90話 地下水路に潜む肉食獣
アスピドの空港にてひと悶着あった頃。
その一方、テティシア城の一室から暗闇の底へ落とされたポロ達は。
足場用に生成したポロの【暗黒障壁】を乗り継ぎ、皆は着々と下降していった。
「あっ、底が見えてきたわよ!」
リミナは携帯ライトで底を照らし、ようやく終わりが見えたことに安堵する。
「ずいぶん深い所まで来たな。……あの給仕の女、確実に殺す気ではないか」
と、サイカは先程のキメラらしき女性を思い出し、再び憤りを感じる。
地面に到着すると、皆の荷物ごとすべてを落とされてしまった彼らは、各々雑に落下した私物を確認する。
「ふう~、水が流れてなくてよかった。荷物袋は無事みたいね」
底が海の流れる水路だった場合、武器もアイテムもすべて流されていたところだが、一先ず荷物袋が無事だったことにリミナは一息吐く。
「う~ん、ポーション類は全滅か……こんなことならガラス瓶じゃなくて粉末の薬持ってくるんだった」
と、リミナは荷物袋の中で割れたポーションの破片を振り落としながら、周囲を見渡した。
弱々しいが、かろうじて通路に『発光石』が設置されており、ライトがなくともぼんやりと辺りは窺える。
おそらくここは、城の真下に位置する地下水路のようだとリミナは予想した。
「……見た感じ城に繋がってそうな下水路だけど、全く整備されてないわね」
じめじめと生ぬるい気温、そこかしこから漂う磯とカビが混合した匂い。
その場にいるだけで気分が悪くなりそうな環境である。
そんな中、リミナの横でポロは鼻を押さえながら呟く。
「う〜……それにしても酷い匂い……。カビやヘドロに混じって何か別の腐敗臭も漂ってくる」
獣人であるポロは人一倍匂いに敏感であり、彼にとってこの空間は耐え難い地獄だった。
「あ、そっか、あんたにはキツイかもね。なんかあるかな……」
と、リミナは自分の荷物袋を漁り、鼻を押さえられる物を探していると。
「なら、これをお使い下さい」
パルネは自身の巻いていたスカーフをポロの鼻と口に覆い、マスク代わりに優しく巻き付けた。
「これで少しでも軽減されれば良いのですが」
「んふ~、だいぶマシになったよ、ありがとう」
布を巻いたことで多少の悪臭は塞げるようになり、「パルさんのいい匂いがする」と尻尾を振りながらパルネに喜びの感情を見せるポロ。
「それにしても……ここから城へ戻れるでしょうか?」
奥の見えない下水路にパルネは不安を募らせる中、サイカは迷いなく通路を歩き始めた。
「悩んでも仕方あるまい。姫様の安否が気になる、皆、出来るだけ急ぐぞ」
そしてサイカ先導の下、一同は出口の見えない通路を進んでゆく。
しばらく歩を進めると、あちこちに動物の骨が散乱しているフロアへたどり着く。
大概は四足歩行の魔物らしき骸だが、中には人族らしきものの骨まで散らかっていた。
「これ……人の骨? もしかしてアタシらと同じように落とされて、飢え死にしたのかな?」
「どうだろうな」
後味悪そうに見つめるリミナに、見慣れた様子で歩くサイカ。
「亡くなった者達のことは残念だが、ここで彼らにかまっている場合ではない。一刻も早く上に戻らなければ……」
と、ドライな素振りで淡々と進む。
だが、ふと前方に視線を向けると、地面に倒れる骸の周りを覆うように、複数の甲殻系の人食い虫が群がっている様子が目に映った。
「ひゃぁああっ! 虫!」
途端、サイカは乙女のようにビクリと後退し、後ろにいたポロを抱きかかえ彼の背中に顔を埋める。
「……僕を盾にしないでよ。相変わらず虫が苦手なんだね」
ぬいぐるみのような扱いに不満を漏らしながら、ポロは群れを成す昆虫に目を向ける。
「巨大な具足虫だね。ここで亡くなった動物の死骸を食べているのかな?」
「いやだ~帰るぅぅ、もう帰るぅぅぅ」
「帰る為には進まないと……」
視界に入れるのもはばかりたいサイカは、子供のようにポロにすがりついていた。
「あ~、じゃあアタシが駆除するわね」
動けないサイカの代わりに、仕方なくリミナは携帯式ハルバードを取り出すと。
「待って下さい」
そう言って、パルネは彼女を止めた。
そして虫の群れに近づき。
「お願い……ここを通して」
そっと虫達にお願いするのだ。
すると、それまで夢中で死骸を食らっていた虫達は、彼女の言葉を理解したように一斉に辺りへ散って行った。
「あなた……何したの?」
「ジズの能力に、すべての生物と意思疎通出来るスキルがあるので使用しました。無益な殺生は避けたいので」
「へぇ~便利ね」
パルネの能力があれば魔物との戦闘も避けられるのではないかと、リミナはその利便性に関心する。
「たまたま彼らが温厚だったので上手くいきましたが、好戦的な肉食獣などには効果はありませんけどね」
と、パルネが解説していると。
その直後、奥から獣のうねり声が聞こえると同時に、重みのある足取りで近づいてくる複数の影が現れた。
「あれ……まさか暴食ワニ?」
リミナの頬に冷や汗が伝う。
際限なく獲物を食らう巨大なワニの魔物暴食ワニ。
熟練者級の危険度で知られる肉食獣が、群れを成してポロ達に向かい来る。
「パルネ……こいつらも話し合いで何とかならない?」
「もうすでに私達を餌と認識してますので無理かと……」
「だよね~……」
地面に転がる骸の数々は、おそらくこの魔物達が捕食したのだと理解し。
嫌々ながらも、一同は戦闘準備を整えた。
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