8話 とある酒場で
騎士団長の男に抱きかかえられながら戻るアルミスはふてくされた様な表情を浮かべる。
「いや! 座学は退屈で嫌いです!」
「姫様がお逃げになられて一番困るのは講師を務めるロアール様でしょう。厳しいのは皆姫様を思ってのこと。どうかご理解下さい」
レオテルスは物腰柔らかにアルミスを説得し、そしてサイカにバトンを託す。
「サイカ、今度はちゃんと見ておくんだよ?」
「ああ、すまない。というか私もこの者達を案内していた最中だったのだがな……」
と言ってポロ達に目を向けると、レオテルスは彼らに向けて深く頭を下げた。
「これは見苦しいところをお見せした……。私は王国騎士団レオテルス、この度は我が国の依頼を受けてくれたこと、心から感謝する。どうか皆を無事送り届けてほしい」
レオテルスは飛行士の船長バッジを付けたポロに握手を求めた。
「こちらこそ」
それに応じ、互いに手を合わせると。
――やっぱり、僕よりずっと強いなぁ、この人。
肌で感じる相手の力量に、ポロは素直に感心する。
そして、レオテルスは一礼すると、静かにその場を去って行った。
その彼の後ろ姿を目で追いながらメティアは不思議に思う。
「あの団長の人……体内から魔力が一切感じられなかった」
黒エルフであるメティアは、人を見ただけで大まかな魔力量を感知することが出来る。
平均的に見て、人間はエルフほど体内に魔力を蓄積出来ないが、しかし数ある人族の中では魔力量は多い種族である。
それが全くないというのは、アルミスとはまた対照的に稀なケースだった。
「さすがにエルフには気づかれるか……」
そう呟きながら、メティアの疑問にサイカは答える。
「レオテルスは生まれつき体内にマナを溜める器官が備わっていなかったらしい。故に魔法は一切使えん」
「なのに団長クラスの実力を持ってるの? すごくない?」
「魔力の代わりに、体内の気を練る技術が誰よりも優れているのだ。もっとも、血のにじむ努力なくして得られる力ではないだろうがな」
遠目から眺めるサイカの表情は、憧れに似た目をしていた。
レオテルスとの実力差に劣等感を抱くが、同時に彼女は誰よりもレオテルスを認めている。
口には出さずとも、お互い通じ合う信頼感が二人の間にはあった。
サイカはわずかに口角を上げ見送ると、彼女は再びアルミスへ目を向ける。
「さあ姫様、もう逃がしません。ロアール様のところへ戻りますよ!」
「いやぁああ! 勘弁してよぉおお!」
アルミスを引っ張りながら離れて行き。
そして取り残される三人。
『完全に放置されたな』
「いいんじゃない? 騎士様がいるとどうにも落ち着かないし。私らもさっさと戻るわよ」
ようやく一息つけたメティアは体を伸ばしながら客間へ歩いていく。
その後、乗組員達に事の顛末を伝えたポロ達は、数人を残して多くの者をフリングホルンへ帰還させた。
今回のメンバーはサイカ含めた兵士十名、腕利きの冒険家五名、そしてポロ達飛行士十名である。
半数以上が見知らぬ者達に加え、旅客機以外での魔導飛行船は皆乗り慣れていない為、飛行士達は彼らの世話係も担っている。
食料や寝具などの物資の補給、魔道飛行船の整備、『世界の支柱』までの空路の確認などを六日かけて終わらせる必要があるのだ。
「――とは言え、初日だからみんな気を張らないで、ある程度準備したら自由時間にしよう」
ポロの提案に残った船員達は歓喜の声をあげる。
そして夕刻、国が用意した宿屋に荷物を放り投げると、各々は足早に歓楽街へ駆けて行った。
「さてと……僕もご飯食べに行こうかな。メティアはどこか行きたいとこある?」
何気なしにポロが尋ねると、机の上で書類の山に囲まれるメティアは、ながら返事で彼に返答する。
「う~ん、ちょっと『世界の支柱』までのルートを詰めたいから今は遠慮しとく。先に食べてな」
ポロの誘いは軽く流された。
メティアは一度仕事モードに入ると没頭してしまう癖がある。
こうなると何を言っても動かないことを知っているポロは、それ以上何も言わず、隣のタロスに目を向けた。
「タロスは?」
『先程、珍しい武器を売っている店を見かけてな。俺はそこに行こうと思う』
「ちぇっ、他のみんなも出かけちゃったし、ご飯は僕だけかぁ……」
結局二人に断られたポロはシュンとしながら、一人街へと赴いた。
ブラブラ街中を歩いていると、ふと肉を焼いたような香ばしい香りに誘われ、じゅるりと唾液を飲みながらポロは目の前の酒場へと足を運ぶ。
「いらっしゃい、一人かい? カウンターが空いているよ」
声をかけてきたのは、優し気な印象を受ける青年。この店のマスターである。
ポロはちょこんとカウンターに座ると、席に置いてあったメニュー表に目を通す。
「へえ~マスター、ここのメニューすごい種類だね」
「この国は貿易が盛んだからね。色んな地域から食材が輸入されるんだよ」
それを聞いて、ポロはワクワクしながら料理を選ぶ。
「じゃあ……高山ヤギのミルクと岩石猪の炙りベーコン下さい」
「オーケー、ちょっと待っててね」
と、マスターが調理に取り掛かると。
「ちょっとあんた~、酒も頼まないくせに何料理だけ食べようとしてんのよ?」
「えっ……?」
突然左隣に座っていた見た目の幼い少女が発酵ビアをあおりながらポロに絡んできた。
まごうことなき絡み酒である。
「酒も飲めないお子様が……ヒック、しんせいな酒場にはいってくんじゃらいわよ~」
明らかに酔っぱらっている彼女をまじまじと見つめるポロは。
「……見た感じ、君のほうがお子様じゃないの?」
と、悪気なく告げる一言。
その言葉に彼女は稲妻のようなショックを受けると同時に、只ならぬ殺気をポロに向けた。
ご覧頂き有難うございます。
バトル展開はもう数話先になりますので、そちらが好みの方には申し訳ありませんが、しばしお待ち下さい。