62話 撤退する二人、そして
アルベルトに向け、冷たく睨むシルキーは。
「罪無き同胞を殺めた所業、もはやあなたのした事は許されない。楽に死ねるとお思いにならないで下さいませ」
怒りを露わにしながらアルベルトの反応を窺う。
「ほう、私を死なせてくれるのですか? それは僥倖。ならば、どのような責め苦にも耐えて見せましょう」
だが、シルキーの脅しに対して、彼は機嫌の良い返事で返した。
「あなたに出来れば良いのですが……」
その言葉にシルキーはさらに激情し、途端、彼女はアルベルトへ向け魔法を放った。
「【地獄の業火】!」
アルベルトの周囲に灼熱の炎を発生させ、骨も残さぬ勢いで彼を焼き尽くさんとする。
だが、その炎は突然掻き消えた。
「……今のが全力ですかな?」
消えた炎の中から現れるアルベルトは、がっかりしたような表情を見せ彼女に問う。
「くっ……【風精の旋回】!」
立て続けに無数の真空の刃を放つも、直撃するアルベルトには傷一つ付かず。
すると、アルベルトは羽が生えたようにふわりと宙へ浮かび、シルキーの眼前まで視線を合わせると。
人差し指を彼女に向け、突如その指先から眩い光線を放った。
「なっ……!」
アルベルトの放つ高熱の光線は、容易くシルキーの脇腹を貫き、遅れてやってくる熱傷の痛みに彼女はたまらず地面に倒れた。
「シルキー!」
激痛に悶えるシルキーの元へリミナが駆けつけると。
「リミナ…………今すぐ獣人ちゃんを連れて逃げなさい。この男の狙いははあなた達なのだから」
癒えぬ脇腹を押さえながら、彼女は退避を命令した。
「何言ってるの! シルキーを置いて行けるわけないでしょ! 一緒に戦うわ」
「ダメです。ここで全滅したら、アニス様とワルターが浮かばれない」
シルキーの言葉に、リミナは鼓動を逸らせながら問う。
「ねえ、さっきからどうしてアニス様とワルターの名が上がるの? まさか二人もあの男と因縁が?」
「…………」
シルキーは答えない。
リミナの交渉材料として捕らわれたと知ったら、きっとリミナは責任を感じ、絶対にこの場から離れないだろうと、彼女はそう思ったのだ。
「リミナ、よく聞きなさい。もはやあの男との契約を守る必要はありません。今すぐハルチェット家が管理する森へ向かい、『紅炎石』を回収なさい。そしてすぐにこの町を離れるのです」
「そんな……あなた達はどうするのよ!」
「大丈夫、アルベルトはアニス様達と協力して倒します。だから心配しないで」
「シルキー……」
リミナは躊躇する。
自分の知らぬ間に彼女達を巻き込んでしまったのではないかと、口には出さずともリミナも勘付いていた。
「大事なものなのでしょう? あの魔鉱石は。それを擲ってでもやり遂げたい事があるのなら、構わずお行きなさい」
「でも……アタシは……」
踏ん切りのつかないリミナに軽く息を吐くと。
「ドライアド! 聞いてたわね? 今すぐ二人を転移させて!」
突然その場でドライアドを呼び、強制的に二人を遠ざけようとする。
「は~い、お二人様ごあんな~い」
そして突如現れたドライアドに腕を摑まれ、二人は大木の中へ引きずり込まれる。
「待って! やっぱりアタシも……」
未だ躊躇うリミナの言葉を流し、シルキーはポロへ視線を向ける。
「獣人ちゃん、リミナのこと、頼みましたよ」
複雑な表情を浮かべながらも、ポロは静かに頷いた。
だが二人がドライアドに転移される直前、じっと様子を窺っていたアルベルトが動く。
「それは少々面倒なので、邪魔をさせて頂きます」
と、アルベルトは先程の光線をドライアドに向け放つ。
「【風の盾】!」
その瞬間、ドライアドの前にシルキーが立ち塞がり、風の防御魔法を唱え光線を受け止めた。
しかしその威力はシルキーの魔法を凌ぎ、風魔法で作られた盾はミシミシと亀裂が広がる。
「ぐっ……行かせるのっ!」
盾が割れる寸前で光線の軌道を曲げたシルキーは。
自身の片腕と引き換えに、ドライアドに向けられた光線をギリギリ逸らした。
貫かれた片腕は、虚しく地面に転がり落ちる。
アルベルトはその光景を眺めながら。
「……ふむ、大した覚悟」
血液の代わりにマナ粒子が漏れ出る腕を痛々しく思い、彼女に素直な称賛を贈る。
「いかがです? 今治癒魔法を唱えればちぎれた腕も再生するでしょう。このまま彼らの元へ行かせてくれるのであれば見逃して差し上げますが」
するとシルキーは利き手ではない腕でモップを構え。
「お生憎様ですね。ワタクシ、こう見えて諦めが悪いのです。この命尽きるまで、ワタクシのお相手をして下さると嬉しいですわ」
挑発するようにアルベルトへ笑みを浮かべる。
「…………ご立派ですな」
彼女の意志を汲み、アルベルトも彼女に向け拳を構えた。
同時刻。
星明りが照らされる夜景の中、とある魔導飛行船は優雅に飛行する。
「んん〜……ようやく仕事が片付いたね。明日は休みか……」
体を伸ばしながら、黒エルフの女性は疲れ気味でコーヒーを啜る。
そんな時。
『メティア、言い忘れていたが、今朝方ポロから手紙が来ていたぞ』
木彫りの人形に魂を移したゴーレムは、何気なしに彼女に告げた。
「はあっ?! もっと早く言いなさいよ! ったく、あの子毎日寄こせって言ったのに全然送って来ないんだから……。で、なんて書いてあるの?」
興味津々に手紙の内容が気になる彼女へ、男は無言で封筒を渡す。
……彼女は渡された手紙を読むと。
「……アルマパトリアまで飛行船を出してほしい?」
『だそうだ』
わなわなと手紙を持つ手が震え、そして溜息を吐く。
『どうする?』
「聞くまでもないでしょ……。っていうかあんた、航路がすでにそっちへ向かっているじゃない」
煙草を加えながら、彼の無茶な注文を聞き届ける二人。
それは他の船員も同じ気持ちであり。
「みんな、久々の船長のわがままだよ。疲れているとこ悪いけど、今からもう一仕事お願いね」
皆は快く頷く。
愛くるしい船長の頼みをどこか嬉しく思う船員は、高揚感に駆られながら、急遽アルマパトリアへ向け魔導飛行船を飛ばした。
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