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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第一章 世界の支柱、『黒龍の巣穴』攻略編
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36話 遠き日の記憶


 これは、とある青年の物語。



「タッくん、就職おめでとう」


 日が差し込む病室のベッドから、満面の笑みで迎えてくれる彼女に心なしか高揚感が生まれた。


「ありがとう美乃里みのり、これでようやく落ち着けるよ」


 彼女の見舞いに来た大学生、辰樹たつきは、以前面接を受けていたジュエリーショップへの内定が決まった事を報告していた。


「これでタッくんも晴れて社会人だね~。お給料高いの?」


「悪くはないと思うけど、しばらくは奨学金の返済であまり贅沢は出来ないかな」


「そういうつまらないこと考えてないで、前向きになりなよ。そうだ、もう授業出なくていいなら気晴らしに合コンとか行ったら?」


「……自分の彼氏に合コン勧めるって、どういう気持ちで言ってるの?」


 などと、これからの関係が不安になる辰樹を見ながら、美乃里は楽しそうに笑っていた。

 そして目を逸らすように、窓の外を眺め。


「ねえタッくん……」


 元気のなさそうな声を漏らした。


「もしも私のことでタッくんが縛られているのなら……もう、気にしなくていいんだよ?」


 微笑みを浮かべてはいるが、表情は曇っていて。


「外に出歩けない彼女といつまでも付き合っているの、つまらないでしょ? もう、タッくんはタッくんの幸せを見つけていいんだよ?」


 二人は大学で知り合った同級生。

 毎日中庭で本を読む彼女に辰樹は一目惚れし、交際を始めた。

 彼女は元々体が弱く、激しい運動は出来ず遠出も出来ない。

 それに加え定期的に病院に通わなくてはならない状態だった。


 それでも辰樹は気にならなかった。それでも彼女が好きだったから。


 辰樹は首を横に振り、彼女の手を取る。


「つまらないこと考えているのはどっちさ。僕が無理して付き合っていると思っているの?」


「だって……私、旅行にも行けないし、飲みに行ったりも出来ないよ? タッくんお酒好きじゃん」


「近場でも退屈はしないし、酒は飲まなくても平気だよ。それに、いつか君の病気も治るかもしれないって医師の人も言っていただろう?」


 泣きそうになる彼女に、辰樹は無理に笑顔を浮かべた。


「あと……近々言おうと思っていたんだけど」

「なに?」


 と、尋ねる美乃里に、辰樹は躊躇した。


「…………いや、やっぱりやめた」

「え~なんで?」


 出し惜しみされた美乃里は不機嫌になるが、辰樹は笑って返す。


「社会人生活に慣れた時、改めて言うよ」


 彼が言おうとした言葉、それは。



『結婚しよう』



 ただの学生でしかない自分が何を背伸びした事を思っているのか、自覚はあった。

 けれど、辰樹は繋ぎとめていたかったのだ。二人の関係を。









 病院の帰りに、ふと、辰樹はアクセサリーショップへ足を運んでいた。


 ――結婚指輪はまだ買えないけど、美乃里に何かプレゼントしようかな。


 そう思い、店内をうろつくと。


 ――オニキスのイヤリングか……いや、美乃里には全く似合わないな。


 目に留まるは、黒い宝石が埋め込まれたイヤリング。

 しかし、不思議とそれが気になりだした。


 ――けど、たしかオニキスって、厄除けの守護石だったっけ?


 気休めだろうと迷信だろうと構わない。それで彼女が幸せになれるなら。

 そんな事を想いながら、辰樹はオニキスのイヤリングを予約した。








 それから数日経った頃。


 実乃里のいる病院に向かう前に、予約していたイヤリングを受け取りに行く途中だった。

 駅のホームで電車を待っていた時、辰樹はふと。


「あ~ウサちゃん!」


 一人の少女が手にしていたガチャガチャの入れ物がホームの先へ転がっていき、少女は向こう見ずに追いかけていく光景が目に映る。


「ちょ、待ちなさい!」


 少女の母親が静止を促すも止まる気配はなく、彼女は線路まで転がって行った球体の入れ物を追って……ホームの先から足を滑らせてしまう。


「あっ……」


 そのタイミングで、駅を通過する電車が近づき……線路に落ち行く少女と衝突する――。

 その寸前。


「くっ……!」


 咄嗟に動いた辰樹は、間一髪少女の手を引きホームへ引き上げるも、反動で代わりに自分が線路へ飛び出してしまい。



 そこで、彼の意識は途絶えた。












 時は戻り現在、『黒龍の巣穴』最深部にて、オニキスは目を覚ました。


「んん……少し気を失っていたか……」


 目覚めの悪い起床にぼやける思考。

 ふと自分の体を見ると、黒い粘着性のあるもので拘束されていた。


「これは……蜘蛛の糸?」


 ベタリとくっつく黒い糸に、マナの反応を感知した。


「……闇魔法スキルで作られた捕縛魔法か。なるほど、僕に金属は無効だと判断してこれにしたわけか」


 そう呟きながら心当たりを探る。


「おそらくは獣人の彼かな……【魔素分解ディサセンブルマナ】」


 と言って、オニキスは指先で糸に触れ、マナ粒子を分解する魔法を唱え拘束を解除する。


 そして間延びしながら、ぼそりと。


「…………もう五年か。何をしているんだろうな、僕は」


 などと感傷に浸りながら、重い腰をゆっくりと上げ、中央に光る魔法陣を見つめる。


「彼らはもう転移ゲートを潜ったのか。おちおち寝ていられないな」


 ダメージを負った体に鞭打って、ふらつく足で攻略部隊の後を追うオニキス。


「もう少しなんだ……もう少しで『世界の支柱』は僕のいた世界へ繋がる。そしたら……必ず君の元へ帰るよ、美乃里」


 争いのない平和な世界から一転、残酷で理不尽な世界へ迷い込んだ青年は、ただ一人の愛する者のいる場所へ帰る為。


 転生者として、世界に抗う。




ご覧頂き有難うございます。


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