいからね。本気で掛かって来てくれ」


オードリーはメイドから受け取った長棒を片手に、余裕の笑みを浮かべて言う。


同様に長棒を受け取った翡翠の貴公子は無言である。


道場の端では、シャルロットと夏風の貴婦人と、メイドが二人が控えている。


長棒を手に両者は向き合うと、それぞれ構える。


試合は直ぐに始まった。


オードリーが僅かの間で、最初に踏み出したのである。


一気に間合いを詰めると、オードリーは大きく長棒を打ち込んだ。


ガッ!!


翡翠の貴公子は長棒を片手に、オードリーの攻撃を受け止める。


と思われたが・・・・すっと身を躱して、オードリーの長棒を下へと滑らせる。


其れに流され、オードリーの身体が前のめりになると、翡翠の貴公子は、


パン!! と強く相手の長棒を弾き、更に体勢を崩させ、次の一打で決めるつもりだった。


だが・・・・突然、視界の端に入ってきたものに、翡翠の貴公子の視線が外へと向いた。


其の一瞬の隙を、オードリーは見逃さなかった。


渾身の力で以て、翡翠の貴公子の脇へ長棒を打ち込んで来る。


翡翠の貴公子が負ける?!


そう、シャルロットと夏風の貴婦人の目が見開かられた。


だが。


直ぐに翡翠の貴公子は我に返ると、オードリーの攻撃を受け止め、強く弾き返した。


其の勢いの儘、下から強く長棒を打ち込むと、更に他方から連打する。


ガン!!


ガン!!


ガンッ!!


オードリーは素早く防戦に入ったが、翡翠の貴公子の打ち込みに強く手が痺れ、


此の儘では不味い!! と思った時には、手から長棒が飛んでいた。


「ま、参った!!」


オードリーの降参の声に、試合が終了する。


翡翠の貴公子が長棒を縦に持って一礼すると、負けたと云うのに、


オードリーは喜々として声を弾ませた。


「おお!! 何と云う素晴らしい腕だ!! 流石は軍隊の副将をしていただけの事は在る!!


いや~~、いい腕だ!! 実に、いい腕だよ!!」


満足の笑顔を見せるオードリーに、シャルロットは扇子を手に、ほほほほ!! と上品に笑った。


「そうでございましょう!! 此の翡翠の貴公子は、異種としての能力が在るだけではなく、


武術にも非常に長けておりますのよ。そして此の夏風の貴婦人も、彼に負けず劣らずの武将。


何せ、軍の将軍だった女ですからね」


「ほほう!! 女がてらに将軍とは!!


そなたの言う様に、此の大陸を一世風靡させるには十分な腕前だ!!


此れは、もう、そなたの話に乗らねば、時代に乗り遅れると云うものでしょうな!!」


シャルロットが持ち掛けたゼルシェン大陸統一政略に、俄然、乗り気を見せるオードリーに、


「ええ、ええ!! 本当に、そうですとも!! 是非、共に、此の大陸統一を目指しましょう!!」


シャルロットは強い意気込みの声で柔和に笑った。


意気投合する二人が会話を弾ませ乍らサロンへ戻る中、少し離れた後ろを歩き乍ら、


夏風の貴婦人は隣の翡翠の貴公子を肘で小突いた。


「何で、さっき、あんなミスしたのよ?? 一瞬、冷やりとしたわよ」


先の手合せで、オードリー公爵も相当な腕の持ち主で在る事は、夏風の貴婦人にも判っていた。


試合中、翡翠の貴公子が一瞬、隙を見せたあの時に、


オードリーに一本取られていてもおかしくはなかったのだ。


翡翠の貴公子は暫く黙っていたが、


「・・・・子供が居た」


ぼそりと答えた。


「は?? 子供??」


其れが、どうして、先程のミスと繋がるのだろうか??


夏風の貴婦人には、彼の言っている意味が判らなかった。


「何よ?? 雨の中に子供が居たから、気になったって云うの??」


だからと云って、対戦中に完全に相手から視線を外す事など、有り得ない事だ。


元軍人ならば尚の事だ。


だが翡翠の貴公子は「違う・・・・」と呟いた。


「思わず見てしまったのは・・・・多分、異種だったからだ」


「はぁ??」


夏風の貴婦人は一層、訳が判らんと云う顔をしたが、直ぐに相方の言わんとする事に気が付いた。


「つまり、異種の子供を見付けたって云う事・・・・??」


呆然と訊き返す夏風の貴婦人に、翡翠の貴公子は小さく、だが、しっかりと頷いた。

この御話は、まだ続きます。


翡翠の貴公子と夏風の貴婦人に見付けられた、


異種の漆黒の貴公子は・・・・。


順番通りに読まれたい方は、ノーマルの「ゼルシェン大陸編」の、


「夏の闘技会」から読まれて下さいな☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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