94話 弔ってあげる
激流で上手く身動きが取れない状態に加え、ポロの足に噛みつく犬も、水中へ引きずり込もうとブンブン頭を振り回す。
スキュラエンプレスに繋がっている六体の犬は水中でも息ができ、パルネを抱えたまま水中戦に持ち込まれればポロに勝ち目はない。
――なら……アラクネ、力を貸して。
心の中でそう唱えると。
「【猛毒の浸食】」
体内で猛毒を生成し、噛まれた足から毒入りの血液を直接犬の口に流し込む。
「グルルルル……グっ?!」
すると、ポロに噛みついていた犬は突然水中で暴れ出し、やがて口を開けたまま気絶した。
拘束が解けたポロはすかさず【女王蜘蛛の糸】を天井に飛ばし、流れる海水から脱出。
「【暗黒障壁】」
そして空中に足場を作り。
一先ずのセーフティーゾーンにようやく一息吐く。
「ふぅ~死ぬかと思った」
足場の上で、意識の戻らないパルネをそっと寝かせると。
「脈はあるけど、息が薄い……だいぶ海水飲んじゃったのかな?」
生死を確認しながら、ポロは付け焼刃の人工呼吸をする。
正しい方法など知らない。
とにかく大きく吸った息を何度もパルネの口に流し込むだけだった。
だが、そんな見様見真似の単純作業でも効果はあり、幾度かの人工呼吸でパルネは海水を吐きながら目を覚ました。
「がはっ、ごほっ……」
「あ、目が覚めた?」
ぼやける思考ながらも目覚めたパルネに、ポロは安堵する。
「……ここは?」
「うん、まだ地下水路。だいぶ流されちゃったから戻るの大変だけど……その前にまだやることがあるんだ」
「……やること?」
パルネが尋ねると同時に。
突然水中からスキュラエンプレスが飛び出し、上半身の手から光線を放とうとしていた。
「遅いよ」
その動きを読んでいたポロは、自身の足から流れる血を魔法でかき集め、腕に獣のような鉤爪を生成する。
「【鮮血の鉤爪】
そしてスキュラエンプレスよりも早く、自らの血で生成した爪の斬撃を放った。
「~~~~~!」
その一撃で魔光弾の照準を逸らし、スキュラエンプレスは奇声を上げながら再び水中へ沈んでゆく。
「パルさん、力を貸して。彼女を解放してあげたい」
「ポロちゃん……」
「僕もなんとなく分かるんだ。彼女が今、とても辛いんだってこと」
パルネのように、魔物と意思疎通が出来るわけではない。
しかし五感を通して分かる、彼女の悲痛な叫び。
視覚で、嗅覚で。
そして何より、ポロの中にいるエキドナとアラクネの思念が訴えかけてくる。
彼女に救いを与えてほしいと。
水面から顔を出すスキュラエンプレスを見やり、ポロは告げる。
「だから、僕が君を弔ってあげる」
するとパルネはポロの背中に手をあて。
「なら、私の魔力を使って下さい」
自身の体内に残っている魔力をポロに分け与えた。
「ありがとう。力がみなぎってくるよ」
ポロは体中に巡る魔力の循環を感じ、ありったけの闇魔法を放出する。
「【幻影分身】」
そしてポロは自身と瓜二つの黒い影を生み出し、双剣を片方ずつ構えて飛び上がった。
「【双頭犬の牙】」
分身体と同時に落下し、スキュラエンプレスの胸元へ黒き牙を突き付ける。
だが、彼女は自分の意志とは関係なく、自動的に皮膚に防御壁を生成しその一撃を受け止めた。
「く……ならっ!」
刃物が擦れ合うような旋律が響く中、ポロは自身の体を回転させドリルのように一点を狙う。
「螺旋の牙」
一点集中型の強力な刺突を繰り出すと、強固な防御スキルは徐々に剥がれ落ち。
そして……スキュラエンプレスの体に致命傷になる程の風穴を開けた。
彼女を貫くと同時にポロは水の中に沈み。
水中で、スキュラエンプレスと目が合った。
それはとても死ぬ間際とは思えぬ程の安らかな笑みを浮かべ。
『ありがとう』
そう言っているように、ポロの目には映った。
スキュラエンプレスの下に繋がっている獰猛な犬達は、ポロを睨み付けるように暴れるが。
彼女の生命力が弱まると共に、やがてその犬達も大人しくなり。
そして、眠るように静かに絶命した。
――おやすみなさい。
そう心の中で告げ。
――【霊魂浄化】
彼女の顔を抱きしめながら、ポロは弔いの浄化魔法を唱えた。
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