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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第一章 世界の支柱、『黒龍の巣穴』攻略編
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34話 駆け付けた二人


 広間に連なるは、氷塊と鉄塊の模造剣。

 二人は剣をぶつける度に、氷の刃は折れ、アダマンタイトの刃は凍り漬けにされ、互いに武器を捨てては取り換える。


 小細工も何もないゴリ押しの剣戟に、次第にオニキスは受けに転じていった。


「すごいな……ここに来てさらに剣筋が冴えるとはね」


 限界を超えた戦いの中で、なおも目まぐるしく成長する彼女に素直な称賛が漏れる。


「君が万全の状態だったなら、とっくに僕は倒されていただろう」


 剣の打ち合いをしながらも、オニキスは未だ冷静なまま。


「……僕がただの剣士だった場合の話だけどね」


 そう言うと、突如サイカの足元から黒い金属の触手が飛び出し、彼女の足に巻き付いた。


「ぐっ……」


 不意に足を引っ張られたサイカはその場で横転してしまい。

 その一瞬の間に、次々と現れる黒い触手に体を拘束されてしまった。


「ふぅ……やっと捕まえた。なかなか隙がなくて金属を操れなかったが、今度こそおしまいだよ」


 再びオニキスの前で膝をついてしまったサイカに、もはや奇襲の策は潰えた。

 動けぬサイカの元まで近寄ると、オニキスは彼女の銀で出来た髪留めを溶かして自身の指先に集つめ、U字に曲がった針金に再構築させる。

 そして首元を目がけてU字の針金を地面に差し込み、顔を固定させた。


「ここまでよく粘ったね。さすがは転生者の血を引く騎士様だ」


 オニキスの告げる言葉の意味を、サイカは知らなかった。


「……転生者? どういう意味だ?」

「そのままの意味さ。君の先祖……風見さんは僕と同じく、こことは別の世界からやって来た者だよ。貴族の人間は自分の家柄も知らないのかい?」


 事実、サイカは親族から一度も聞かされたことはなかった。

 この男は何故自分の家柄を把握しているのか。適当にでっち上げているだけなのか。彼女に真意は分からない。


「だから、同族のよしみで君だけは助けてあげようと思っていたんだ。本当にね」

「はっ! 貴様に同族呼ばわりされる筋合いはない。情けをかけられる筋合いもな!」


 サイカはオニキスの言葉を一蹴し、手心を加えられるくらいならば死を選ぶ決断をする。


「そうか……残念だよ。せめて苦しまず葬ってあげよう」


 強がる彼女に溜息を吐くオニキスは、地面からゲル状のアダマンタイトを生み出し、腕に集約させ。

 そして出来上がった身の丈程ある大剣を構え、彼女の首を狙い、大きく振りかぶる。


「やめて! お願い!」


 遠くで叫ぶアルミスの声など聞く気もなく、その刃はサイカへ振り下ろされる。

 その直前。


 突如アルミスを横切る小さな影は、彼らの頭上高くまで飛び上がると。

 空中からオニキスへ向けて、米印に見える光の斬撃が降り注いだ。



「【四閃斬撃アスタリスクペイン】!」



 突然の奇襲に、オニキスは構えた大剣を盾にして斬撃の雨を凌ぐ。

 空中から落下するは、ハルバードを突き立てたリミナの姿。


 分が悪いと察したオニキスは彼女が垂直落下する直前で後退する。


「ちっ、外した……」


 そう呟くリミナだが、彼女はただの目くらましであり、落ち着いた様子で横から突進する影に目を配る。

 それは黒い獣のようなシルエットで、残像を残しながらオニキスへ攻撃した。



「【裂波爪術(スラッシュ・タロン)】」



 オニキスの懐まで潜り、薙ぎ払うように鉄の爪で斬撃を飛ばす。

 瞬時にアダマンタイトを胴にコーティングし致命傷を避けるが、衝撃波による風圧でオニキスはそのまま背後に吹き飛ばされた。


「っっ…………君達は……」


 砂塵が舞う地面でブレーキをかけ、オニキスは現れた二人を見やる。

 彼がここまで足を運ぶ要因となった、酒場で出会った二人。


 ポロとリミナを見つめ、複雑そうな心境で頭を掻いた。


「わざと急所は外しているが、顔に似合わず容赦ない攻撃をするんだね。どうにもやり辛い……」


 そう呟きながら。

 二人もオニキスの顔をまじまじと見つめると、彼らは同時に声が漏れた。


「「酒場のマスター?!」」


 何故? どうしてここに? そんな疑問が浮かび上がるポロとリミナ。

 目を丸くする二人にオニキスはくだけた様子で挨拶を述べる。


「やあ、覚えていてくれて嬉しいよ。うちの店は目立たないからね、リピーターも少ないんだ」


 唐突な世間話を繰り出すオニキスに、動揺した様子でリミナは問う。


「いやいや、っていうか、なんでセシルグニムで酒を売ってる人がこんな場所にいるのよ!」


「少し遠出のピクニックに来ただけさ」


「そんな答えで納得出来るか!」


 理由をはぐらかす彼に怒鳴るリミナ。

 そんな彼女に微笑を浮かべながら、オニキスは仕方なしに真実を語った。


「僕は諸事情で『世界の支柱』を守る義務があってね、君達には悪いけど、ここに眠る魔鉱石はどうしても差し出すことは出来ないんだ」


 彼の言葉に、拘束され地面に突っ伏したサイカが反論する。


「この地はセシルグニムの管轄下だぞ。何故貴様が管理者のような物言いで語る?」


 オーグレイと同じようなことを述べるサイカに「またか……」と呆れたように息を吐き。


「君達が勝手に定めた法律をひけらかすな。人が支配下に置ける程、『世界の支柱』は安いものではないんだよ」

「何っ?」


 冷たい瞳を向けながら、我が国の物と主張するサイカを否定する。


「今までは大規模な攻略を行わなかったから目を瞑っていたけれど、今回の魔鉱石回収部隊を派遣したセシルグニムを、もはや黙認に留めることは出来ない」


 彼が組織で動く以上、組織の理念は絶対。

 比較的穏健派のオニキスだが、彼らの目的に他者が介入した場合、それを排除することが彼の務めである。


「それで、僕が邪魔立てしようと先回りしたというわけさ。そこにいる二人が酒場で情報漏洩してくれたおかげで事前準備が出来たよ、ありがとう」


「えっ……?」


 リミナとポロは途端に青ざめた。


「おい、お前ら!」


 サイカは怒気を露わにし、二人は必死で弁解を試みる。


「いや、僕じゃないよっ! リミナが勝手に口を滑らせただけで……」


「アタシだけに押し付けないでよ! 一緒にいたんだから共犯でしょ? それにバルタだって大っぴらに騒いでたし!」


 などと責任の押し付け合いが始まる中、オニキスは彼らの話を遮った。


「そうさ、君達の失態は大した問題ではない。どうせ後々知る事になるのだから。先回りして迎え撃つか、後から入口を塞いで奇襲をかけるか。どちらかだよ」


 二人を擁護しながら、マウントをとるようにサイカへ返す。


「責任問題で言えば、ロクでもない兵を向かわせた君の側にも罪があるだろう?」


 今回のダンジョン攻略を根元から引っ掻き回したオーグレイを示唆しながら。


「返す言葉もないな……。だが、いくら責任追及したところで私は躊躇しない。国の障害になるのならば貴様を討ち、魔鉱石を回収させてもらうぞ!」


「意外と傲慢だね、拘束されている者が吐くセリフじゃないな」


 オニキスは地面からアダマンタイトを生み出し、再び二本の剣を生成する。


「まあいいさ、僕の邪魔をする者は誰であろうと排除する。国の騎士だろうと、王女様だろうと、店の客だろうとね」


 まとめて相手取るつもりで、彼はポロ達に剣を構えた。





ご覧頂き有難うございます。

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