68話 遠き日の記憶②
とある総合病院に勤務する男は、分け隔てなく真摯に患者と向き合う姿から、地元では評判の良い名医だった。
昼休憩中、男はある病室へ向かうと。
「あっ、じいちゃん!」
ニコリと笑いかける幼い女の子は、男が来るとベッドから飛び出し抱き着いた。
「よしよし、具合はどうかね? 結衣」
優しく頭を撫でるその男に、女の子はくすぐったそうにしながらも子猫のように身を預ける。
「今日は調子良いみたい。あとちゃんとお勉強もしたよ」
「はは、そうか、えらいぞ」
そう言って、男はその子の体を庇うように抱きかかえ天井高くまで持ち上げる。
「きゃははっ! 高い~」
キャッキャッと笑う女の子は、医者である男の孫娘だった。
その元気そうな姿を見て、男は嬉しさと同時に、一筋の不安も抱く。
この笑顔が、二度と見れなくなるかもしれないと、そんな思いに駆られ……。
「古井先生のお孫さん、脊髄に腫瘍が見つかったんでしょ?」
「あんなに若いのに……どうして」
ひそひそと噂する同僚達の声を聴かないように、男は早足で廊下を通り過ぎる。
何故よりによって自分の孫なのか、何度も目を疑った。
だがその都度、自分が医者で良かったと思う。
身内に重患者が出ても、自分ならば救えると、その為に自分は医者になったのだと、男はその事実を受け入れた。
大丈夫、手術は成功する。そう自分に言い聞かせて。
――医者の私が弱気になってどうする。
早く外に出してあげたい。その一心で。
――私が結衣を救わなければ。絶対に。
検査手術の日、男は愕然とした。
――予定よりも転移が早い……このままでは……。
彼女の腫瘍の広がりは思いの外早く、早急に手術をしなければ間に合わない状態だった。
――頼む、頼む……どうか間に合ってくれ……。
自身の腕でも、手術の成功率はかなり低い。
今まで神など信じていなかった男は、その時ばかりは藁にもすがる思いで、姿の見えない神へ祈った。
懇願した、切願した。
しかし期待を裏切るように、その願いは叶わなかった。
彼女の幼い体では、長時間の手術に耐えられなかった。
「あああああ…………何故……どうして!」
誰もいない病室で、男は一人泣き叫んだ。
「どうして未来あるあの子が死に、先の短い私が生きているっ!」
後悔、絶望、自責の念、そんな負の感情が押し寄せる。
「自分の孫も救えずに何が医者だ! 守りたいものも守れずに何が医者だ!」
彼女を触った手の感触が、今も消えずに覚えている。
それで嫌でも自覚するのだ。
自分の孫を殺めたのは、紛れもなくこの手なのだと。
「結衣……すまない……すまない……私は……医師失格だ……」
それから数日。
男は魂が抜けたように廊下を歩く。
「古井先生、あんなにやつれて……」
「自分の担当した子が亡くなったのよ。しかも身内の。……無理もないわ」
皆、憐れむように見つめる中、男は静かに屋上へ上がった。
「私は何故生きている。何故生き永らえている」
屋上の柵に手をかけながら、ぶつぶつと呟き。
「あの子はこれから幸せになるはずだった……。友達をたくさん作り、良い大学に通って、良識ある男性と結婚し、そして新たな命を育む、そんな未来があったはずだ……」
後から後から、孫との記憶が掘り返される。
『じいちゃん』
そう言って笑いかける孫を思い浮かべ、再び涙腺から涙が零れるのだ。
「…………私が、あの子の未来を潰してしまった」
プルプルと柵を握る手が震え……。
そのまま彼は柵をよじ登ると。
「すまない……結衣、私はこれ以上、どう詫びれば良いのか分からないのだよ。せめて寂しくないように、私も今そちらへ行こう」
壊れた精神の赴くまま、その言葉を最後にして、男は屋上から飛び降りた。
だが、男は孫の元へは行けなかった。
向かった先は、多種多様な種族が暮らし、魔法が存在する異様な世界。
「初めまして、新たな転生者よ。私はオールドワン。お前達を統率する者だ」
「…………」
目が覚めた先で、そう名乗る男に続けて問われる。
「差し当たっては、この世界で新たに自分の名前を決めてもらいたい。まあ呼びやすいように言い合うコードネームのようなものだ」
「コードネーム……ですか」
こんな場所で道草を食っている場合ではない。
そう思いながらも、よく知らない男にこう告げた。
「ではアルベルト、と」
「ほう、由来を聞いても?」
「私が以前いた場所に、アルベルト・シュバイツァーという有名な医師がおりました。私が医学の道に進んだのも彼の影響によるもの。ですので、ここでは彼の名をあやかりそう呼ばせて頂きたい」
するとオールドワンと名乗る男は小さく頷き。
「良いだろう。ならばお前は今よりアルベルトと名乗るがいい。これからよろしく頼む」
そう言って、オールドワンはアルベルトに能力を授けた。
体のほとんどが鉱石で生成され、朽ちず、老いず、常に自己治癒能力が備わった体へ生まれ変わったのだった。
それが彼にとっての地獄。潰える事のない永遠の生命。
これが安易に死のうとした罰なのか、その答えは彼には分からない。
しかし、だとするならばこれは贖罪だと思い、自分の犯した業を背負って運命を受け入れた。
いつか終わりが来るその日を願い。
感情の薄れた心をわずかに揺るがせ、上からの命令を淡々とこなし。
やがて孫の元へ行けるようにと、そう思い。
男は静かにその時を待っていた。
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