92話 水路の先でまみえる脅威
「はあ……もういないわよね?」
地下水路にて、リミナは息を切らしながら討ち取った暴食ワニを見やる。
「ああ、ようやく殲滅したようだ」
周囲を警戒しながら、サイカも呼吸を整え剣を鞘に納めた。
数にして三十以上。軍の中隊が揃ってようやく討伐出来る熟練者級の群れを、たった四人で相手取った為、さすがに体力の消耗は激しい。
一同はペースダウンしながら通路を進んでゆくと。
サイカは前方を窺い、道が二手に分かれていることに気づく。
「ここに来て分かれ道か……」
どちらが地上へ繋がっているのか、選択を誤れば大幅なタイムロスになる。
「ねえポロ、あんたの鼻でどっちが正規のルートか分からない?」
「無茶言わないでよ、ただでさえ鼻が利かない場所なのに、城に繋がる匂いなんて分かるわけないじゃん」
リミナの無茶ぶりに異を唱えるポロだが。
「ん……? んん……?」
ふと、ポロは自身の犬耳をピコピコ動かし、何かの違和感を察知した。
「なんだろ……奥から音がする」
それは皆にとって都合の良いものではない、不穏な音だった。
やがてその音は明確に彼の耳に入り、体中から寒気を感じた。
「みんな走って! こっちのほうから水が流れてくる!」
と、皆をもう一方の通路へ向かわせると。
反対の道から凄まじい勢いで激流が押し寄せてきた。
「ちょっと、この量まずいんじゃないの?」
直撃を回避した一同だが、通路一面を覆う程の激流は、逃げたほうの道へも浸食してゆく。
危険を感じたリミナは「こっちへ」と皆に指示を出し駆け抜けるが。
一方、サイカはその場に留まり激流に向けて両手を構える。
「サイカっ! 何やってるのよ、早く!」
そして深く息を吐き、流れ込んでくる激流に向けて氷魔法を放った。
「【氷晶の壁】」
通路全体を塞ぐように、サイカは巨大な凍りの壁を生成し激流をせき止める。
「ふぅ……水を利用すれば最小限の魔力で事足りるな」
と、安堵する彼女に、リミナはヘナヘナと腰を下ろした。
「ヒヤヒヤさせないでよ……助かったけどさ」
「ああ、だが、片方の道は完全に塞がってしまった」
もはや引き返すことは出来ない。
選択肢のなくなった四人は、当たりかどうかも分からない一方通行の道を進むこととなった。
だがそれは、ポロ達を監視していた研究員による、人為的な誘導である。
当然皆もその予感はあったが、逃げ道がない以上前へ進むしかない。
逆に迷いのなくなった彼らは、より一層警戒しながら歩を進めた。
しばらく進むと、前方に鉄格子が設置された場所が見え、そこで道が途絶えていた。
「見て! あそこ!」
側面を見ると、上に繋がっているであろう階段があり、ようやく一同は安堵の溜息を吐く。
「とりあえずこのジメった場所からは出られそうね」
やれやれと体を伸ばしながら階段へ向かうと。
突然、目の前の鉄格子がギリギリと錆びた音を立てながら上り、奥から猛獣のような唸り声が辺りに轟いた。
「何……この声……」
ずしりと響くその声に、嫌な予感が掻き立てられる。
警戒しながら奥を覗くと。
そこに現れたのは、異様な姿をした化け物だった。
女性型の上半身に、六頭の犬がくっついたような下半身。
そして魚のような巨大な尻尾を生やした歪な魔物……。
「まさか……六頭犬の女帝……?」
それは通常の魔物階級で最も危険視される、統治者級の魔物だった。
かつて魔人の伝承に記された怪物、スキュラ。
その姿に酷似しているが為に同名で呼ばれている魔物である。
「だから……なんで城の地下にこんな魔物がいるのよ……」
頭を抱えながら現実を直視出来ないリミナを他所に。
その化け物に取り付いた犬の一体が、口から高熱の火球を放った。
標的は四人の誰かではなく、上に通じる階段付近。
天井に放たれた火球は強固な壁を崩れさせ、瓦礫の山を作り入口を塞いでしまった。
「こいつ……アタシ達の進む道を妨害した? 意思を持っているの?」
的確に抜け道を塞ぐあたり、魔物と言えども状況を理解する知能があるように思えた。
「……戦わねば、先へ進めぬというわけだな」
サイカは魔力を高め、目の前の魔物と向き合うと。
「【氷晶の庭園】!」
辺り一面に無数の氷剣を生み出し、スキュラエンプレスの元へ駆けていった。
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