奴・・
トイレか?
いやでも俺が行くって言った後でわざわざすぐに行くか?
それならあの時言ってるはずだ。
そもそも俺がトイレに行ってから5分と経っていない。
何か異変が起きている。
「とりあえず、会計を済ませてチャリーンちゃんを探しに行かないと」
伝票を持って会計に行こうとすると、
クシャリ
と、1枚であるはずの伝票が2枚に分かれた?
「違う!」
伝票の下に何か別の紙がある! なんだ?
汚い字で書かれていたのは。
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女は預かってるぜ
返して欲しいなら
1億持って町外れの
草原に来い ブル
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チャリーンちゃんが拐われた事を示す知らせだった。
ブル! 久々に名前を見たと思ったら……許せねぇ!
よりにもよってチャリーンちゃんを誘拐するとは。
とにかく……チャリーンちゃんの無事を確保するのが先だ。
1億なら収納袋に入っている。
無事でいてくれよ……!
会計の場所で、伝票と一緒にかなり多めのお金を置いておく。
「釣りはいらないよ!」
跳ねるようにカフェを離れる。
「くっそ! 俺が目を離したばっかりに……」
悔やんでも仕方がない。とにかくブル野郎に指定された場所に行ってやろうじゃないか。
ん? だが町外れってどこだよ……方角すら書いてねぇじゃねぇか!
考えろ……考えろ……最短で助け出すには……そうだ!
覚えたてのコストカット魔術があるじゃないか!
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・ランブレスト 最低消費MP 100
存在を維持するために必要なコストをカットする。
複数の場所で自身を存在させることが可能。
1人につきMP100を消費。解除するまで消費MPは増えないが、それぞれの分身体で魔術を使うとその分MPは消費する。
感覚や記憶は共有され、本体に統合されるが、あまりに多くの分身体を作ると精神に異常をきたす恐れがある。
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「……精神に異常だ? 上等だ! 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ! ランブレスト!」
自身の分身を4体作り出す。
「うおっ!」
俺と全く同じ見た目の人間(?)が目の前に4体現れた。
「えっ……俺ってこんな感じなの? ってか自分が目の前に4人いるとか気持ち悪いな……めちゃくちゃ目立つし……あっ!」
> 存在を維持するために必要なコストをカットする
「存在を維持するために必要なコストをカット……つまり、よりコストをカットすれば……」
目の前の俺がどんどん半透明になっていく。
存在できるギリギリのラインを見極めると、ほとんど見えなくなった。
目の前にずっといて、じーーっと凝視したらようやく気付く人がいるかな? って感じだ。
「ぐっ」
4人全員分の視覚が本体の俺と共有される。気持ち悪い……
そうか……これは何十体も増やしたらおかしくなるわな。
とりあえずブルを探すために、4人を街の東西南北へ分散させる。
「後は……」
困った時のアルカ様だ!
正直今の俺のステータスなら、ちょっとやそっとの敵に負ける気はしない。
だが、何事にも万が一ということはある。
世の中にはまだ見ぬユニークスキル持ちがたくさんいるはずだし、聞いたことはないがエクストラスキル持ちがいてもおかしくない。
もし俺がやられた時に、チャリーンちゃんだけでも助け出したい。
そのためにはアルカの助けがいる。
緊急事態だ、いつもなら宿の入口から入るが、そんなこと言ってる場合じゃない。
「ごめんよナオさん、ペネトレーションワープ!」
心の中で宿屋の看板娘の女の子へ謝罪し、泊まっている部屋へ一瞬で移動する。
「アルカ! アルカ! 起きてくれ! 緊急事態だ!」
「んん……なぁに?」
「チャリーンちゃんが誘拐されたんだ! 力を貸してくれ!」
「え……ゆうかい? あの受付嬢のひと?」
「ああ、そうだ!」
「わかった。いく」
「助かる! このままワープで外出ていいか?」
「いいよ」
アルカの手を取り、
「ペネトレーションワープ!」
街の中央へ跳ぶ。
「っとと」
「ん。それで、どこにいるの? 誰に誘拐された?」
「ああ、まだ言ってなかったか。場所は今探してる。こんな紙が置いてあってな」
アルカに、さっきブルが置いていったであろう紙を見せる。
「昔、パーティーが一緒だったんだが、ブルってやつが犯人だ。人のこと追放しておいて、チャリーンちゃんを拐った挙げ句、1億も要求してるときたもんだ。なんで今さらって思ったが、大方ギルドで換金してるとこでも見てたのだろう」
「クズだね」
「ああ、どクズだよ」
「ん? 探してるって言ったけど誰が探してるの?」
「俺だよ、俺」
「??」
首をかしげるアルカ。ああ、そういやまだ見せてなかったな。
「ランブレスト」
既に4人を動かしてるが、5人目を目の前に出現させる。うっ、視界が増えて気持ち悪い。
「カズヒトが2人……? あ、もしかしてこないだ増えたスキル??」
「そう、今4人を捜索で移動させて……ん? なんか怪しいところを見付けたみたいだ」
「怪しいところ?」
「ああ、郊外で人通りが少ない場所のはずなのに、フル鑑定のパッシブモード……簡単に言うと索敵をした結果、近くの森の中に不自然に人がいる反応がある。近くにブルがいるかもしれない」
「わかった。じゃあそこに行こう」
「うん。明らかに関係なさそうな分身は解除しとくか。よし、移動しよう。ペネトレーションワープ!」
……
…………
「ん、着いたけど特に何もないな。気配は相変わらずあるが」
「そんなに人数は多くないね」
「わかるのか?」
「うん」
「ふむ……どうしたもんか……」
森ごとぶっ飛ばしてもいいけど……
「おいブル!!! 出てこい! 言われた通りきてやったぞ!」
大声で呼び掛ける。
ちっ……なんでいねぇんだよ。
もういい、片っ端から爆破してやろうかと思ったその瞬間、地面がガタガタと動き出したかと思ったら、切れ目が……なんだこりゃ?
「よぉ、カットぉぉ? 久しぶりじゃねぇかぁぁあ? ハッハッハ」
地面から奴が現れた。




