71話 親子の絆
家から左程離れていない深夜の森で。
リミナは一人、手ごろな岩に腰掛け心を落ち着かせていた。
――いつからだろう。母様と会うたびに喧嘩をするようになったのは。
親子なのに性格は似ておらず、直情的な自分と論理的な母親の噛み合わぬ言い合いに、もどかしさとやるせなさがこみ上げる。
父のように世界を回りたくて、心躍るような冒険がしたくて家を飛び出した。
逆に領主の役職を継いで、変わることのない町を管理する人生が嫌だった。
逃げていた。目を逸らしていた。他人任せにしていた。
そうして自分の夢に妖精達の力を借りて、ようやく叶った冒険家の日々。
――なのに……アタシはまだ、誰にもその恩を返せていない。
それどころか今回、恩人であるアニスらを巻き込んでしまった。
恩を仇で返してしまった。
そのことに、リミナは自責の念が強まるのだ。
と、そんな時。
「お前は昔から、何かある度にここへ来ていたな。リミナ」
ふと視線を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべたアニスが立っていた。
「……アニス、様」
「久しいな、何年ぶりだろうか」
突然現れた彼女の顔を見て、リミナは何と言っていいか分からず口ごもった。
「あの……今回の件は……」
「あ~良い、別にお前に責任を問いたくて来たわけではないからな」
言いかけるリミナに手を払い中断させるアニス。
よく見れば、彼女の顔には治癒しきれていない傷が数か所残っている。
気まずさが残る中、気にせずアニスはリミナに言うのだ。
「初めはお前の父が亡くなった時……。それからか? エスカは仕事に没頭し、お前は母親とそりが合わなくなったのは。そして口喧嘩で言い負かされた後、お前は必ずここへやって来たな」
懐かしむようにアニスは語る。
「そんな泣き虫だったお前が、いつの日か冒険家になると言い出した時は驚いた。わざわざ実家を出てわらわの元で稽古をつけてくれなどと……」
「あの、その節は大変お世話になり……」
「ああ全くだ。お前の未熟な体でも魔物と戦えるように、気の練り方、魔法の使い方を教えるのは骨が折れたぞ」
「…………」
「わらわの知識、ワルターの槍さばき、あとはシルキーの家事全般か」
「最後のはあまり必要なかったように思いますけど……」
と、水を差すリミナに。
「そう言うな。冗談に思えて意外と役立つのだぞ。薪割りやモップさばきはお前が扱うハルバードの重心を支える基盤となっている。お前が斧スキルを扱えるのは、シルキーの指導によるものだろうな」
今まで培ったものは無駄ではなかったと、アニスは語る。
「お前に合った戦闘スタイルを鍛える為、シルキーなりに考慮したのだろう」
「……腑に落ちない」
苦い顔をしながら半信半疑で呟くリミナ。
その様子にアニスは微笑を浮かべると、そっとリミナの隣に座った。
「話してくれぬか、アルマパトリアを出てから今日までの日々を」
そして二人は語った。
静かな森の中で、記憶に色濃く残った思い出を。
「そうか、それでセシルグニムに魔鉱石を届けようと」
「はい、その国の王女と仲良くなったので、彼女の為に出来ることを模索しました。あとは、連れの獣人の仕事復帰の為に」
「だがそのタイミングで、エスカはアルベルトに魔鉱石の所有権を売ってしまったと」
リミナは暗い表情で頷いた。
「アタシが大きくなったら『紅炎石』を譲ると、父から言われてました。父の形見ですが、友の為なら渡してもいいと思い、今回実家に帰省したんです」
モヤモヤと、再び悪感情が芽生えながら。
「けれど、その思い出の品を躊躇なく売ってしまえる母様が許せなくて、三年ぶりに会ったのに、また喧嘩してしまったんです。……きっと母様は、アタシのことも父様のこともなんとも思ってないのだと思います」
と、愚痴を吐くリミナに「それは違うぞ」と諭す。
「近頃魔物の活性化と国同士の戦争が目立ってな、この町への観光客が減っていたのだ。その渦中でも経営を続けようとエスカも必死だったのだろう」
「やっぱり……お金のことばかり」
「いや、自分の愛した男が築き上げたこの町を守る為、そしてお前の帰る場所を残しておく為だ」
同じ領主として、アニスはエスカを擁護する。
「お前が幼い頃、病に侵されたことがあったな」
「はい、父様と同じ病気だと聞いています。その時もアニス様にはお世話になりましたね」
「あの時はかなり病態が悪化していてな、数刻遅ければお前は今生きてはいなかった」
「…………」
「そんな時だ、エスカは苦しむお前を抱えてわらわの元へ走ってきた。『金でも物でもなんでもあげるから、どうかこの子を助けて』と、涙ながらに懇願してきたのだ」
自身の知られざる過去に、リミナは複雑な表情を浮かべる。
「全てを擲ってでも自分の娘を救おうとする親が、なんとも思ってないわけないだろう」
大事な友人の大事な娘。そして自分にとっては大事な愛弟子であるリミナに、アニスは彼女の凝り固まった頭をほぐすように、優しく語った。
「また旅立つのだろう? 出かける前に、エスカに感謝の一つでも伝えておけ。次はいつ会えるか分からんからな」
そう告げると。
「あっ、やっと見つけた」
肩に乗せたミーシェルの眼光フラッシュライトを照らしながら、二人の前にポロが現れた。
「帰ろう、リミナ。おばさん心配してたよ?」
そう笑いかけるポロに、アニスは微笑を浮かべながら立ち上がる。
「この坊やが例の獣人か?」
「あ……はい」
そしてポロとミーシェルを交互に見やり。
「……獣人とケットシー。これも人族と妖精族の共存か」
嬉しそうに呟いた。
「迎えも来たことだ、今日はもう帰りなさい。それから、町を出る際は近くのピクシーに伝えろ。見送りくらいはさせてもらうからな」
それだけ言うと、アニスは軽く手を振りながら森の奥へと去ってゆく。
その姿を見送りながら。
「リミナ?」
未だ踏ん切りのつかない表情を見せるリミナにポロが近づくと。
「……ごめんね、手間取らせて。帰ろうか」
「うん!」
自分でも知らぬ間にすっきりした気分になっていたリミナは、ポロの手を取り共に歩き出す。
長年住んだ、自分の家に。
「あとポロ、ミーちゃんのライト眩しいからやめさせて。視界がうるさい」
『申し訳ニャい』
「念話使えるの?!」
普段の調子に戻ったリミナに、ポロはクスリと笑みを浮かべた。
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