3話 転生者
ポロのいる位置から少し離れた上空で。
『終わったようだな。相変わらず良い動きだ』
と、タロスは下を眺めながら呟くと。
「どこがよっ! 可愛い顔して、なんて邪悪な技を使うんだか……」
メティアは不満を漏らしながらタロスを否定する。
『不満か? ポロが闇属性スキルを使うことに』
「ええ、あの子に闇魔法なんてものを教えた馬鹿を、一発ぶん殴ってやりたいくらいね」
『だが、殲滅戦において闇魔法は効率がいい』
「そりゃそうでしょう。闇のマナは『破滅』の力、他の属性と比べて圧倒的に戦闘特化のスキルだもの」
『ふむ、さすが黒エルフだな。魔術の知識が豊富だ』
するとメティアは甲板の手すりをバンと叩き。
「だけど、強大な力にはリスクが伴う。今はまだ良くても、度を越えて使用すれば徐々に体を蝕み、いずれは理性を失う。それ程に危険なの」
その後、煙草に火をつけ頭を落ち着かせる。
「あの子が破壊衝動に目覚めた姿なんて、私は見たくないね……」
するとタロスも自身のアゴと思われる部分に手を当て、考えるような素振りを見せる。
『そうだな、俺も見たくはない。すまなかった』
しんみりした空気が漂う中、タロスは話を変えた。
『ところで、ポロは何故一人で行くと言った? 他の者も連れて行けば早々に片付いただろうに』
メティアは煙を吐きながら、横目でタロスに返す。
「あの子がそうしたかったのよ。出来るだけ他人の手を汚さず、自分一人で殺めて、自分の手で弔う。それがあの子のやり方だから」
『よく知り得ているな』
「まあね、これでもポロとは四年くらいの付き合いだし、それくらいは分かるさ」
フリングホルンの運び屋は、飛行士の資格さえあれば過去の経歴は問わない。
腕さえあればどんな者でも出世のチャンスがあるのだ。
孤児だろうと追放者だろうと、人を殺めた者だろうと……。
だからこそ訳ありの者達が多く、様々な理由でメンバーの入れ替わりが激しい。
その中でメティアは、ポロが船長に昇進してからずっと支えてきた最古参、加えて、前職からも繋がりがある唯一の人物である。
「出来ればあの子を戦場に向かわせたくはないんだ。だから安全な貨物運搬を勧めたのに……」
遠眼鏡でゴブリン達を鎮魂するポロを見ながら、寂しそうに呟いた。
「どうして自分から突っ込んじゃうんだろうねぇ」
タロスはその様子を眺めながら、何も言わず魔導飛行船を下降させ、ポロのいる場所付近へ着陸させた。
そしてメティアとタロスはショウヤの元へ行き事情を聞くと。
「で? 助けた荷馬車は奴隷商人の馬車だったと……」
「待ってくれ! 俺はそんな野蛮な者じゃない。ただの不登校気味な高校生だ!」
と、ショウヤは鋭い目つきをするメティアに必死で弁解をする。
「ふとうこうとかこうこうせいとか……わけわからんこと言ってないで本当のこと言いな。別に奴隷商人だったとしても、私らが口出しすることじゃないから好きにすればいいさ。私らはただ、どうしてゴブリンに襲われたのか、その理由を冒険家ギルドに報告しなきゃならないから聞いてんの」
「いや……それは……」
途端にショウヤは口ごもり、ボリュームを抑えて話した。
「気が付いたら見知らぬ町にいて……腹が減ったから店で飯を食ったんだけど、金を払おうとしたら俺の持ってる金じゃ使えないって言われて……」
さらに溜息を漏らしながら。
「袋叩きにされた後、出生の証明書が無いと分かるや否や、奴隷商人に売り飛ばされました……」
ショウヤの不幸を聞かされ、メティアは「ああ………」と哀れむように呟き、尋問する気をなくした。
「で、荷馬車で連行されていた最中にゴブリン達の巣穴近くを走ってたらしく、突然急襲されて商人のジジイがやられたから馬を走らせる奴がいなくなったんだ。だから俺が、乗馬なんてやったことないけど勘で手綱を叩いたら走ってくれて……そのまま逃げてました」
そこまで聞いて。
「それは……災難だったね」
煙草の煙を吐きながらショウヤに同情の目を向ける。
「でしょう? いや普通に考えてタダ飯食っただけで人間一人売り飛ばさないでしょうよ! しかも食い逃げじゃないの! ちゃんと払おうとしたのよ俺は! ほら見て、この百円玉、なんとなく銀貨っぽいでしょ? それなりに金に余裕はあったから大丈夫だと思ったらこの様よ! マジ外国怖いわー日本最高!」
と、財布からジャラジャラと通貨らしきものを見せびらかすが、メティア達からすれば見たことのない通貨だった。
「あ~飲食代についてはともかく、通貨の偽装はさすがにマズイんじゃない?」
「だから偽装してないんだって!」
一向に疑いが晴れないショウヤは涙目になる。
と、そんな時、奴隷の少女が馬車から駆け寄り、二人の元へ近づく。
「どうかショウヤ様を責めないで下さい、ポロ様が助けて下さる前、私達はこの方のおかげでゴブリンの群れから逃げられたのです」
ショウヤがその少女を見ると、いつの間にか首輪も手枷も外れていた。
続けて馬車を覗くと、ポロがガチャガチャと奴隷達の拘束を一人ずつ解錠している姿。
「ふう、これで全員だね。ショウヤ、この人達、自由にしていいんだよね?」
一仕事終えたポロは体を伸ばしながら尋ねる。
「おう、いや~ポロにピッキングの技術があって助かったわ。拘束具の鍵が見当たらなくてどうしようかと思ってたんだよ」
と、ショウヤはポロに感謝を述べる。
「だって。良かったね、これで好きな所に行けるよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
馬車内で感謝の言葉が連発する中、メティアはいよいよショウヤを尋問する気が失せるのだ。
「はあ~もう、いいや、うちの船長が事実を隠蔽する気満々だし」
奴隷を乗せた馬車は運悪くゴブリンの襲撃に遭い、商品だった奴隷達は散り散りに逃げ、皆行方を晦ました、と、そんなシナリオにするつもりだろうとメティアは予想した。
ただ、一つ疑問が残るのだ。
「ショウヤ、って言ったね。あんたも奴隷候補だったなら拘束具を付けてたはずだろ? どうやって外したのさ」
ショウヤは「あ~」と、思い出したような顔を向け。
「……必死だったからあまり覚えてねえんだけど、無理やり引っ張ったら砕けた」
「無力化の魔法が込められた拘束具を、腕力で?」
「うん、なんか出来た」
あまりにも軽い返事だった。
「けど無理やりやったから首筋とか手首とか痣になってさ。で、この人達に荒々しい真似したくなかったからポロにお願いしたんだ。ホント、こいつが来てくれて助かったよ」
「……どういう体の作りしてんのよ」
彼らはまだ知らない。
ショウヤが別の世界から転移してきた者だという事を。
彼自身も知らぬ間に、圧倒的なステータスを所持していた事を。
近い未来、彼は解放した元奴隷達と彼女らの故郷へ行く事を。
そこで悪徳領主の罪を暴き、野党を追い払い、凶暴な魔物を打ち倒す事を。
やがて彼はその町で新たな領主となり、皆から慕われ、英雄と呼ばれるようになる事を。
……そしてのちにその全てを奪われ、絶望の果てで復讐の鬼と化す事を。
彼らはまだ知らない。
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