第8話
「やっと前を向いたね」
目の前の銀髪の少女が笑みを浮かべる。
「お前も俺を笑いに来たのか」
その笑顔に拒絶反応が出る。中学生ぐらいだろうか。
だが、幼く美しい少女だからと言って心を許すことなど到底できない。
まして母には絶対に触れられたくない。だが、檻の中の俺はどうする事もできない。
彼女は檻の外、俺は檻の中。それがどうしようもなく悔しかった。
「あなたのお母さんって」
「黙れっ」
檻から手を伸ばし、目の前の少女の胸倉を掴む。
胸倉を掴まれ、数センチの距離で彼女は動じることなく言葉を続けた。
「とっても優しい人だったんだね」
「やめっ、、、は?」
予想外の言葉に呆気に取られる。
だが、そんな動揺は一瞬で終わる。
「何を企んでいる?」
少女を睨めつける。
言っている意味が分からない。
こいつは母さんを知らないはずだ。
今まで絶対にあったことなどない。もし会っていたなら銀髪なんて忘れるはずがない。
「何も企んでなんかないよ」
「嘘だ。なぜ母さんの話なんかする?」
こいつは何が目的なんだ?
なぜ母さんの話をする?
‥いや、目的なんて分かりきっている。こいつも俺を罵倒して自分が安定を得たいだけだ。
他のやつもそうだった。支離滅裂なことを叫んで俺のせいにする。自分のストレスを他人にぶつけ、また自分の役割に戻る。さも当然かのように、それが俺の役割であるかのようにそいつらは去っていった。
「私にはあなたが必要だから。あなたがいないと私は死ぬ。でも今はあなたにも私が必要でしょ?」
……不思議な感覚だった。
人と会話なんて久しぶりだった上に必要だなんて言われたのだ。
あなたがいないと私は死ぬ。
彼女はそんなことを顔色ひとつ変えずに淡々と事実を言うように話す。
心を開きたい、助けてほしいと願う自分がいる。
しかし、そんな甘言を暗い日々は許さなかった。
「お前、頭おかしいのか?こんな最弱スキルがいないと死ぬんだったら諦めて死ね。どうせ必要だとか言いながら優しくして信用した後に裏切るんだろう?」
きっと違う、頭ではこの娘は他のやつとは違うと頭は理解していた。
だが、俺を悪意から守るために生まれた暗い感情が叫ぶ。
そいつも他のやつと同じだ。
他人を信じるな。
自分だけが正しくて他は全て悪だ。
「確かにスキルは強力、でもあなたにはそれ以上の才能がある。私を守る才能が」
「どうしてだ、なぜ俺のことをそこまで言い切る。お前は何も知らないだろっ!」
「知ってるよ。だって見たから」
咄嗟のことで何を言われたか分からなかった。
(、、あぁ、スキルか、)
今一番聞きたくないもので一番信用できるものだった。
だが、天宮寺に鑑定された時ののような不快感はなかった。
「嘘だな、お前はスキルを使ってない。天宮寺に見られたときの感覚がない。嘘を吐いても無駄だ」
「天宮寺?あぁ、あの理事長さんか。あの人と私のスキルは違うよ。私のスキルは≪未来視≫、名前の通り未来を見ることができるけど、自分の未来しか見えないの。しかも急に発動するからびっくりしちゃうんだよ」
彼女はやれやれと目の前で首を振る。
「お前の未来しか見えないなら、なぜ俺のこと言える?」
「あなたが私を助ける未来が見えたの。なにか分からないけどすっごく強そうなやつに殺されそうな時にあなたが来て倒しちゃう未来。でも、やっと見つけたと思ったらこんなことになっちゃてるんだもん。その上、死にそうな顔してるなんて困っちゃうよ」
純粋で理不尽で、まるでこちらの状況を考えない少女に心が傾きかけていた。
(信頼、、いや利用してもいいか?どちらにせよ今の状況では逃げられない。どうやらこの娘は俺がいないと死ぬらしいし、この際利用してしまおう)
今の俺にはそれが精一杯だった。利用するための信用、それが自分ができる最大限の譲歩だった。
「いっぱい話しかけたのに全然反応しないんだもん。それでね、あなたの眼を見たらあなたの過去が見えたの!こんなの初めてだったんだけど、それであなたのお母さんのことを知ったの。それでお母さんのことを言えば聞いてくれるかなって思って、嫌だったならごめんなさい」
それに目の前でシュンと謝るこの娘が嘘を吐くようには見えないのだ。多々疑問があるが、もういいかなと納得することにした。
「分かった。えーと」
「華蓮だよ」
「よろしく華蓮。ちなみに俺は怜雄だ。早速で悪いが、ここから逃がしてほしい。ここにいたままだったら、華蓮を助けようにも助けられない」
「無理だよ」
「は?」
目の前が暗くなった気がした。
「だって私この檻の鍵なんて持ってないし、探せるような地位も権力もないよ」
「なら、どうすればいいんだよ。俺はこの檻から出られない。華蓮は俺に助けられず死ぬんだろ?絶体絶命だな」
諦めムードが漂う。
「強くなればいいんだよっ!こんな檻なんか壊せるくらいに!怜雄はきっと強くなる、だって私見たんだもん!」
華蓮は俺を疑うことなくそう断言した。
確かに実際にその光景を見た彼女は信じることは容易いだろう。
だが、否定され続けた俺はすんなり前を向くことができなかった。
「ほらっあなたのお母さんだって強くなっていっぱい敵を倒しちゃえって言ってたでしょ?」
それは俺が幼い時、戦隊ものの仮面ライダーを見て母がそれに便乗した時の話だった。
思わず笑っていた。昔の母をこんな形で思い出すなんて。
(あぁ、そうだよな。母さん)
「あぁ、分かった。俺、強くなるよ」
半分冗談のような気持ちでそう宣言した。
やっと次話が成長回です!