40話 相まみえる巣穴の主
上空からこだまする咆哮、轟音。
そして徐々に降下してくる黒き龍の風圧に、辺りは騒然。
目に映るは、世界の頂点に君臨する『原初の魔物』。
人の領域ではその身に触れることもおこがましい、絶対的支配者の一角である。
その脅威を前に、サイカは心を落ち着かせ、息を大きく吸い込み叫んだ。
「全員扉の外へ退避しろっ! 死ぬ気で走れ!」
声を張り上げ、その場の皆に撤退指示を出すサイカに駆り立てられた兵士達は、アルミスを背負い扉の元まで全力疾走をする。
その様子を見ながら、ルピナスは。
「オニキス、あなたが広間に埋めたアダマンタイト、借りるわよ?」
そう言うと、途端に地面に埋まっていたアダマンタイトが地上へ突き出て、まるで生き物のように地を泳ぎながら扉の前へ集約してゆく。
「【大地の壁】」
そしてルピナスが魔法を唱えると同時に、扉の通路を塞ぐ分厚い壁が出来上がった。
「なっ……そんな!」
「これは、さっきの黒い金属か?」
通路を抜ける直前で強固な壁に阻まれ、あえなく一同は広間に閉じ込められてしまう。
「ルピナス、そこまでする必要があるのか?」
「あるわ。ここは以前いた世界とは違うの。日本の法律が私達を守ってくれるわけじゃない。敵対する者には一切の容赦をしちゃダメ。ここはそういう世界なんだから」
と、反論する彼女から、過去の境遇が垣間見えた。
――僕も今まで何人もの人を手にかけた。今更綺麗事を言える立場ではないか。
オニキスは静かに首を振りながら、それ以上彼女には何も言わなかった。
ただ彼女の徹底された信念を憂い。
そうこうしているうちに黒龍は広間の中心に降り立ち、禍々しい黒い霧を発生させながら、自身の手の平にも満たない小さき人族を見下ろす。
その威圧によって、兵士の何人かは泡を吹いて失神してしまう。
「ああ……やっぱり、統治者級なんかと比べ物にならない……」
リミナは引きつった笑いがこみ上げ、足元から震えが生じた。
すると、隣にいたポロはリミナの手をそっと握り。
「落ち着いて、ゆっくり呼吸を整えるんだ」
恐怖と威圧で意識が飛びそうな彼女に平常心を促す。
「……ポロ」
「大丈夫、僕がなんとかしてみるよ」
「なんとかって……そんなレベルじゃ……」
そう言うと、ポロはリミナの手を離し、圧倒的体格差をほこる黒龍へ歩み寄る。
そして見つめ合う二者。
言葉は交わさず、動物的本能で訴えかける。
そんな中、ルピナスは再び【空間の扉】を展開し。
「それじゃあ役者が揃ったところで、私達は退散するわね」
攻略部隊を見やり別れを告げる。
「待てっ! このまま逃げるつもりか!」
サイカは彼女を呼び止めるが。
「生きていたらまた会いましょう。まあ、無理でしょうけど」
ニコリとサイカに笑いかけ、転生者の二人は空間の彼方へと消えていった。
「くそっ! 最後の最後で厄介事を置いていくとは……」
ギリッと歯を噛みしめ、仕方なく逃げ場のない状況の打開策を考える。
――一万の軍隊でも敵わぬと言われる『原初の魔物』。到底今の私達が戦って勝てる相手ではない。ならばどうする? 逃げ道はあの男が使用していたアダマンタイトの壁がある。あれを破るには時間が必要だ。だが、黒龍が黙って傍観しているはずがない……。
と、思考している間にも、ポロと黒龍は見つめ合ったまま動かない。
――そしてあいつはさっきから何をやっているのだ? あんなに至近距離で……今にも攻撃しそうな雰囲気ではないか。
眼前に向き合うポロを心配しながら見ていると。
その時、突然皆の頭の中に直接声が響いた。
『我を恐れぬか、人の子よ』
それは声帯からの声ではなく、意識を伝達させる念話によるもの。
その発信源はまぎれもなく黒龍からだった。
「……人語を、理解出来るのか?」
驚くサイカに、黒龍は不満気に答える。
『うぬぼれるな人族の娘、我は貴様らが繁殖する遥か昔から生き永らえた竜の始祖、培った知識量が違うのだ』
「う……申し訳ない」
眼光を突き付けられ、身をたじろぐサイカ。
『先の、魅了の魔術を操る娘に挑発され乗ってやったが……あの娘、早々に逃げおって』
と、黒龍はルピナスを指摘しながら文句を漏らす。
『あのような子供騙しで我を手なずけるつもりでいたのか知らぬが、まあ、我の巣を荒らす賊を贄に差し出したのだ。貴様らで勘弁してやろうかの』
攻略部隊を見下ろしながら、黒龍は訴える。
するとポロはさらに黒龍へ近づき。
そしてその場で膝をつき、頭を下げた。
「黒龍さん、あなたの住処に無断で立ち入ったことを深くお詫びします。許されるなら、どうか僕達を生きて帰してくれませんか?」
めずらしく畏まったポロの態度に、皆は驚きの目を向ける。
当の黒龍はポロに顔を近づけ、強風のような鼻息を当てながらスンスンと匂いを嗅ぐ。
「ちょっと……ポロ!」
ポロに危機を感じたリミナは声を上げ呼びかけるが。
今にも丸呑みにされてしまいそうな距離で、ポロは臆することなく下げた頭をそのままに、無防備の状態で黒龍にその身を任せた。
『……ふん、邪気は感じぬ。人族は自身の身を守る為、小賢しい虚言を吐く者が多いが、小僧、貴様は違うようだな』
そして黒龍の眼鏡に適うと、近づけていた顔を離し『面を上げよ』とポロに促す。
『久しく見ぬ肝の据わった小僧よ。貴様に免じて、ここにいる者達を見逃してやってもよい』
その言葉に、緊迫した周囲の心に安堵がもたらされる。
しかし。
『だが、貴様らは我の住処を荒らした。タダで帰すわけにはいかぬな』
その言葉に、周囲は再び戦慄する。
「では、何をすればいいですか?」
問いかけるポロに『……そうだな』と考える素振りを見せ。
『少しばかり我の戯れに付き合え。無論、命を懸けてな』
永き時を生きる黒龍の遊び相手として、命懸けの遊戯が始まった。
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