58話 鉄壁の老人
それからしばらく、コテージから幾度となく金属がぶつかり合う音が響き渡る。
「はあ……はあ……」
ワルターは息を切らしながらも研ぎ澄まされた槍術でアルベルトに刺突を与えるが。
その刃がアルベルトに触れた瞬間、カウンターを食らったかのように衝撃が弾き返される。
「がはっっ!」
そしてワルターは反動で壁に叩きつけられ、吐血をしながら膝をついた。
「……ふむ、先程からお一人ではしゃいでいらっしゃいますが、ジジイの私にはその楽しみ方がイマイチ理解出来ませんな」
アルベルトは退屈そうにワルターを見やる。
「私はただその場に立っているだけなのですが、下手をすると勝手に自滅してしまいそうで心配になります」
「くっ……!」
槍を支えにしながら体を起こすワルターは、近くで拘束されているアニスに目を向け。
「お逃げ下さい、アニス様」
彼女を縛る縄を斬り拘束を解いた。
「待てワルター、わらわも戦う」
「なりません、今の我々では二人がかりでも勝てるか分からない……ならばせめてあなただけでも!」
そう言って、ワルターは全身に気を練りアルベルトに疾風の突きを放つ。
「【突風穿ち】!」
強固な壁にぶつかったような金属音と共に、アルベルトに刃が触れた瞬間、その風圧でコテージが半壊する。
しかし、その威力を以てしてもアルベルトに傷を付けることは叶わず、代わりにワルター自身で放った衝撃をそのまま反射された。
「ぐああああ!」
再びワルターは壁に衝突し、崩れる木材の下敷きとなる。
「ワルター!」
彼の元へ駆けつけるアニスを静かに眺めながら、アルベルトは溜息を吐いた。
「ふぅ……あなたの力は概ね理解しました。無駄な時間……ただ私の別荘が破壊されただけの、実に不利益な時間でしたよ」
そう言いながら、アルベルトはワルターに手の平を向けると。
その手は白く発光し、高出力のマナが漏れている事をアニスは察知した。
「待てっ! その前に答えろ!」
アニスは庇う様に前方に立ち塞がり、アルベルトに問う。
「貴様は何故リミナを狙う? 接点があるように思えぬが……」
その質問はワルターが復帰するまでの時間稼ぎだろうと見抜いていたが、アルベルトはあえて攻撃を中断し、その問いに乗った。
「上からの指示でございます。たまたま里帰りにやって来た彼女の目的を阻止する為、たまたまその土地に居合わせた私が抜擢されただけのこと」
「目的……?」
「ハルチェット家が所有する『紅炎石』をセシルグニムに献上するのだそうです。なので私は人族側の領主様からその所有権を買い取った」
アニスはピクリと眉を顰める。
「エスカが……魔鉱石を貴様に譲渡したのか?」
「ええ。たしか、元は旦那様の所有物だったそうですね。けれど人というものは欲深い者です。大金をちらつかせれば夫の形見すら簡単に手放してしまえるのですから。義理堅い妖精族のあなたには信じ難いことでしょうな」
「…………」
アニスは考える。エスカのことを。
ただ金を積まれただけで、思い出の品をよく知らない老人に渡すだろうか、と。
「ですがやはりリミナお嬢さんは納得いかないご様子でして、私からその所有権を買い戻そうとやって来られました。どうにも引く気のないご様子でしたので、少々手荒い真似をさせて頂いた次第でございます」
アルベルトは近くにある『転映石』を覗きながら、再び彼女らの戦いぶりを傍観する。
「……あの子を、殺すのか?」
「それは彼女次第でしょうな。私の目に適う実力であるならば生かしましょう。そうでなければ価値はなく、私が生かす理由はございません」
アニスは静かに拳を握り、命を賭してでもこの男を止めようと、アルベルトの出方を窺う。
「もう一つ質問だ。貴様は『紅炎石』を手にしてどうする?」
そう言うと、アルベルトはアゴ髭を擦り、考えるような素振りを見せた後。
「そうですな。個人的には宝石コレクターとして観賞するだけでも満足ですが、やり方は任せると上から仰せつかっております。ならばあの高濃度な熱量を使い、いっそ派手にこの森を焼き払ってしまうのも一興でしょうな」
「っっっ!」
アニスはギリ、と歯を食いしばる。
「かつての妖精女王が守り続けたこの森を……貴様の都合で消させてたまるかっ!」
激情したアニスは体内の魔力を上昇させ怒りを露わにし。
同時に、木屑で下敷きになっていたワルターも起き上がり、アニスの盾になるように前に立った。
「ワルター、シルキーはどうした?」
「リミナの護衛に向かわせています。今の話も念話で伝えました」
「そうか、助かる」
小声で会話をする二人を傍観しながら、アルベルトはつまらなそうに問う。
「……まだ戯れるおつもりで? あなた方では私の脅威になりえないと自覚しておられるでしょうに。……それとも、リミナさんを逃がす為の時間稼ぎですかな?」
二人は答えない、だが、アルベルトは分かっていた。
「だとしても、先程私が放った合成植物の中に、強力な者が一体加わっております。もしかすると、私が向かう前にやられてしまうやもしれませんな」
と、アルベルトは二人の動揺を誘う。
「トリフィドモック……私が自作した魔物ですが、その脅威は統治者級に匹敵
する強さです。はたして彼らは無事でいられるでしょうか?」
脅しをかけるアルベルトだが、何よりこの男こそが一番の脅威だと二人は理解していた。
ならば少しでも、この男の足止めをと武器を構える。
愛弟子を生かす為に、無謀と知りながらも、得体の知れない鉄壁な老人へ二人は刃を向けた。
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