美とは
※一応閲覧注意を出しておきます
美しさとは何。ぱっちり二重で鼻筋が綺麗に通っていて可憐で痩せているのが条件?
だったら私は何にも当てはまらない。
せめて、周りの令嬢達のように痩せていれば貴方は私に少しは振り向いてくれますか。
幼馴染の私達は親同士が仲良くて、いつも二人で一緒に遊び疲れて眠る程仲が良かった。私のふにふにした頬をエイダンは笑いながらよく突いていた。小さな頃はただ単純に嬉しかった。
だが、少しずつ大人になっていくと私は周りの令嬢のように美人でも可愛くもないと気づいた。だって、周りが私の体型を嗤って馬鹿にするのだ。そんな私は令嬢達に『子豚ちゃん』と言われる。
社交界へのデビュタンとはエイダンがエスコートしてくれる事になったのだが、エイダンは不満そうに私の体型を見る。
「キアラ、こうして見るとお前ってデブだな」
「エイダン……エイダンは痩せている方が好きなの?」
「当たり前だろ、自分より恰幅のいい女となんて並びたくないだろ、男なら皆んなそう思うぞ。キアラ、痩せる努力でもしろよ」
私はその言葉に俯いた。美人って何。可愛いって何。痩せていなきゃ女としての人権すらないの?
その日から私は食事の量を減らした。運動だってした。でも、それでも痩せなくて……私は食べる事が罪に感じる様になった。食べても手を口に突っ込み吐き戻す。食事の量を減らした私を両親は心配して、食べなさいという。でも、それじゃ痩せられない。だから両親の前では食べるが、自室に戻るとトイレに駆け込み、口に手を突っ込み、胃液が出るまで吐き続ける。
そうすると、みるみるうちに私は痩せていった。鏡で何度も自分の体型を見る。そこには『子豚ちゃん』はいない。私は嬉しくて、エイダンと並んでも恥ずかしくない筈だと、昔の様に仲良くなれるだろうと期待した。
久々にエイダンの屋敷へと遊びに行く。エイダンは私の姿を見て驚く。
「キアラ……痩せたな……。でも、痩せ過ぎじゃないか?もっと食った方が良いぞ……」
「エイダンが言ったんだよ?痩せろって……なのに何で否定するの?見て?私、もうエイダンと並んでも恥ずかしくないよ……」
「それにしたって痩せすぎだ!!まるで骸骨だぞ!!」
私は『子豚ちゃん』から『骸骨』になったらしい。どうして?私は泣きながら屋敷へと帰った。
夜中、使用人達も寝静まった頃、私は料理室へと足を運び、震える手で食べ物を大量に食べる。泣きながら私は貪り食べ、直ぐに食べ物を食べてしまったという罪悪感からトイレに駆け込み手を口に入れて吐くという行動を何度も何度も繰り返す。白い手には吐きだこができ、そのうちに手を入れなくても吐けるようになった。
それが癖になってしまい、私は私の食べ物への衝動を抑えられなくなっていた。美しさが無いのならせめて、体でも。私はもう正気じゃないのかと疑う。いや、違う。女は皆んな美に対して正気じゃないのだ。
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エイダンにエスコートされ、公爵家で開催された舞踏会へと足を運ぶ。
公爵様はまだとても若く、緩やかなウェーブがかかった黒髪をかき上げ、精悍な顔を気怠そうにしていてとても美しい。周りに集まる令嬢達も美人や可愛い人達が集まる。私はその光景を直視出来ず、大量に並べられた食べ物に目を移す。
するとまた、コントロール出来ない食への衝動が抑えられなかった。手当たり次第並べられ食事を胃に入れる。大丈夫、大丈夫、私は太らない。だって吐いてしまえば良い。溢れ落ちそうな涙を耐えて、食べる。
今の私は周りにはとても醜く映るだろう。でも、止まらないの。……誰か助けて。
胃の限界が来て、私は急いでトイレへと足を運ぶ。お腹の下辺りを両手で押すと、食べたものが吐き出される。一緒に涙も零れ落ちる。全部吐き出したのかが不安で、帰ったら常備してある下剤を飲もうと、俯きながらトイレから出ると気怠そうな声で呼ばれる。
呼ばれた方を見ると腕を組んで壁に体を預ける公爵様がいた。私は慌てて頭を下げ、カーテシーをとる。
「お前、名前は?」
「キアラ・グラント伯爵令嬢でございます……」
「キアラ嬢、ずっとフロアでの姿を見てたが、大量に食べたものを吐いてるな?」
「……はい……申し訳ありません」
「いいか、キアラ嬢。それは心の病気だ。俺の母も同じだった。胃の限界まで食べ、いつも吐いていた」
「……公爵様のお母様もですか?」
「ああ。母の場合は周囲からのストレスだったがな。キアラ嬢は何故食べたものを吐く?」
「……私は『子豚ちゃん』と呼ばれていました。想いを寄せていた人からもデブと呼ばれ、食べる事が罪のように感じました。そうしたら、全て吐き出してしまえばいいと……。でも、痩せたら今度は『骸骨』と呼ばれ……食への衝動がコントロール出来なくなってしまいました……。その次は食べた事への罪悪感と、太る事への恐怖で……その繰り返しです」
私は誰にも言えなかった事を公爵様の前で懺悔するように泣く。
「私は美しくないから……せめて体でもと……」
「キアラ嬢、美とは人それぞれだ。百人いれば、百通りの美がある」
私はその言葉に泣き崩れる。美しくなりたかった、守りたくなるような可愛い人間になりたかった。でも……それは私じゃない。
そんな私に公爵様は手を差し伸べてくる。その手をとってもいいのだろうかと、吐きだこが染み付いた骨のような手を重ねる。
「俺の名は知っているな?」
「はい、グレイディ・ケルビン公爵様」
「グレイディで良い」
「私と一曲どうでしょうか、キアラ嬢」
「……喜んで」
私は涙を拭かれ、純粋に笑う。手を引かれながら煌びやかなフロアへと戻る。私はもう、何も怖くはなかった。
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「キアラお嬢様!!また公爵様からプレゼントですよ!!」
「あら……今日は何のプレゼントかしら?」
侍女と一緒にグレイディ公爵様からのプレゼントを開ける。あの舞踏会の日から毎日の様にプレゼントが届く。花だったりアクセサリーだったり、甘いお菓子だったり。どれもこれも私の宝物へとなっていく。
特にお菓子は私の中でも特別だ。グレイディ様からの物だと思うと、不思議と食べる行為に罪悪感を感じないのだ。
今はまだ衝動をコントロール出来なくなる事もあるが、回数は確実に減っている。
プレゼントの中には街で人気なお菓子が詰め込まれていた。このお菓子は二時間待ちはザラの筈。思わず微笑んでしまう。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「分かったわ」
一口、グレイディ様からのプレゼントを口にしてお父様のもとへ行く。ドアをノックし部屋に入ると、お父様が難しい顔をしいた。
「お父様?どうしましたの?」
「それがな……公爵様から婚約の申し込みがあったんだ……だが、お前はエイダンが好きなのだろう?」
「いいえ、お父様。それは過去のことです。喜んでグレイディ様の婚約の申し込みを受け入れます」
「……そうか。お前がそういうのなら申し込みを受けよう」
私はグレイディ様から、まさかの婚約の申し込みに破顔した。
私は私のままで良いのだ。
私は私だけの美しさをもっているのだから。
石ころも磨いたらダイヤ。
私を見つけてくれて、ありがとう。
ありがとうございました!
作者も経験済みです。