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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第二章 妖精達の楽園、アルマパトリア編
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71話 親子の絆


 家から左程離れていない深夜の森で。

 リミナは一人、手ごろな岩に腰掛け心を落ち着かせていた。


 ――いつからだろう。母様と会うたびに喧嘩をするようになったのは。


 親子なのに性格は似ておらず、直情的な自分と論理的な母親の噛み合わぬ言い合いに、もどかしさとやるせなさがこみ上げる。


 父のように世界を回りたくて、心躍るような冒険がしたくて家を飛び出した。

 逆に領主の役職を継いで、変わることのない町を管理する人生が嫌だった。

 逃げていた。目を逸らしていた。他人任せにしていた。


 そうして自分の夢に妖精達の力を借りて、ようやく叶った冒険家の日々。


 ――なのに……アタシはまだ、誰にもその恩を返せていない。


 それどころか今回、恩人であるアニスらを巻き込んでしまった。

 恩を仇で返してしまった。

 そのことに、リミナは自責の念が強まるのだ。


 と、そんな時。



「お前は昔から、何かある度にここへ来ていたな。リミナ」



 ふと視線を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべたアニスが立っていた。


「……アニス、様」

「久しいな、何年ぶりだろうか」


 突然現れた彼女の顔を見て、リミナは何と言っていいか分からず口ごもった。


「あの……今回の件は……」


「あ~良い、別にお前に責任を問いたくて来たわけではないからな」


 言いかけるリミナに手を払い中断させるアニス。

 よく見れば、彼女の顔には治癒しきれていない傷が数か所残っている。

 気まずさが残る中、気にせずアニスはリミナに言うのだ。


「初めはお前の父が亡くなった時……。それからか? エスカは仕事に没頭し、お前は母親とそりが合わなくなったのは。そして口喧嘩で言い負かされた後、お前は必ずここへやって来たな」


 懐かしむようにアニスは語る。


「そんな泣き虫だったお前が、いつの日か冒険家になると言い出した時は驚いた。わざわざ実家を出てわらわの元で稽古をつけてくれなどと……」


「あの、その節は大変お世話になり……」


「ああ全くだ。お前の未熟な体でも魔物と戦えるように、気の練り方、魔法の使い方を教えるのは骨が折れたぞ」


「…………」


「わらわの知識、ワルターの槍さばき、あとはシルキーの家事全般か」


「最後のはあまり必要なかったように思いますけど……」


 と、水を差すリミナに。


「そう言うな。冗談に思えて意外と役立つのだぞ。薪割りやモップさばきはお前が扱うハルバードの重心を支える基盤となっている。お前が斧スキルを扱えるのは、シルキーの指導によるものだろうな」


 今まで培ったものは無駄ではなかったと、アニスは語る。


「お前に合った戦闘スタイルを鍛える為、シルキーなりに考慮したのだろう」


「……腑に落ちない」


 苦い顔をしながら半信半疑で呟くリミナ。


 その様子にアニスは微笑を浮かべると、そっとリミナの隣に座った。


「話してくれぬか、アルマパトリアを出てから今日までの日々を」


 そして二人は語った。

 静かな森の中で、記憶に色濃く残った思い出を。










「そうか、それでセシルグニムに魔鉱石を届けようと」


「はい、その国の王女と仲良くなったので、彼女の為に出来ることを模索しました。あとは、連れの獣人の仕事復帰の為に」


「だがそのタイミングで、エスカはアルベルトに魔鉱石の所有権を売ってしまったと」


 リミナは暗い表情で頷いた。


「アタシが大きくなったら『紅炎石』を譲ると、父から言われてました。父の形見ですが、友の為なら渡してもいいと思い、今回実家に帰省したんです」


 モヤモヤと、再び悪感情が芽生えながら。


「けれど、その思い出の品を躊躇なく売ってしまえる母様が許せなくて、三年ぶりに会ったのに、また喧嘩してしまったんです。……きっと母様は、アタシのことも父様のこともなんとも思ってないのだと思います」


 と、愚痴を吐くリミナに「それは違うぞ」と諭す。


「近頃魔物の活性化と国同士の戦争が目立ってな、この町への観光客が減っていたのだ。その渦中でも経営を続けようとエスカも必死だったのだろう」


「やっぱり……お金のことばかり」


「いや、自分の愛した男が築き上げたこの町を守る為、そしてお前の帰る場所を残しておく為だ」


 同じ領主として、アニスはエスカを擁護する。


「お前が幼い頃、病に侵されたことがあったな」


「はい、父様と同じ病気だと聞いています。その時もアニス様にはお世話になりましたね」


「あの時はかなり病態が悪化していてな、数刻遅ければお前は今生きてはいなかった」


「…………」


「そんな時だ、エスカは苦しむお前を抱えてわらわの元へ走ってきた。『金でも物でもなんでもあげるから、どうかこの子を助けて』と、涙ながらに懇願してきたのだ」


 自身の知られざる過去に、リミナは複雑な表情を浮かべる。


「全てを擲ってでも自分の娘を救おうとする親が、なんとも思ってないわけないだろう」


 大事な友人の大事な娘。そして自分にとっては大事な愛弟子であるリミナに、アニスは彼女の凝り固まった頭をほぐすように、優しく語った。


「また旅立つのだろう? 出かける前に、エスカに感謝の一つでも伝えておけ。次はいつ会えるか分からんからな」


 そう告げると。



「あっ、やっと見つけた」



 肩に乗せたミーシェルの眼光フラッシュライトを照らしながら、二人の前にポロが現れた。


「帰ろう、リミナ。おばさん心配してたよ?」


 そう笑いかけるポロに、アニスは微笑を浮かべながら立ち上がる。


「この坊やが例の獣人か?」

「あ……はい」


 そしてポロとミーシェルを交互に見やり。


「……獣人とケットシー。これも人族と妖精族の共存か」


 嬉しそうに呟いた。


「迎えも来たことだ、今日はもう帰りなさい。それから、町を出る際は近くのピクシーに伝えろ。見送りくらいはさせてもらうからな」


 それだけ言うと、アニスは軽く手を振りながら森の奥へと去ってゆく。

 その姿を見送りながら。


「リミナ?」


 未だ踏ん切りのつかない表情を見せるリミナにポロが近づくと。


「……ごめんね、手間取らせて。帰ろうか」

「うん!」


 自分でも知らぬ間にすっきりした気分になっていたリミナは、ポロの手を取り共に歩き出す。

 長年住んだ、自分の家に。




「あとポロ、ミーちゃんのライト眩しいからやめさせて。視界がうるさい」


『申し訳ニャい』


「念話使えるの?!」


 普段の調子に戻ったリミナに、ポロはクスリと笑みを浮かべた。





ご覧頂き有難うございます。

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