5話 氷姫の魔剣士
セシルグニム城、城門前。
「さあ、到着致しました。どうぞ中へ」
馬車を走らせていた国専属の御者に促され、一同は積み荷を降ろし門の前へ。
すると門番の兵士に止められ、身分の確認を問われる。
「失礼、こちらへは何用で?」
緊張気味のメティアの横をタロスは堂々と通過し、兵士に説明する。
『我々はフリングホルンの運び屋です。依頼の品を届けに参りました』
――なんだ、敬語普通に言えるじゃないか……。
と、メティアはタロスの意外な一面に驚くが。
「おお、お待ちしておりました。ささ、どうぞこちらへ」
『承知した』
――あ、戻った。
一瞬でボロが出るあたり、タロスも万能ではないのだと確信した。
「しかし、フリングホルンではゴーレムの方も飛行士をしておられるのですな」
『俺は特別だ…………あ、です』
思い出したように訂正するタロスに、メティアはやはり自分が対応したほうがいいのでは? と不安になる。
その後、敬語と普段の喋りが混合するタロスを押し退け、代わりにメティアが役員に話を通し、ようやく全ての『浮遊石』をセシルグニム城へ納品し終えた。
そしてポロ達は、一先ずの休憩として、客間で茶を振る舞われることに。
「んん~終わったね~。無事報酬ももらえたし、この後各自自由行動にして町を回ろうよ」
身体を伸ばしながら乗組員達に自由時間を提案するポロに、彼らも大いに乗り気だった。
「……あんたほぼ何もしていなかったけどね」
一方で、慣れない気を遣いどっと疲れるメティアは呆れたように文句を垂れる。
「もちろんメティアには感謝してるよ。それじゃあ今日はメティアの好きなところに行こう。ご飯も僕が奢ってあげるね」
「え、あ……うん」
ニマニマと笑顔を浮かべるポロに、メティアはそれ以上何も言えなくなってしまう。
その様子を見ていた乗組員達は皆『チョロい』と、笑いをこらえていた。
と、そんな時。
突然客間の扉が開き、鎧を纏った女剣士が現れた。
「お初にお目にかかる、フリングホルンの飛行士諸君。私はセシルグニム騎士団副団長、サイカ・カザミ・ベルクラストだ」
キリっとした目付きと堅苦しい態度に、乗組員達は急に固まる。
「此度の『浮遊石』の運搬、ご苦労だった。我が王も大変喜ばれておいでだ」
労いの言葉とは裏腹に、冷たい視線で凄む彼女に恐怖さえ覚えた。
「延いては諸君、というより……そこの三名、貴様らには国王陛下直々にお声がかかっている。急で悪いが、今すぐ私に同行願おう」
と、ポロ、メティア、タロスの三人を睨むサイカ。
メティアは何か粗相を働いたかと焦りを露わにする中。
「その前にちょっといいかな?」
ポロは普段通りの口調でサイカに質問をする。
「君、どうしてそんなに殺気立っているの?」
その一言に、サイカはピクリと眉をひそめた。
「……ほう、何故そう思う?」
「気配がダダ漏れだもん。それに、苛立っている人の体臭って結構臭いから」
「なっ……!」
さすがに体臭のことを言われたサイカは怒りを表情にし、ポロの隣にいたメティアは「馬鹿あんた何言ってんの?」とオロオロする。
そしてサイカは腰に下げていた剣のグリップを握り。
「私はこれでも女だ、嗅覚が優れた獣人とは言え、女性に対するモラルがいささか欠けているのではないか? 小僧」
いつでも抜刀出来る構えで睨む。
これ以上余計な事を言えば斬り捨てると、威圧しながら。
一方、ポロはまるで動じず、テーブルに置かれた茶菓子を頬張りながら返す。
「でも、気づかせてあげるのも優しさだよ? 匂いがキツイって――」
その言葉を言い切る直前、サイカは目で追えぬ速さで剣を引き抜き、気を込めた波動がポロの周辺に放たれた。
その斬風が部屋中に一閃されると、たちまち近くの物が凍り出す。
「……氷魔法?」
ソファーに出来たわずかな氷塊を見て、メティアは不思議に思う。
「あんた今、魔力と気のエネルギーを同時に放出したの?」
魔力と体内で練る気のエネルギーを同時に放つ技術は、かなりの熟練した者でなければ出来ない芸当である。
それを容易く、しかも人に当たらぬように加減しながら放つサイカに、メティアは底知れない強さを感じた。
タロスは静かに頷いた後、『ふむ』と一言。
『たしか、貴女の二つ名は『氷姫の魔剣士』だったか。噂に違わぬ抜刀術だな』
しかしサイカもまた、剣圧を放ったにも関わらず、全く躱す素振りもなく茶菓子を食べ続けるポロを警戒していた。
「貴様、何故避けなかった?」
「当てる気なかったじゃん。それに万が一僕らがここで死んだら、僕らを呼んでいる王様の命に背くことになる。それは君が一番困るんじゃないの?」
「……陛下の招集自体が、貴様らを殺す為の虚言だと考えないのか?」
「わざわざ王の名を出してまで、ましてやこんな豪華な客間を血まみれにしてまで堂々と殺すメリットある?」
「……っ!」
――殺気も剣の軌道も読まれ、気の乱れもない。
サイカは目の前の、得体の知れない獣人に戦慄を覚えた。
――能天気な獣人かと思いきや、なかなかに食えない奴だ。悔しいが認めるしかない。
奥歯を噛み締めそう思う。
そしてサイカは静かに剣を鞘に納めた。
「……突然の無礼を詫びよう。少しばかり貴様らの実力が気になってな」
「殺気が消えたね。とってもいい匂いになったよ」
「…………」
顔を赤らめながらも平静を保ち。
「王がお待ちだ。ついてこい」
ポロを含む三人を謁見の間へと案内する。
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