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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第三章 水の都 海底に渦巻く狂乱編
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80話 地下研究所


 セシルグニムから遠く離れた海底にて。


 ここはテティシア領にある地下研究所。

 その区画内で、不衛生に無差別に、凶暴な魔物や侵入者などをごちゃ混ぜで収容する場所がある。


 そんな獣臭が漂う薄暗い通路で、鉄格子を隔てた一室の前に一人、エルフの女性が近づいた。


「気分はどうかしら? グラシエ」


 鉄格子の向こうで、両手を鎖に繋がれたもう一人の女性が激しく睨みながら怒鳴りつける。


「メイラー! てめえよくもオレの前に姿を現したなっ! ゲス野郎の飼い犬が!」


「ふふ、よく吠えること……。今のあなたのほうがよっぽど犬っぽいわよ?」


 と、グラシエと呼ばれた女性の怒号を一蹴しながら、彼女は鉄格子の中に入った。


「みじめねえ。魔力と気を無効化する鎖のせいで、あんなに強いあなたが私に指一本触れられないなんて」


 と、グラシエの頬を撫でながら挑発するメイラー。


「殺すっ! 絶対殺す!」


「はいはい聞き飽きたわ。でも本当に私達に手を出したら、あなたのお仲間さん達がどうなるか、分かるわよね?」


「くっ……!」


 ギリギリと歯を食いしばり、殺意を込めてメイラーを睨む。


「今日は別にあなたをからかいに来たわけではないのよ? お父様がね、条件次第であなたを解放すると言ってたの。その報告よ」


「条件だと?」


「ええ、最近お父様の研究所を狙った悪質なテロが相次いでね、その犯人を見つけて始末してほしいの。生死は問わないと言ってたわ」


 当然素直に従う気などなかった。

 しかし、逆らえば自分と共に捕まった仲間がどうなるか分からない。

 グラシエに選択権はなかった。


「……拘束されたままやれってのか?」


「安心して。引き受けてくれるなら自由にしてあげる。ただし、私達に危害を加えようとすると即座に高電圧が流れる首輪を付けさせてもらうけどね」


 そしてメイラーはグラシエの首に首輪を装着する。


「あとはあなたが着ていた服と武器も返してあげる。さすがに素っ裸で町を歩くと目立っちゃうからね」


 言いながら、メイラーはグラシエの手枷を外すと。


 その瞬間、グラシエはメイラーに向かって拳を振りかざした。

 しかし、彼女の拳がメイラーに触れる直前、全身に稲妻を受けたような電流が走る。


「がああああああ!」


「ねっ? 言ったでしょ。あなたは私に逆らえないの。大人しく言うこと聞きなさい」


 強烈な電撃に体が痺れその場に倒れるグラシエは、煮えたぎる怒気を露わにしメイラーを睨み付ける。


 気にせずメイラーは鉄格子から出ると、グラシエの私物と思われる荷袋を彼女に投げ渡した。


「それじゃあ、しばらくの間よろしくね。もしこの研究所に侵入者が入り込んだ場合も対処してもらうからそのつもりで」


 そう告げると、メイラーは彼女の元から去っていった。


 未だ痺れる体を無理やり起こし、グラシエは一人呟く。


「オレは諦めねえ……必ずみんなを助ける……。誰にも邪魔されず、誰からも追われる事のない安住の地へ、みんなを連れて行くんだ……」


 光の届かぬ牢獄で、一筋の希望を胸に彼女は立ち上がった。

 すべては自分と同じく、捨て去りたい過去を背負った同胞達の為に。









 そんな二人の様子を、別室にて『転映石』を埋め込んだモニター越しに研究員達が監視していた。


「被検体コード:レヴィアタン、こちらへ戻ってきます。指示通り被検体コード:ベヒモスへ『服従の首輪』を付けた模様です」


 と、研究員の一人は所長と思われる男に報告する。


「うんうんいい子だ。メイラーは娘達の中でも一番の親孝行者だよ」


 モニター越しに映るメイラーを見ながら満足気に男は頷く。


「グラシエは特に反抗的だったからねぇ、私も散々手を焼いたが、しかしこうして私の元へ戻って来てくれたのだ。後でたっぷりと可愛がってあげよう」


 歪んだ愛情を抱く男は、下卑た笑いを浮かべながらメイラーの帰りを待っていると。


 ふと、彼らのいる監視室の扉が開いた。


「ようゴルゴア、テロリスト達の情報は掴んだか?」


 男は自分の名を呼ばれ振り返ると、そこには転生者、コルデュークがヘラヘラとした様子で立っていた。


「これはコルデューク様。お久しぶりです」


 ゴルゴアと呼ばれた男は低姿勢でコルデュークへ挨拶を交わし、休憩用のソファーへ誘導する。


「前もって言って下されば食事の用意を致しましたのに」


「構わねえよ。どうせ食うならこんな華の無い海底じゃなく、ビーチで海女精ネレイドに囲まれながらのほうがいいからな」


「おっしゃる通りで」


 と、相槌もそこそこに、ゴルゴアは本題に入る。


「それで、研究所を破壊して回るテロ集団ですが、こちらの情報によりますと首謀者はたった二人だけのようです」


「くひひ、それはまた命知らずな奴らがいたもんだ」


「ええ全く。さらに興味深いことに、そのうちの一人は以前コルデューク様がお連れして頂いた黒髪の少女の可能性が高いかと」


 すると、コルデュークは面白いことを聞いたと高笑いをした。


「くっははは! あ~ナナちゃんか。なるほどなるほど、実験体にされた恨みで報復にきたってわけだ」


「恨みたいのはこっちですよ。彼女のせいで研究所の一つが潰されましたからね。貴重な被検体が脱走したうえ研究施設も全壊。こちらのほうが被害は甚大です」


「そりゃ転生者を甘く見たてめえの落ち度だ。自業自得だよ」


 と、ゴルゴアを嘲笑したのち。


「だが運の良いことに、もうすぐこの地に代わりが来る。ナナと同じ『統一する者(フルコンダクター)』の素質を持ったハーフエルフだ」


 アルミスの似顔絵が描かれた紙を取り出しゴルゴアに突きつける。


「テティシア第二王子、ハイデル様から聞き及んでおりますよ。なんでも兄上の婚約者候補として参られるとか」


「そうそれ。上手い事王女様をさらって、その責任を兄に押し付け次期王位の座から失脚させるってのが弟君の筋書きなんだろ? おもしれぇから協力してやれよ」


「もちろんです。我々としても豊富なマナを内包した被検体は喉から手が出る程に欲しておりますので」


 上は澄んだ海が広がる楽園のような観光地。

 しかし海の底は狂気ひしめく闇の世界。


 その研究施設で、二人の狂人は人道から逸れた計画を企てる。





ご覧頂き有難うございます。


明日、明後日は休載致します。

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