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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
幕間 新人転生者のセカンドライフ
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48話 最強の噛ませ犬


 目の前の後輩転生者に、コルデュークは焦りを感じた。


 ものの数分前までは、戦闘経験などまるで素人同然だったはずの少年。

 構えも何もない、初期ステータス頼りの力任せなゴリ押し戦法だったショウヤだが。

 今この瞬間、猫が虎に化けた。


 ――おかしい、こいつは『固有能力ユニークスキル』を持っていないはずだぞ……。鑑定……鑑定……。


 と、コルデュークはショウヤを凝視し、対象の能力値を暴く鑑定スキルを発動させると。


 ――あ? なんでだ……さっきまでなかったはずの『固有能力ユニークスキル』の項目が増えてるだと?


 男は己の目を疑った。


 ――『神言獲得術オラクルオブテイン』? 自動で発動する能力か? くそ、スキルの詳細が読み取れねえ……。


 自身の鑑定スキルでも明かせない彼の能力に、より一層の危機感を感じる。


 ――仕方ない、生かして俺の駒にしようと思ったが、勝手の分からない奴を野放しにするのも厄介だ。


 そう思い、ブーツの下敷きにしていたライラから足を退けると。


 コルデュークは突如何もない空間から小さな【空間の扉(ポータル)】を生み出し、背の丈程ある長剣を取り出した。


「……殺すか」


 先端が丸みを帯びた、刺突向きではないが重みのある長物。


「なんだ? その武器」


 攻撃体勢をとるコルデュークにショウヤは問う。


「『処刑用斬首剣エグゼキューショナー』、罪人の首を斬り落とす為の処刑具さ」


 そう言いながら、数十キロはある長剣を片手で軽々と持ち上げる。


「君こそ、なんだよその中二心をくすぐる武器の数々は。俺の知っているスキルにそんなものはなかったが?」


「……別に。転生してからずっと聞こえていた声に、耳を傾けただけだ」


「声ぇ?」


 自分にはない彼の症状に、コルデュークは疑問を抱いた。


「最初は活用していたよ。馬車の乗り方、武器の扱い、異国の文字の解析なんかにな」


 --知識を得る能力か?


「……けど、そのうち人の殺し方、騙し方、取り繕う方法なんかの、物騒な知識まで勝手に脳内に流し込んでくるから『遮断の魔法』を覚えてその声を聴かないようにしていたんだよ」


 ショウヤの言葉を聞いたコルデュークは、ピクリと眉間にシワを寄せる。

 初見で彼を鑑定した時に『固有能力ユニークスキル』が表示されなかったのは、彼自身が能力を封印していたからだと気づき。


「だけど、今回は利用させてもらったぜ。ライラを傷つけたお前を、ぶっ倒す為にな!」


 ショウヤの青臭いセリフに、コルデュークは嘲笑しながら返す。


「くひひ、安い正義感こじらせてんじゃねえよ。王道主人公にでもなったつもりか馬鹿馬鹿しい。てめえはどこまで行っても噛ませ犬さ。引き立て役の脇役だよ」


 だが、コルデュークの煽りに怒りなどなく。


「脇役で結構。ヒーローは俺じゃない、主役ならもっと他に適役がいるからな」


 思い返すは、ポロの姿。


「そいつが引き立てられるなら、喜んで噛ませ犬になってやるさ。少なくとも、お前よりはまともなザコを演じてやるよ」


 その態度に、コルデュークは面白くないものを見たと舌打ちをする。


「……この世界の事も知らねえ無能が、能力の譲渡を拒否した間抜けが、調子に乗るなよ!」


 激高したコルデュークは突如、手に持った長剣を振るい、気の斬撃をショウヤに飛ばすが。


 ショウヤは自分の周囲に浮遊する剣の一つを手に取り、その斬撃を相殺した。


「あぁ? 軽く振っただけで打ち消しただと……」


 予想外の事態にコルデュークは焦りを見せる。


「感情で効果が変動する魔剣、『モラルタ』。俺は今、お前にすこぶる憤りを感じてんだよ……喧嘩を売ってきたのはお前だ、買ってやるから逃げんじゃねぇぞ?」


 鋭い眼光に殺気を乗せるショウヤは、地面を一蹴りしただけでコルデュークとの距離を詰め、真っ直ぐ剣を振るった。


「ぐっ……こいつ!」


 咄嗟にコルデュークは自分の剣で攻撃を防ぐが、ショウヤの猛攻は止まらない。


 相変わらず型のないでたらめな剣さばきだが、呼吸を整える隙も見せずに攻め続けるショウヤの戦い方に、徐々にコルデュークは追い詰められる。


 さらにショウヤを取り巻く複数の武器も、彼に呼応して自動で追撃する能力が備わっていた。


 その手数に圧倒され、コルデュークが息を切らした瞬間……、その連撃の刃は彼の体に重傷を負わせた。


「ぐあっ……クソが!」


 そして、最後の一撃と言わんばかりにショウヤは手に持った武器を手放し。

 己の拳を力強く握りしめ、渾身の一撃をコルデュークの頬に叩き込む。


「ぐがあああああ!」


 殴り飛ばされたその男は、白目を剥きながら地面に転がり落ちた。










 戦闘が終わった後、ショウヤはライラへ駆け寄り、『神言獲得術オラクルオブテイン』の能力で治癒魔法の情報を取得する。


「ライラ、今治してやるからな……【身体修復リカバリー】」


 そして、彼女の折れたあばらと顔面を治療する。


「う……なんかすごい魔力持ってかれるな。悪い、今は応急処置くらいしか出来ないみたいだ」


 新たな魔法を覚えても、自身の魔力が追い付かないショウヤは、ライラを完全に治療することは出来なかった。

 だが、ライラはショウヤの頬に触れ笑顔を見せる。


「構いません。私には勿体ないお力です」

「いやいや、女の子だし、顔に傷が残ったら嫌だろう?」


 ライラは首を振る。


「ショウヤ様に治療して頂くだけでも、私は満足です。……それより、ショウヤ様が無事で、本当に良かった」


 優しく微笑む彼女に、ショウヤは頬を赤らめ目を逸らした。


「……しっかし、馬車が壊れちまったな。他の馬車が通るまで徒歩になるけど、歩けそうか?」


「お気になさらず。伊達に奴隷生活で肉体労働を強いられていたわけではありませんので」


「自虐はよそうぜ……」


「いいえ、自慢です。くじけない精神も、人並み以上の体力も、奴隷時代に培ったものですから。辛い過去でも、意外と役に立つ事があるのだと実感しました」


 そんなことを言うライラに、ショウヤは複雑な感情を抱く。


 ――そもそもライラが奴隷にならなければ、俺なんかに付き従うより、もっと幸せな生活が出来たんじゃないのか? 整った顔立ちだし、町では結構モテるし。


 そう思っていると。


「惜しむべきは、ショウヤ様に初めてを捧げることが出来なかったことでしょうか……」


「ばっ、お前何言ってんだよ!」


 ショウヤはさらに頬を完熟トマトにしながら動揺した。


「乙女がそういうこと言うんじゃないよ!」

「……ええ、少し冗談を言ってみただけですよ」


 笑いながら「半分は……」と小さく呟き。


「では参りましょう。日が落ちるまでに隣町に着けるといいですね」

「ん、おう……」


 砂を払いながら立ち上がるライラに、頬を掻きながら見つめるショウヤ。






 その後、気絶するコルデュークを近くの岩に括り付け、隣町の兵士に彼の蛮行を報告する為、二人は足早に馬車道を歩く。


 放置した男が、世界を揺るがす危険人物だということを知らぬまま。





ご覧頂き有難うございます。


次回で幕間が終わり、新章に突入します。

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