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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第三章 水の都 海底に渦巻く狂乱編
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88話 一方その頃地上では【2】


 搭乗口の窓から見える女性は、タンクトップに黒ズボンと、ずいぶんラフな格好をしていた。


 見た目からして国の兵士ではない事が窺えるが、細身ながらも引き締まった筋肉をしている外見は、戦闘慣れした戦士を彷彿とさせる。


 額に小さな角が生えていることから、おそらく種族は鬼人オーガ


 そして背中に括り付けた長身棍棒スタッフメイスを見るに、身体術を活かして戦うタイプだとメティアは予想する。


「うわ~、こっち見てるよ……」


 対応を誤り、船内で暴れられると面倒である。

 メティアは溜息を吐き、しきりにノックする女を入れるか入れまいか悩んでいると。


 突然、女は扉の手掛けを握り、力一杯引っ張った。


「え…………?」


 すると、頑丈に作られた鉄製の扉はいとも容易く破壊され……。

 搭乗口に新鮮な空気が吹き込んだ。


「って、ちょっと! あんたなに扉ぶっ壊してんのよ!」


「あ、ごめん……壊すつもりはなかったんだけど」


 と、若干申し訳なさそうに謝罪し、剥がしたての扉を丁寧にメティアへ手渡す。


「お詫びの品みたいなノリで返すな! 重いわ!」


 重厚な盾よりも重みのある扉を船内へ投げ下ろすと、メティアは無礼な女に怒号を浴びせた。


「何なのよ一体! 突然現れたと思ったら飛行船の部品壊して。器物破損で訴えるよ!」


「あ~それについては後日弁償するよ。……あんたらになんの罪もなければね」


 その言葉に、メティアはピクリと反応した。


 ――こいつ、やっぱり勘付いてる?


 そんな不安を隠しながら。


「オレはグラシエ。最近頻繁に起こってる研究所爆破事件の犯人を追っている者だよ」


 男勝りな女性、グラシエはそう名乗った。


「へえ~……そんな人が、どうしてこんな貨物船に用があるんだい?」


 そう言うと、グラシエはズボンのポケットから小型魔力感知機を取り出し、その機器から光るランプが荒ぶるように点滅している光景をメティアに見せる。


「この船に黒髪の少女がいないか? 人間なのにエルフ以上の魔力を持った娘らしいんだけど」


 ――なるほど、魔力感知器……ナナを追って来たのか。どうりで数ある船の中からここを選んだわけだ……。


 言い逃れは難しそうだと、メティアは腹を括る。


「悪いがオレも余裕がなくてね。ここに少女がいたとしても国にはチクらないし、大人しくしてれば危害は加えないから、ちょっと調べさせてもらうぜ?」


 と、グラシエはメティアの横を通り過ぎようとした時。


 メティアはぐっと魔力を練り、グラシエに向け風魔法を唱えようと手をかざすと――。


「おらああああ!」


 メティアよりも先に奥にいたバルタが突進し、グラシエを船の外へ弾き飛ばした。


「バルタ……」


「お前は手ぇ出すな、これ以上俺らに加担すると、本格的に国を敵に回すことになる」


 グラシエに魔法をぶつけようとしたメティアの動作を察し、先にバルタが動いたのだった。


「セシルグニムからの依頼で来てんだろ? なら、俺らを匿った事については脅されたとでも言ってごまかせ。いいな?」


「でもっ……!」


 言いかけるメティアに構わず、外に追い出したグラシエに追撃しようとバルタも飛び出す。


「【滅びの炎(フォールブレイズ)】!」


 腕に炎を纏わせ、上空からグラシエに拳を叩きつけるが。


「あっついねぇぇ。火傷しそうだぜ」


 グラシエはその拳を素手で掴み、カウンターでバルタを地面に叩き付けた。


「ぐあっっ!」


 さらに倒れたバルタを踏みつけようと足を上げ。


「ちっ!」


 そのスレスレでバルタは回避すると、グラシエが踏みつけた地面は鉄球でも落ちたかのようなクレーターが出来上がっていた。


「なんだよこの女の力……それに触れた時の手ごたえのなさ……まるで大型魔獣と戦っているみたいだ」


 そんな得体の知れないグラシエの力に、バルタは危機を感じる。


「間違ってはねえよ。オレの体には古代魔獣ベヒモスの遺伝子が混ぜられているからな」


「あぁ? 古代魔獣だぁ?」


 と、グラシエの言葉を半信半疑で返す。


「まあ、そんなことより、あんたがもう一人の犯人かい?」

「うはは、だったらなんだよ?」


 彼女を笑い飛ばすバルタに、グラシエは静かに構える。


「こっちも仕事でね。あんたを捕まえなくちゃならないのさ。生死は問わないと言われている。だから、死にたくないなら大人しく投降しな」


「はん! やなこった!」


 バルタは挑発しながら自分に注意を向けさせるが。

 しかし経験から培った直感で分かる。

 身体能力だけで比べれば、おそらく自分よりも格上だろうと。


 手加減出来る相手ではない。バルタは両手に手投げ斧(トマホーク)を構え、未だ武器を背負ったままのグラシエにジリジリと距離を詰める。


 と、そんな時。


 搭乗口からタロスが顔を出し、グラシエの足元に威嚇射撃を放った。


「ちょっ……タロス?」


 今まで大人しくしていたタロスの行動に、メティアは驚いた様子で見つめる。


『人目につく場所で殺し合いはやめておけ。色々と面倒だ』


 銃剣を構えながら、荒事に発展しそうな二人を静止する。

 だが、グラシエは止まる気などなく。


「余裕がないって言ったろ? オレもなりふり構ってられねえのさ」


 そしてようやくグラシエは背負っていた長身棍棒スタッフメイスを握る。


「来るならこいよ。全員まとめて相手してやる」


 人質に取られた仲間の為にも、彼女に退くという選択肢は選べなかった。





ご覧頂き有難うございます。

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