39話 舞い降りる厄災
突然現れたルピナスに周囲は困惑する。
そんな中、彼女は辺りを見渡し、オニキスに目を向けた。
「心配して来てみれば……案の定、ここまで侵入を許しちゃったわね」
しょうがないと言わんばかりに、負傷した彼に治癒魔法を唱えるルピナス。
「いや、本当にすまないと思っているよ。油断していたわけじゃないが、なかなかに強者揃いでね。おまけに王女様が『統一する者』らしい」
「みたいね。何故ここにセシルグニムの王女様がいるのかは後で聞かせてもらうとして、私も中央の空間ゲートが開いているのを見て驚いたわ。まあおかげで、初めてこの場所を拝めたから良しとしましょう。……それにしても」
と、ルピナスは前方に見える魔鉱石に目を向け。
「あれが世界を結合する装置、『エドゥルアンキ』……」
憧憬の眼差しでそれを見つめる。
オニキスと会話を続ける彼女に、リミナはまじまじと目を見開き、そして。
「ポロ、あの女、酒場であんたの隣りにいた客じゃない?」
思い出したようにポロに尋ねると、ルピナスは彼女に目を向けその問いに答えた。
「あの時のお嬢ちゃんと、ワンちゃんね。その節はどうも。あなた達のおかげで事前に準備が――」
「ああああっ! その話はもういいから!」
そして再び失態を暴露されるリミナはサイカの目を窺いながら中断させる。
ルピナスは彼女の焦った様子を笑いながら返すと。
「そう、酒場の店主と私は元々『世界の支柱』を守る仲間なの。だから……」
その後、彼女は突如何もない空間から杖を取り出し、フロア全体に魔法を発動させた。
「あなた達にはここから退場してもらうわね。……『集団転移』」
すると、攻略部隊の面々は再び空間を転移させられ……。
気づいた先は、先程までいた最深部の広間に移動していた。
全員が同じく強制転移させられたことに、サイカは激しく動揺する。
「……馬鹿な、人ひとりの魔法で複数人を同時に転移させただと? 簡易的な転移魔法陣を作成するだけでも数時間はかかるのだぞ……なのに、こんなにも容易く集団転移が出来るものなのか?」
通常、空間転移魔法はその高度な術式から扱える者も少なく、それも単体でしか転移するのは難しい。
それを一瞬にして全員を転移させたルピナスに、サイカは彼女の底知れない魔術の素質に驚愕した。
と、そんな時。サイカに抱えられていたアルミスが目を覚ました。
「……う、んん……サイカ……私……」
「姫様、お体は大丈夫ですか?」
「ん~……多分、私、魔法陣を開放してから記憶が曖昧で……魔鉱石は見つかったの?」
魔鉱石を前にしたアルミスの姿とは一変して、正気に戻った彼女にサイカは一息吐いた。
「……まあ、後程説明致しますので、今はゆっくり体を休めて下さい。……それはそうと」
そう言うと、サイカは背後の気配に意識を向け。
「貴様、いや、貴様らは本当に何者なんだ?」
コツコツとヒールの音を立て近寄るルピナスに、サイカは問いただす。
「彼から聞いてないの? 転生者よ。こことは異なる世界から迷い込んでしまった、哀れな被害者なの」
笑みを浮かべながら返すルピナスに、先程オニキスから聞かされたことを思い出す。
――また、転生者……。私のご先祖様も、この者達と同じ……。
などと、複雑な思いを抱きながら。
すると、広間の奥から突然声が聞こえた。
「おい、今転生者っつったか?」
現れたのは、瀕死の重傷から回復したバルタの姿。
「バルタ! あんたどうして……他のみんなは?」
彼の体を心配しながらリミナは問うと。
「もうバカげた強さをもつ魔物の気配はしなかったからな、掃討はあいつらに任せた」
未だ全快ではない様子で、オニキスとルピナスを睨みながら返した。
「俺はオーグレイをぶっ飛ばそうと思って来たんだが……当の本人は見当たらず、代わりに見知った顔が二人……これも何かの縁なのかね」
二人を見るバルタの表情は、およそ友好的とは言い難く、どこか私怨を抱いた顔をしていた。
「あら、そういえばあなたも酒場にいたわね。良かったじゃない、酒場で知り合ったお友達が誰も欠けることなく集合出来て」
バルタの殺気を受け流すように、陽気に声をかけるルピナス。
「んなことはどうでもいい。お前らが本当に転生者なら、聞きてえことがある」
「何かしら?」
「コルデュークっつう野郎の居場所を知ってたら吐け。以前、うちのパーティーメンバーの一人が世話になってな、その礼がしてえんだ」
真心ではなく、復讐心からの礼。
バルタの様子に二人は溜息を吐きながら呟く。
「『搔き乱す者』……ね」
「本当に彼は厄介事を撒き散らすな……」
そして、その男の尻拭いをさせられる事を心底嫌そうにして、オニキスはバルタに返す。
「たしかに彼も転生者ではあるけれど……あれは組織を好まず自由奔放に世の中を引っ掻き回す問題児だ。当然彼の居場所は知らないし、僕らを彼と同じ仲間にされるのは非常に不愉快なんだが?」
するとバルタは露骨に放っていた殺気を止め。
「そうか、それは悪かったな」
と、素直に引き下がった。……だが。
「ところで姉ちゃん、さっきからなんで竜を惹きつけるフェロモン出してんだ?」
オニキスの後ろに隠れながら、魅了の魔法を発動させるルピナスをバルタは見逃さなかった。
「あら、バレちゃった? 私の【竜への誘惑】」
「竜人だからな、ちっとは俺も感じとれるぜ。ポロ、お前も気づいていただろ?」
と、バルタに振られ、ポロはコクリと頷く。
「うん、僕も鼻が利くからね。お姉さんの匂いが変わったのは知ってたよ。ただ、なんの意図があって魔法を使ったのか……様子を見ていたんだ」
二人に勘付かれたことで観念し、ルピナスは素直に白状した。
「参ったわね、エルフである王女様には魔力感知で気づかれると思っていたけど、まさか二人にもバレちゃうなんて」
しかし彼女は依然落ちいた表情で、その魅了魔法を発動し続ける。
そして彼女の意図に気づいたオニキスは、気まずそうにしながら彼女に尋ねた。
「ルピナス……君はまさか……」
「仕方ないのよ、この場に『統一する者』がいる以上、私達の脅威は消えないもの」
「ついさっき、彼らと平和的に話し合いで解決したところなんだけど……」
「だからあなたは甘いの。不安要素は痕跡も残さず消すべきよ。ここの魔法陣も、後で封印し直さなくちゃね」
などと二人で会話を進める中、痺れを切らしてバルタは問い詰める。
「おい、何をしてんだって聞いてんだけどよ」
するとその直後。
広間の遥か上空から、大地を震撼させる程の咆哮が鳴り響き。
その場にいた者達はゾクリと寒気を感じた。
リミナは震えた声でルピナスに問う。
「ま……まさか、あなた……」
妖艶な笑みで、ルピナスは返した。
「ええ、そうよ。ここは『黒龍の巣穴』だもの。家の主が不在のまま好き放題部屋を荒らされては、彼も機嫌を損ねちゃうでしょ?」
徐々に翼の風切り音が近づき、いよいよもってリミナの予感は的中する。
「せっかくだから、みんな挨拶くらいはしたほうが良いと思うの。家主にね」
ニコリと笑顔を見せる表情とは裏腹に、ルピナスからは禍々しい殺気が漏れ出ていた。
そして、災害級の魔物は自身の根城へ帰還する。
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